736:5thナイトメア2ndデイ-1
「おはよう。ザリチュ」
「おはようでチュ。たるうぃ」
イベント二日目である。
私たちが寝床にした廃屋の拠点はよほど目立ちにくいのか、結局今に至るまで私たち以外の影はない。
まあ、眠りを妨げられる事がなかったのでよしとしよう。
「今日はダンジョンの突破でチュか?」
「ええ、基本的にはそうね」
朝食についてはハオマが持たせてくれた満腹の竜豆呪を適当に食べて済ませる。
流石に今この場で凝った料理を作る余裕はないので仕方がない。
「基本的にはでチュか」
「こっちの訓練も並行して進めていく予定よ」
私はザリチュに水月の竜骨耳飾りを見せる。
現状では見た目に変化はなく、中身もほぼ変わりない。
「そっちの訓練の具合は現状どうなんでチュ?」
「そうねぇ……耳飾りの影響を除外するのに関してはもう無意識でもこなせるレベルね。こうしている今も弾けているし、PKとやり合っている間も防ぐことは出来ていたから」
「でチュか。……。今思えば、あのPKたちとやり合っている時は相当危なかったんじゃないでチュか?」
「危なかったわね。最初の攻撃を受けた時にしろ、その後にしろ、耳飾りからの状態異常を防げていなかったら、普通にやられていたと思うわ」
一応詳しく確認しておくか。
私は耳飾りを外すと、鑑定をしてみる。
うん、やはり変化はない。
ついでに訓練の成果も試してみよう。
「ザリチュ」
「なんでチュか。たるうぃ」
「ズワムロンソの呪詛の刃で私を切りつけてみてくれるかしら」
「気が狂っ……ああいや、呪憲の確認でチュね。分かったでチュ。やるでチュよー」
化身ゴーレムがズワムロンソを構え、顔を逸らす。
するとズワムロンソはその効果を発揮して、呪詛の刃が展開される。
対する私も立ち上がり、ファイティングポーズのような体勢を一応取った上で、全身に『呪憲・瘴熱満ちる宇宙』による防御。
つまりは私と言う呪いを構成するにあたって邪魔な呪いを体内から弾き出し、外部からの浸蝕も跳ね除ける事を意識する。
「チュア!」
化身ゴーレムがズワムロンソを振るう。
ズワンロンソの呪詛の刃が私の体に迫り、肌に触れ……
「チュアッ!?」
「……」
私に触れた場所を始点として、呪詛の刃が砕け散った。
「ん、ちゃんと上手くいったわね」
「ええ、なんだか凄く理不尽なものを見た気がするでチュ……」
「邪火太夫がやっていたのに比べれば道理に沿っていると思うわよ。たぶんあっちは純粋な物理攻撃も同じように弾くでしょうから」
「ざりちゅからしてみれば、どっちもどっちでチュよ」
私は気を抜き、『呪憲・瘴熱満ちる宇宙』による防御を解除する。
すると一気に全身に気怠さのようなものが襲い掛かって……いやこれは周囲の普通の呪いを再び取り込み始めた事で、それらの呪いによる作用を気怠さと私が感じているだけか。
「でもなんにせよ防御については問題無しね。意識していれば、呪憲を侵食する力を持たない攻撃は確実に防げるし、浸蝕する力があっても拮抗できるようにはなったはずよ」
「でチュかぁ……」
「まあ、相手が呪憲持ちでないなら使わないけど。リスクが怖いし、詰まらないし」
「前もそんな感じの事を言っていたでチュねぇ」
とりあえず私が認識し、理解している呪いが相手であれば、物理的な実体がなければ大概の攻撃は防げるだろう。
これで邪火太夫や屋敷巨人のカースの攻撃であっても、何も出来ずに潰されることは無くなったと思う。
「でも防御が出来るようになっただけだと、まだまだ足りないのよねぇ……」
「邪火太夫たちが同じことを出来るのはほぼ確定でチュからねぇ。あの状態で相手を殴れば攻撃を通せると言う訳でもないんでチュよね」
「ええそうよ。攻撃の為には相手の呪憲を侵食する必要がある。それはつまり自分の呪憲の範囲を広げ、相手の呪憲を打ち破ると言う事であり、相手に自分の呪憲を押し付けると言ってもいい。でも、呪いと言うものの性質上、防御を高めればその分だけ攻撃を含めた別の部分が弱体化するはずで、攻撃を高めた場合もまた同様であり、場合によって自分の攻撃的な呪憲によって……」
「簡単にお願いするでチュ」
「呪憲の攻撃転用が出来ないと、邪火太夫には勝てません」
「分かり易いでチュ」
うん、だがしかしだ。
出来るようになったのは防御だけなのだ。
試しに防御をしつつ、水月の竜骨耳飾りを構成する呪いを侵食してみようとしたが……
「っう!? やっぱり弾かれるわね」
「イベント前日と変わらずでチュねぇ……」
うん、やはり弾かれたし、HPが大量に減ったか。
とは言え、減ったHPの量は1割ほどで、前回よりはだいぶマシな感じだが。
「ところで現状のそれを適当なものに使ったらどうなるんでチュか?」
「どうなるって……まあ、試せば分かるわね」
ズワムロンソの状態を確かめているザリチュの言葉を受けて、私は近くにある適当な物……壁に手をやる。
そして、攻撃的な呪憲の使い方……呪憲の範囲を広げ、他の呪いを侵食し、自分のルールを押し付けると言うやり方をしてみる。
結果。
「「……」」
壁と私の手が名状しがたい色合いの水晶と煮えたぎった虹色の液体に変化し、熱と異臭を撒き散らしながら崩れ落ちた。
そして私の手は再生し、壁だった物は風化して消え去った。
同時に私の中で何かがごっそり削れたような感覚がしたし、手にかかる周囲からの圧力が暫くの間強くなったようにも感じた。
「やっぱり呪憲同士の戦いでなければ使うべきじゃないわね。うん」
「そうでチュね。使うべきじゃないでチュ。ざりちゅも同意するでチュよ」
リスクが未知なのは軽視していい事じゃないし、その状態で突っ走るべきでもない。
制御が出来ていないのならなおの事。
うん、耳飾りを付けて、イベントに戻るとしよう。
と言う訳で、私たちはダンジョンに向かう事にした。
11/24誤字訂正