731:5thナイトメア1stデイ-5
「「「ーーーーー!」」」
私を囲むように現れた全身黒タイツたち。
彼らは両手の刃物を振りかぶると、一斉に飛びかかってくる。
「etoditna……」
対する私は事前にチャージしておいた『毒の邪眼・3』を放とうとする。
ただ、状況的に使える呪法は限られているし、相手の耐性も分からない。
だから、少しでも与える毒を強力なものにするべく、黒タイツたちを取り囲むように私が普段纏っている呪詛の霧……呪詛濃度26の霧を浴びせ、滞留させた。
「「「ー!?」」」
「はい?」
『あー……その次元でチュかぁ……』
ただそれだけだった。
私はまだ『毒の邪眼・3』を放っていない。
だが、黒タイツたちはその場で倒れ、刃物を手放し、自分の喉に手をやって悶え苦しんでいる。
一体何が起こったのだろうか?
『たるうぃ、呪詛濃度過多でチュよ』
「あー……あー……あー……あー……」
ザリチュの言葉を受けて私は考える。
最初のあーで呪詛濃度過多を思い出し、次のあーで目の前の状況とのすり合わせ、三つ目のあーで原因に納得しつつもどうしてこうなったかを考え、最後のあーでこの場本来の呪詛濃度と黒タイツたちの異形度と装備のレベルがどの程度なのかに思い至った。
うん、まあ、何と言うか、黒タイツたちはモンスターのようだが、ご愁傷さまとしか言いようがない。
「とりあえず鑑定」
『まあ、それが妥当でチュよね』
では、私の認識が正しいかどうかを確かめる意味でも鑑定。
△△△△△
黒ずくめの盗賊 レベル15
HP:2,292/3,582
有効:沈黙、恐怖、魅了
耐性:なし
▽▽▽▽▽
「思っていたのよりも更に弱いわね……」
『なんか哀れに思えてきたでチュ……』
うん、弱い。
もしかしたら、幾つかの呪いと魔物の呪詛による強化が入っているだけで、ほぼ普通の人間が、ほぼ普通の装備を身に着けて、盗賊をやっていただけなのかもしれない。
それだったら、此処……『宝物庫の悪夢-外縁』の呪詛濃度には対応できても、私が纏う呪詛濃度26の呪詛の霧に対応できないのは当然の事だし、魔物の呪詛のせいで私のヤバさを認識出来なかったのかもしれない。
うん、哀れと言う他ない。
「「「ーーーーー……!」」」
「あ、死んだ」
『何も残さないんでチュか』
と、少しの間見守っていたら、黒タイツたちは死んでしまったようだ。
装備含めて全身が風化し、消え去ってしまった。
ドロップ品の類は無し。
まあ、入手したアイテムのレベルに応じて出現する半分トラップのようなモンスターであろうし、妥当か。
「よし、先に進みましょう」
『でチュねー』
私は部屋の外に出ると、そのまま呪詛濃度が濃い方へと移動していく。
今手に入れたジョウロの入手を確定させるには拠点に赴く必要があるが、それは宝物庫の外だけではなく、奥の方にも幾つかはあると思っているからだ。
「現状で怖いのはモンスターよりもプレイヤーね」
『でチュね。モンスターはモンスターである限り、大半はたるうぃの敵ではないと思うでチュ。カースが出て来るなら話は変わってくるでチュが、カースが出て来るならもう少し呪詛濃度が高くなると思うでチュ。だったら、他のプレイヤーを警戒する方があっていると思うでチュ』
周囲に人影無し。
柱の陰に誰かが隠れていると言う事もない。
私は喋りながら進んでいるので、ステルスの恩恵がないが、これはこちらに敵意がない事も示している。
まあ、理想としてはこのまま誰とも出会わずに奥に行けると都合がいいのだが……。
「む……」
そうもいかないらしい。
私の前方には十字路があるのだが、右の通路から濃密な白煙が立ち込めて来て、私の視界を遮る。
『たるうぃ』
「……」
私は無言で頷きつつ、直ぐに手近な柱の陰に隠れる。
そして、出来る限り音を出さないように、白煙の方から見えないように、浮かび上がって天井の近くに移動していく。
同時に眼球ゴーレムを一つ転がしておくと共に、何か奇妙な物が転がっていたりしないかも確認。
私の位置を確認できるものは何もないと判断したので、これで時間が経てばステルスシステムが起動し、私の存在を白煙を発したものから隠してくれるはずだ。
「くくく、それで隠れているつもりかぁ? あれだけ堂々と口を開きながら移動していて、今更居ませんでしたなんて誤魔化せるわけないだろうよぉ」
男の声。
ブラフか? それとも本当にこちらの位置を把握しているか? 判断はできない。
また、声の位置と眼球ゴーレムの情報からして、白煙が出て来た辺りに声の主は居るようだ。
だが、声の主と言うか音源がその辺りにあるだけであり、PvPを専門とするプレイヤーならば音源を誤魔化す呪術ぐらいは持っていてもおかしくはないし、そもそも相手が一人であるかも不明だ。
もっと言えば、通路の角での奇襲と言うメリットを捨ててまで白煙を発したのであれば、別の相応のメリットがあるはずでもある。
実に悩ましい。
「……」
だからこそ対人戦と言うのは面白いのだが。
『うわっ、凄い顔をしているでチュよ。たるうぃ』
「……」
おっと、未知の手段を相手が用いているかもしれないと言う興奮が表情に出ていたらしい。
気を付けなければ。
「「……」」
さて、お互いに相手の出方を探っているわけだが、この膠着状況をどうやって打破するべきだろうか?
うん、まずは軽く一当てしてみようか。
私はネツミテを構えた。