729:5thナイトメア1stデイ-3
「たるうぃ、ざりちゅは先行するでチュよ」
「分かったわ」
化身ゴーレムが東に向かって駆け出す。
そのスピードは普通の人間の全力疾走と変わらない程だが、何十メートル走ってもペースが落ちる事はない。
「えーと、タルさんは何をする気なんです?」
「ちょっとした高速移動手段の実験よ」
『さて、何秒で追いつかれるでチュかねぇ……』
では私も移動を始めよう。
「『熱波の呪い』」
まず『熱波の呪い』の発動によって、私が操る呪詛に攻撃判定と言う名の当たり判定を持たせる。
「鎖展開」
続けてネツミテの先端、柄、持ち手の中ほどから前方に向かって、だいたい長さ100メートルほどの呪詛の鎖を伸ばす。
なお、化身ゴーレムは既に数百メートル先へと進んでいる。
「え、あの、本当に何を……」
「んー、まあいいか。『熱波の呪い』を発動している時の私は呪詛の鎖を張り、巻き上げる事で緊急離脱を出来るの。だいたい10メートルを1秒で移動出来るぐらいね」
「は、はぁ……」
「で、その緊急離脱を連続して、あるいは伸ばした呪詛の鎖の途中に複数箇所の巻き上げ点を作って、一気に体を引っ張り上げれば、高速移動が出来ると思ったのよね」
「えええぇぇぇ……」
『まあ、そういう表情になるでチュよねぇ……』
陰険ドロイドは信じられない物を見るような顔をしている。
まあ、物理法則の類は完全に無視しているし、そんなことが出来るなんて俄かには信じがたいだろう。
と言うか、私だって出来ると言う確信があってやっているわけではない。
上手くいくか分からない、未知の移動手段だからこそ試すのだ。
で、陰険ドロイドと話している間にも呪詛の鎖の展開は続き、ネツミテから伸びている三本の鎖にはそれぞれ十の巻き上げ点を設置。
同時にネツミテから私の体に向かって鎖を伸ばし、二重三重に巻き付け、急な引き上げを受けても、体にかかる負荷が少なくするように工夫しておく。
「じゃ、出発するわ」
「お、お気を付……」
一本目の呪詛の鎖に設置された十の巻き上げ点が一斉に鎖を巻き上げる。
すると私の体は一気に鎖が伸びている方向に向けて移動していき、陰険ドロイドの言葉は途中で切れて聞こえなかった。
なお、この際にネツミテから伸びる呪詛の鎖は、私の移動に関わらず真っ直ぐ前方に伸び続けている。
うん、完全に物理法則を無視しているが、この呪詛の鎖は物理法則に依存していないので、何も問題はない。
「こ……」
一本目の呪詛の鎖が巻き上げ終わった。
続けて二本目の呪詛の鎖が巻き上がり始める。
と同時に、巻き上げが終わった一本目の呪詛の鎖は再び前方に向かって伸び始める。
「れ……」
二本目の呪詛の鎖が巻き上げ終わった。
現在の正確なスピードは分からないが、ネツミテをきちんと掴み、体に鎖を巻き付けていなければ、酷い事になる事は間違いない速さだった。
そして直ぐに三本目の呪詛の鎖が巻き上がり始め、一本目の呪詛の鎖は巻き上げ点が設置され、二本目の呪詛の鎖は前方に向かって伸び始める。
「は……」
三本目の呪詛の鎖が巻き上げ終わった。
で、一本目が再び巻き上がり始め、二本目に巻き上げ点が設置され、三本目は伸び始める。
うん、後はこれを繰り返せば、問題はなさそうだ。
移動速度については。
「速いなんてものじゃないわね!?」
『うわっ、とんでもないでチュねぇ……』
うん、そう、速すぎた。
ザリチュが走らせる化身ゴーレムはあっという間に追い抜かし、周囲の地形は瞬く間に変わっていく。
草原も小規模な森も抜けて、荒れ地のような場所に入り、それなりの大きさの山も見えている。
油断したら、どうなっているか分かった物ではないと言うか、きちんと腹筋と背筋に力を入れ、翅も利用して姿勢を維持しないと転びそうと言うか……。
「っう!?」
『チュアッ!?』
そんな事を考えている間に足裏に少し大きめの石があって、それに『空中浮遊』が反応したのだろう。
私の体は一気に跳ね上がり、宙を舞う。
その状態でも鎖の巻き上げは止まらず、私の体は宙を滑っていく。
これはまずい。
不穏な空気が漂って来ている。
「急降下!」
私は咄嗟に足元に向かって呪詛の鎖を伸ばし、巻き上げ、体を地面に近づける。
そして着地と同時に不穏な空気は霧散した。
「ふぅ、危なかったわね。あれ、お仕置きの前兆よね?」
『だと思うでチュよ……』
あのまま飛び続けていたらどうなっていたか?
ほぼ間違いなく黒影大怪鳥がやってきて、酷い目にあっただろう。
「しかしこれ、制御がかなりキツイわね……」
『少しスピードを落としてもいいんじゃないでチュか?』
「それもありかもしれないわねぇ……」
私はサーフィンか何かのように地表を滑っていく。
鎖の巻き上げ速度と空気抵抗で釣り合いが取れたのか、速度は安定している。
「と言うか、ビークルとして得たサンダルが無かったら擂り下ろされていたわね」
『でチュね』
なお、今の私は傍目には濃密な呪詛の霧を纏いつつ、前方に鎖を射出し、槍のように伸ばしながら高速で移動していると言う危険しか感じない存在なので、速度もあってモンスターの類に襲われることはない。
代わりにちょくちょく小石を撥ね上げたりしているので、ビークルとして得たサンダルが無かったらどうなっていたかは考えるまでもないだろう。
「さて、そろそろ何か見えるといいんだけど……見えはしないけど、変化はあったわね」
『みたいでチュねぇ』
そうしてNPCの普通の人間が居そうな拠点を避けつつ移動する事20分ほど、周囲の呪詛濃度が上昇し始めた。
物理的にはあり得ない挙動をしていますが、呪詛的にはあり得る挙動ですのでご安心ください。
なお、視覚補正などを入れていない場合、傍目には濃密な呪詛の霧が三本の触手を射出しながら猛スピードで突進しているように見える模様。