728:5thナイトメア1stデイ-2
「ふうん……」
「廃村、でチュかね?」
掘立小屋の外に出た私は周囲の状況を確認する。
まず正面の広場のような場所には、検証班を含む複数人のプレイヤーが何かを話し合っている。
広場の周囲には私たちが出てきたのと同じような掘立小屋が複数軒建っており、恐らくだが小屋の一つ一つが拠点扱いなのだろう。
NPCの気配は幸いなことになし。
掘立小屋の間から見える周囲の地形はほぼ草原だが、林あるいは小規模な森も見える。
「凄い崖ね」
「チュ? あー、本当でチュねぇ……」
そして、私たちの背後には最低でも高さ数百メートルはある崖……いや、凹凸が殆どなく、空を飛ぶか壁に貼り付けるかしなければ登れない事を考えると、壁と形容した方がいい物体が聳えている。
おまけにその崖は地平線の向こうまで繋がっているようで、果てが見えない。
「推測ですが、それはW3のマップを囲んでいる崖だと思われます」
「W3?」
と、ここで検証班の一人が私たちに気づいたらしく近づいてきて、声を掛けてくる。
これは拠点の近くだからステルス機能が働いていないのか、この検証班が何かしらの呪いによってステルス機能を無効化しているのか……いずれにしても検証が必要そうだ。
「はい、今回の第五回イベント『盗賊恐れる宝物庫の悪夢』のマップは通常マップのS3をほぼそのまま用いているようです。そして、太陽の位置や周囲の地形から、私たちが今居る此処はW3との境界線に当たる場所に存在しているようです。それ以上の詳細については残念ながら分かりませんけどね」
「なるほどね。えーと……」
「あ、自己紹介が遅れました。私、陰険ドロイドと言います。その、『虹霓鏡宮の呪界』にも挑ませてもらっているんですけど……」
「陰険ドロイドさんね。情報ありがとう。その、姿を見た覚えはあるけど、名前は聞いた事がなかったのよ」
「あ、はい。そうですよね」
陰険ドロイド……随分な名前の、白い頭髪が羊の毛のように巻いていたり、体の各部に地毛なのかアクセサリーなのか分からないがふわふわの毛を付け、メガネをかけた女性に対して、私は感謝の言葉を伝える。
「じゃあ、こっちからもちょっと情報」
「え!?」
さて検証班に会えたならば、幾つか渡しておくべき情報がある。
と言う訳で、聖女ハルワは観戦に専念しているので救済の類はない事、それと夢と現実の境界が極めて薄く、イベント中に死んだNPCはそのままになる可能性が高い事を伝えておく。
「し、至急、伝えます!」
「よろしくねー」
これで私が書き込むよりも早く、そして確実に情報は広まる事だろう。
「で、この場にプレイヤーが集まっているのは、ポイントによる強化の検証をするため?」
「え、あ、はい。その通りです。ポイントは限られていますから、誰がどれを担当するかを改めて決めているんです。私たちは検証班の中でも敢えて固定ではなくランダムスタートを選んだ組ですから。後は他のプレイヤーにも話を聞いて、情報を蓄積している感じですね」
「ふむふむ。現状は?」
「現状はビークルにある程度、レーダーかナビゲートに多少振って、とにかく近場にあるアイテムを探っているプレイヤーが多い感じです。まあ、無難な出だしって奴ですね」
「確かに極普通って感じでチュねぇ」
「そうね」
では、次。
陰険ドロイドたちがこの場で何をやっているのかを聞いたわけだが、そういう話ならば私の提案は問題なく受け入れられる事だろう。
「それでタルさんはポイントをどうされましたか?」
「とりあえずステルスに2,000振ったわね」
「にせっ……!? その……流石ですね。ははははは……」
「でも効果はよく分かっていないのよね。陰険ドロイド、貴方は普通に私の存在に気づいていたみたいだし」
「そう言えばそうですね。今も普通に見えていて、タルさんが透き通って見えているとかはありませんね。これは……検証が必要ですね。協力していただけますでしょうか? タルさん」
「勿論構わないわよ。だからこそ情報を広めてもらったわけだし」
と言う訳で、まずはステルスシステムの検証である。
「ふうむ……」
「これはまた……」
「ほうほう、こうなるんでチュね」
「興味深いなぁ」
検証方法は……まあ、色々である。
単純に距離を取ってみる、物陰から出たり入ったりして見る、探索用の呪術を使ってみる、攻撃を仕掛けてみる、服装を変えてみる。
一時間ほどかけて、私たちと陰険ドロイドたちによるステルスシステムの検証は行われた。
「ざっとこんな所ですかね。細かい部分やどの程度のポイントでどの機能が解放されるかなどの気になる点もありますが、そちらは検証班の方で独自にやらせていただきます。これ以上タルさんを引き留めるわけにもいきませんから」
「ありがとうね。こっちとしてもこれからの五日間が楽になる、実に有意義な検証だったわ」
で、検証結果だが……ステルスシステムは思った以上に使えそうだった。
まず、誤魔化せる対象は視覚、聴覚、嗅覚だけではなく探知を専門とする呪術も含まれている。
そして、視覚ならば5秒程度物陰に隠れたり視界から外れていれば、10メートル以内に近づかなければ気づかれない。
聴覚ならば10秒程度、私が物音を発していなければ、音源から20メートル以上離れている相手にはわざと届けようと思わない限りは伝わらない。
嗅覚ならば30秒ほどで匂いが消失し、追跡はほぼ不可能。
探知専門の呪術は絶対に此処にいると言う確信を持って使うぐらいでなければ、感知できない。
そんな代物だった。
「これで私から仕掛けない限りは五日間平和に過ごせそうね」
「移動中や不意の接触でバレる可能性はありますけどね」
まあ、私が攻撃的な行動を取ったり、激しく体を動かしたり飛んだりすれば、当然のようにステルスシステムは効果が切れるし、接触関係は一切誤魔化してくれないので、そこは注意が必要だろう。
後、ザリチュが私の一部扱いになっているらしく、化身ゴーレムなどザリチュが操るゴーレムの視界にはステルスシステムの効果はないらしい。
「それでタルさんはこれからどうされるおつもりですか?」
「とりあえず東に向かってひたすら進み、何かないかを確認。何かがあったら、そこから『ユーマバッグ帝国』の帝都? とでも言うべき場所があるはずだから、そこを目指してみるわ」
「なるほど分かりました」
「じゃ、そっちも頑張ってね」
「はい」
では、そろそろ移動を始めるとしよう。
「ネツミテ」
「はい?」
「……」
と言う訳で、私はネツミテを錫杖形態にすると、進行方向に向かって半身になった上で構えた。