725:5thナイトメアプリペア-2
「随分な姿ね。呪限無の化け物……と呼んでいいのかすら怪しくなってきているわね」
「あ、聖女ハルワでチュ」
「そうねー……」
街を彷徨うこと暫く。
私たちは前回と同じカフェで一人お茶を楽しんでいる聖女ハルワに遭遇した。
聖女アムルは……ザリチュの様子からして今回もまた居ないらしい。
そして、私たちの姿を見た聖女ハルワは分かり易いくらいに眉をしかめている。
「前に出会った時は竜混じりの不老不死呪止まりだったのに、更に名状しがたいものになってきているわね。周囲の空気が歪んで見えるわ」
「まあ、あの時から色々と得たのは確かねー……」
「で、そんな状態でこんな呪いの薄い場所に顔を出したせいで、苦しんでいる、と。自業自得だけど少し清々するわね」
「……」
「本当につらいなら、自分の呪限無に戻りなさいよ。死にたいの?」
「訓練も兼ねているから、留まるわー……」
「……。そう。無理はしない事ね」
とりあえず聖女ハルワには、私に『確立者』の称号を得るだけの何かがあるのは見えている気がする。
まあ、聖女ハルワなら分かっていても不自然ではないが。
「……」
「あー……」
「時間が流れるでチュねぇ……」
聖女ハルワがお茶を飲み、私がテーブルに突っ伏し、ザリチュが空を見上げる。
「話しておくことがあるわ。呪限無の化け物だったアンノウン」
「何かし……ら」
そうして少し時間が経った後、聖女ハルワから話があると言う事で、私は気合を入れて上体を起こす。
後、私はもう呪限無の化け物扱いすらされないらしい。
未知なら、収まりがいいと感じるし、体の状態もアレなので、無駄口は叩かないが。
「今回の悪夢は現実との境界が極めて薄い。よって全てではないけれど、この悪夢の中で起きた出来事の大半は夢から覚めても何もなかったことにはならないと思うわ」
「……。国が滅びれば、街が崩れれば、村が焼ければ、人が死ねば、それがそのまま現実になると言う事かしら?」
「ええそうよ。この国の王、悪夢の主体となった主が己の分を弁えずに呪いを集め続けた上に、何処かの誰かさんを筆頭として、尋常ならざる呪いを組み上げて送り込んだせいで、そうなったの」
「そう。まあ、『ユーマバッグ帝国』が滅びるのはどうでもいいわね。国そのものに私は期待を持てなかった。街や村もあんな王を疑わず、あるいは反抗せずに仕えているなら同様。惜しい個人は居るかもだけど……居るなら独力で切り抜けて、面白い方向に行って欲しいとしか思えないわね」
「責任の類は感じないのかしら?」
「感じるわ。だからこの件を切っ掛けとして私の身に何かが起きるなら、それは素直に受け入れる。受け入れた上で捻じ伏せて飲み込む。未知を伴うものなら尚よしと思うわね」
「はぁ……」
聖女ハルワはため息を吐くが、私は本音を言ったまでである。
国を滅ぼした悪党と言う評価は素直に受け入れるが、それを理由に私の歩みを止める事などありえないし。
「まあ、正直な話。私としてもこの悪夢の主については滅んで欲しいわ。生き残ればどう転んでも『サクリベス』に害を為す未来しか見えない。でもねアンノウン。貴方の作ったアレも、生き残れば『サクリベス』に害を為すわ。前者はともかく後者は製造者の一人にして中核だったものとして、責任ある対処をお願いするわ」
「んー……そうねぇ……」
私の作ったアレ……『幸福な造命呪』か。
『幸福な造命呪』が『サクリベス』に害を為すと言うのであれば、確かに私が対処してもいい。
しかし、製造目的を考えると、私が対処すると言うのは……最後の手段な気がする。
自分が作った物を守護するために作った物を、自分の手で壊すと言うのは、何かが違うと思うのだ。
「四日目……いえ、五日目かしらね。対処をするなら」
「どういう意味かしら?」
「五日目の……そうね、昼過ぎくらいまで生き残っていて、『サクリベス』に対する害意を持っているなら、私の手で対処する。そういう意味ね。アレが何処に居るか、何を考えているか、そもそも貴方の言うアレが私のイメージしているアレと同一である保証がある訳でもないしね」
「そう。まあ、対処してくれるなら、それで問題はないわ」
と言う訳で、五日目の昼過ぎくらいに判断をしようと思う。
他のプレイヤーがどう動くかも分からないし、それぐらいが妥当だろう。
「話はそれだけかしら?」
「ええ、私からの話はそれぐらい……いえ、もう一つあるわね」
「もう一つ?」
まだ話はあるらしい。
「アンノウン。これ以上呪いを重ねるのは止めておくことをお勧めするわ。貴方が貴方でなくなる可能性が高い」
「お気遣い感謝するわ。でもね聖女ハルワ。誰かに止められた程度で足を止めるなら、私は今この場に居ないわ。それに……」
「それに?」
「貴方がそれを言うのはどうかと思うわよ。聖女ハルワ」
「「……」」
が、これはそこまで聞く価値がある話ではない。
聖女アムルや他のNPCが言うならばともかく、不老不死の呪詛に深く強く関わっている聖女ハルワが言うセリフではないだろう。
「ま、限界を見極め損ねたなら、それは私の認識が正しくなかったという話ね」
「その後始末をやることになるであろう周囲の事も考えて欲しいわね」
「じゃあ、自爆装置でも体に埋め込んでおこうかしら?」
「汚染が広がる未来しか見えないから止めておきなさい。そもそも体が吹き飛んだ程度で死ぬような存在じゃないでしょう」
「そこはほら、浄化属性とか氷結属性を主体にすれば……」
「もっと根本的な部分から吹き飛ばさないと死ぬ気がしないのよ。アンノウン」
「ああ言えばこう言うわねぇ」
「呪限無の化け物と言う事も難しいような化け物になりつつある存在なんだから当然でしょう」
「会話内容が殺伐なのに、会話風景が朗らかなのはどうかと思うんでチュよねぇ……」
その後、私たちは私が暴走をし始めたらどうするのかと言う話をし続け、やがてイベントの開始時間を迎えたのだった。




