721:タルウィロウ-2
「……」
「うわぁ、でチュねぇ……」
『竜活の呪い』のデメリットが完全に解除されるまで後少し。
具体的には他二つが解除され、恐怖の状態異常のスタック値が30を切るぐらいのタイミングで、私たちは『虹霓鏡宮の呪界』に移動した。
「まあ、言いたいことは分かるわ」
そうして『虹霓鏡宮の呪界』に移動した私たちを出迎えたのは火酒果香の葡萄呪と千支万香の灌木呪の嘲笑だった。
「邪火太夫との戦いで呼び出された屋敷巨人は火酒果香の葡萄呪、小型カースの方は千支万香の灌木呪を何かしらの形で利用したもの。で、何をどう利用したにしろ、貴方たちよりは弱体化と言うか、調整された個体だった。なのに、あの体たらくだったわけだから、笑いたくなるのは分かるわ」
いやまあ、どちらのカースも植物のカースなので、笑われていると感じているのは私の勝手な思い込みで、実際のところは二体とも少し枝葉を揺らしてざわめいているだけだが。
「たるうぃ、怖くないんでチュか?」
「今更よ。それに恐らくだけど、邪火太夫が出てきたのはこの二体の仕業。つまり、ここまではこいつらの思い通りに運んでいるんでしょうね。何と言うか、してやられた気分ね」
私は火酒果香の葡萄呪を見る。
動きはない、だが、酒の香りを漂わせるブドウに似た果実の匂いが、少し酒精が強い物になった気がする。
続けて千支万香の灌木呪を見る。
こちらも動きはないが、枝葉から漂う香辛料の匂いが、いつもよりも濃く、それに周囲へと広がり易いような物になった気がする。
何を考えているかは分からないが、やはり笑われているような感覚は覚える。
「ふぅ。まあいいわ、邪火太夫との戦いは私にも得るものがある。だから今はまだ乗るわ。でも最後まで乗る気はない。貴方たちが思う以上に燃え上がり、香り立たせるような未知の何かを得させてもらうわ。だって私はタルだもの」
「……。言っている意味がよく分からないんでチュが?」
「私とコイツらだけが分かっていればいい話だから問題はないわ」
私は二体のカースに背を向け、沈黙の眼宮の方へと移動を始める。
それにしても……こうして改めて考えると、やはり私の周囲にはゾロアスター教の影響が強い気がする。
いや、あくまでも彼女らを構成する要素の一部として組み込まれているだけで、他にも色々と混じってはいるのだろうけど。
それでも、『悪創の偽神呪』はアンリマンユ、邪火太夫は女悪魔ジャヒー、ハルワとアムルはハルワタートとアムルタートまでは確定で、私の読みが正しければ火酒果香の葡萄呪はタルウィ、千支万香の灌木呪はザリチュが混ざっている。
後は、今思い返してみると、『沈黙の邪眼・3』習得の時に戦ったアルビノの兎黙の竜呪、アレも何かしら……赤目だからアカ・マナフとか、こんなダジャレのようなノリかはともかく、何かは混ざっているかもしれない。
明らかにスペックが違ったし。
「……」
「どうしたでチュか? たるうぃ」
さて、これは私だけなのだろうか?
いや、それはたぶんない。
私が知らないだけと言うか、個人色が極めて強い案件だから表に出てこないだけで、NPCとの付き合いが深いプレイヤーなら、何かしらの話はありそうな気がする。
ま、他人についてはこれ以上は気にしないでおこう。
迂闊に突っ込むと何が起きるか分からないと言うか、本来の話の流れを歪めてしまい、取り返しのつかない事態を引き起こすとかもありそうだし。
「いえ、行きましょうか。ザリチュ」
そして今は目の前のこと……呪憲・瘴熱満ちる宇宙の真価を発揮し、邪火太夫に対抗できるようにする事に集中するべきだ。
なので私は沈黙の眼宮に続く鏡の扉を抜けた。
『さて、ここからの会話は口を使わないでやりましょうか』
『分かったでチュ』
沈黙の眼宮の様子は相変わらずだった。
スクナにブラクロ、他数名が入り口近くでわざと声を出し、兎黙の竜呪を狩っているようだが、他にプレイヤーの姿はなく、私に問答無用で襲い掛かってくる兎黙の竜呪の姿はない。
で、侵入と同時に肌を刺すようなチリチリとした感覚を覚えるのも変わらずだった。
『入り口から離れるわよ』
『スクナたちと協力はしないんでチュね』
『だって協力する案件じゃないもの』
この肌を刺すようなチリチリとした感覚。
きっとこれこそが呪憲・瘴熱満ちる宇宙と竜骨塔によって沈黙の眼宮全体に展開されている呪いが相互干渉し、私がそれを無意識で拒否している事の証拠なのだろう。
だから、このチリチリとする感覚を糸口として、何か出来ると思うのだが……さてどうすればいいのだろうか?
『もしかして兎黙の竜呪は狩らない感じでチュか?』
『狩らないわね。兎黙の竜呪がノンアクティブで、条件を満たさなければ襲わないと言うのが都合が良かったのよ』
『でチュかぁ……』
まあ、色々と試してみるしかないか。
『ああでも、可能なら収奪の苔竜呪と竜骨塔の確認はしておきたいわね。で、竜の遺骨を一本ぐらい回収しておきたいかも』
『んー、たるうぃがやりたい事がよく分からないでチュねぇ』
そういう訳で、私は自分の呪詛支配圏を色々と弄りつつ、戦闘することなく沈黙の眼宮の奥へと移動していった。