718:タルウィチャム・3・2nd-5
「こいつらは……」
「邪火太夫よりはマシだ! 態勢を崩さず迎え撃つぞ!」
「範囲攻撃用意!」
邪火太夫が上空の座敷に移動し、こちらを観察する状態に入ったこともあり、未だに魅了状態のシロホワを抑え込んでいるプレイヤーたち以外は、新たに現れたカースたちに対処するべく動き出す。
私も邪火太夫の事を警戒しつつ、新たに出現したカースの方に対処する事にする。
でなければ手数が足りないからだ。
「たぶん、屋敷が火酒果香の葡萄呪で、取り巻きが千支万香の灌木呪の影響が出たカースでしょうね」
「攻撃開始!」
「「「ーーーーー!」」」
だが、敵に向かいつつも、同時に考察もしておく。
まず相手の正体、正確なところは分からないが、ほぼ間違いなく屋敷巨人のカースは火酒果香の葡萄呪、取り巻きであろう小型カースたちは千支万香の灌木呪の影響が出ているか、場合によっては体の材料にしたカースだろう。
で、屋敷巨人の中から小型カースが出て来た事からして、屋敷巨人は小型カースの召喚あるいは生成能力持ちと推定。
小型カースの方は……明らかに『虹霓鏡宮の呪界』で戦える竜呪たちの影響が出ているので、その姿に応じた能力を持っている可能性が高いと判断する。
であれば、魅了持ちの竜呪に対応していそうな狼型の能力は不明だが、最も優先するべき相手がどれかは自ずと決まる。
「『沈黙の邪眼・3』」
「「ーーー!?」」
だから私は範囲攻撃が終わった直後、お互いの近接攻撃が始まるであろうタイミングで、上空から最前線に突入。
呪詛の剣を即死攻撃を持っている可能性が高そうな兎型の小型カース二体の喉に突き刺し、その状態で伏呪付きの『沈黙の邪眼・3』を発動。
「すげっ」
「即死させた……」
「兎型には注意しておきなさい! 即死攻撃持ちの可能性もあるわ!」
どうやら即死が入ったらしい。
兎型の小型カースの首が落ち、頭も体も消滅していく。
そして、私は他の小型カースの攻撃から逃れるべく、その場から大きく飛び上がる。
「うっ……」
「気を付けろ! 倒した後の塵を吸うと魅了状態になるぞ!」
「うわ、面倒くさいなおい!?」
「これ、タルと言うか、演奏がなかった場合を考えたくないな……」
と、直ぐに飛び上がった私には影響がなかったようだが、どうやら小型カースが倒れ、風化の呪いによって塵になっていくと、それと同時に周囲へ魅了の状態異常をバラ撒くようだ。
『瘴弦の奏基呪』の演奏効果で解除は直ぐにできるが、それでも数秒は敵側として動く事になるのだから、厄介な能力だ。
「ーーーーー……」
「っ!?」
「屋敷巨人が動き出したぞ!」
「こっちの巨人コンビ!!」
「くっ、俺たちでやれるか……?」
「やるしかないだろうよ!」
ここで屋敷巨人のカースが動き出す。
大きく踏み込み、こちらの集団に向けて家屋のような拳を振り下ろす。
マントデアならばなんとか一人でも、あるいは超巨大ボスと戦う時のように専門の部隊が居るならば防ぎようもあるが、この場だと『ガルフピッゲン』の巨人コンビに頼るしかなく、しかも、私の目算ではあの二人だけでは防ぎきれないだろう。
逆に小型カースの方は、普通のプレイヤーたちでも十分に抑え込み、反撃を少しずつ加えて、一体ずつ撃破すると言う対処が出来ている。
ならば、私が対処するべきものは屋敷巨人の方だ。
「ーーーーー!」
「ふんっ!」
「せいっ!」
「援護するわ!」
屋敷巨人の攻撃に、巨人コンビはそれぞれの武器を全力で振り上げる事で対処しようとした。
そして私は二人の攻撃が屋敷巨人に当たる直前に、屋敷巨人の腕を中心に呪詛の鎖で縛り上げ、攻撃の減速を試みた。
「ぐっ……」
「うごっ……」
「なんて馬鹿力……」
結果、巨人コンビと周囲のプレイヤーは衝撃波で吹き飛ばされ、私は呪詛の鎖で大質量を無理やり抑え込もうとした反動か、右手の指がへし折れ、HPを削られた。
だが、この程度で済んだなら問題ない。
前線は維持されている。
死んだプレイヤーは居ない。
私の右手の指はもう直りかけているのだから。
「ぶっ飛ばす!」
私は呪詛の星を作り出す。
呪詛の星は『竜活の呪い』と『熱波の呪い』の影響を受け、虹色に輝く火球になる。
そして、それを屋敷巨人の胴に向かって放つ。
「『灼熱の邪眼・3』!」
屋敷巨人に『灼熱の邪眼・3』は直撃した。
「ーーー……」
「んなっ!?」
「タル様の攻撃が効いていない……!?」
「それよりも前線の支援を頼む! このままじゃ破られるぞ!」
だが効いていない。
相手のHPが膨大だから効いていないように見えるのではない。
邪火太夫に向けて攻撃した時と同じように、無効化されている。
「くっ……」
一体何が起きている?
邪火太夫相手なら、相手は偽神呪と同格の可能性もある化け物であり、こちらのが圧倒的に格下だから何も通じないと言う論理で戦闘中は思考を終わらせてもいい。
だが、この屋敷巨人は明らかに邪火太夫以下、もっと言えば、影響を受けているであろう火酒果香の葡萄呪よりも格下である可能性が高い。
それに私の攻撃が全く通じないと言うのは、幾らなんでもおかしい。
今の私は『竜活の呪い』を発動していて、干渉力が3倍近くになっているのだ。
この状態の私の攻撃が通じない?
何かしらのギミックがあるにしても異常だ。
「どうすればいい……」
屋敷巨人は呪詛の鎖をわずらわしそうに、けれどほとんど抵抗なく引き千切ると、こちらを攻撃するべく再び拳を振り上げる。
その拳には先ほどよりも明らかに多くの呪詛が込められており、呪詛の鎖だけでは防げない事は私の目には明らかだった。
その姿は邪火太夫の圧倒的な呪詛支配の力を思わせた。
だが屋敷巨人にアレが出来ると言う事は?
もしかしなくても、あの圧倒的な……外からの干渉を許さない呪詛支配圏の構築は力ではなく、技術によるもの?
そして、屋敷巨人にそれが出来ると言う事は、私にも可能なのでは?
いや待て、似た話は既にあった気がする。
そう、『兎狼が徒に労する草原』、あの時も私が何をしても大した抵抗も出来ずに浸食されていた。
で、あの時に得たのが呪憲・瘴熱満ちる宇宙、それに……『確立者』。
「巨人の攻撃が来るぞ!」
「こうなりゃあイチかバチかだ!」
「おうっ!」
「そういう……事!」
私は反射的に呪憲・瘴熱満ちる宇宙の効果範囲を闘技場全域に広げる。
すると闘技場の地面、屋敷巨人、邪火太夫、それに『悪創の偽神呪』と接する辺りから、これ以上は入らせないと言わんばかりにビリビリとした感覚が……呪憲・瘴熱満ちる宇宙を得て以降、竜骨塔が残る眼宮に入った時に感じたものと同じ感覚があった。
この感覚、これこそが境界の感覚、ルールの反発、自己を第一とする事が出来るもの同士がぶつかり合った時の感覚であり、浸蝕を防いで鍔ぜり合う感覚。
この感覚を……この感覚をどうすればいい?
「ーーー……」
「あっ」
「「「!?」」」
私の体と屋敷巨人の拳がぶつかり合う。
何かを掴んでも実現できなかった私の体は屋敷巨人の拳に押され、衝撃に体を動かす力を持っていかれつつ、拳の先に居るまま落ちて行く。
拳は振り下ろされ、攻撃を防ごうとした巨人コンビも、その近くに居たプレイヤーたちも、巻き込んで地面に叩きつけられる。
そのダメージは文字通りに桁違いのものであり……私の体は呆気なく叩き潰され、跡形もなく砕け散り、屋敷巨人の持つルールに浸食されて復活する事も許されずに死んだ。
「気づいただけではまだまだですね。次は把握してから遊びましょう。楼主候補様」
元の世界に戻される中、私の耳に邪火太夫の声が届いた気がした。
≪『竜活の呪い』の効果時間中に死んだペナルティとしてレベルが1低下。タルのレベルが40に下がりました≫