717:タルウィチャム・3・2nd-4
「「「!?」」」
闘技場全体の空気が凍り付く。
ザリチュ操る『瘴弦の奏基呪』の演奏もそういう演奏を要求されたのか、ほぼ無音の状態だ。
シロホワの体の挙動からして、抱擁された時点で魅了扱いになって、シロホワの意識は体から切り離されていそうだが、それでも邪火太夫とシロホワのキスシーンと言うのは……そういう気がない私でも一瞬惹かれそうになるほどに魅惑的な物であり、反射的にかプレイヤーの何人かはスクショもしているようだった。
「シロホワを……離せっ!」
「おおっ、貴方も素晴らしい人ですね。岩の人間さン」
そんな中、ロックオが邪火太夫に向かって突貫。
長柄の槍を邪火太夫の顔面に向かって突き出し、邪火太夫はシロホワの体から手を放しつつ後ろに飛んで攻撃する。
「ふふふ。ただ、この程度ではまだご褒美をあげられませんネ」
「貴様からの褒美など要らん!」
シロホワと邪火太夫の接触を解除したロックオは、しかしシロホワに近づく事はなく、どちらがどう動いてもいいように盾と槍を構える。
流石はロックオ、シロホワが魅了されている前提でちゃんと動けている。
そして肝心のシロホワと言えば……。
「ーーー……」
うん、完全に自己意思と言うものを失った目をしている。
表示されている状態異常は魅了(999,999)であり、先ほどから『瘴弦の奏基呪』の演奏も再開しているのだが、約百万の魅了のスタック値は欠片も減っていない。
完全魅了状態とでも言えばいいだろうか?
「ーーー……」
「くっ!?」
「こっちに来たぞ!」
「回復系なんだ! 抑え込め!」
「んー、流石にこの体だと、このレベルの魅了が限界ですカ」
魅了されたシロホワが普段とは比べ物にならない程に洗練された動きで、ロックオ以外のプレイヤーに向かって襲い掛かる。
対するプレイヤーたちは、ゾンビ化させないためにもシロホワを拘束で抑え込むつもりのようだ。
そして、ロックオには邪火太夫が近づき、接触を試みるが、こちらはロックオが少しずつ後退をしたり、槍による牽制で時間を稼いでいる。
邪火太夫の身体能力を考えると明らかに遊んでいるが、少しでも時間があるのはありがたい。
「考えなさい……考えるのよ……」
だから私は先程のキスシーンの時も含めてずっと続いている、邪火太夫の細い糸のような呪詛支配圏を起点として広がり、こちらを串刺しにしてこようとする呪詛の槍を避けつつも、必死に頭を巡らせる。
「……」
邪火太夫の呪詛支配圏はいつの間にか蜘蛛の巣のように、空中を覆い尽くし、今もなお密度を増している。
だが、この糸のような呪詛支配圏を断ち切ることは出来ない。
逃げ回っている最中に一度全力で支配を奪い取る事だけに集中し、イメージによる強化も狙って呪詛の剣による攻撃を仕掛けてみたが、私の呪詛支配の方が切られてしまった。
いや、切られてしまったと言うか、そうであることが必然であるように、抵抗の余地もなく、支配権が上書きされたと言うべきか。
とにかく尋常な方法では、邪火太夫の呪詛支配圏への干渉は出来ない。
「くそっ! シロホワの魅了が減らない!?」
「どうなってんだこれは!?」
「くっ、こうなったら倒すしかないか!」
だが分かったこともある。
シロホワにかかっている魅了のスタック値が減らないのは、シロホワと邪火太夫の間に糸のように細い呪詛支配圏が存在しており、邪火太夫がその糸を通じて継続的に魅了を付与しているからだ。
これならば、『瘴弦の奏基呪』の演奏効果でもスタック値が減らないのは当然と言える。
「私とシロホワの差は何?」
ここで私は不意に疑問を覚えた。
何故、邪火太夫は私には攻撃を仕掛け、シロホワには魅了を仕掛けた?
私がこの試練におけるホストプレイヤーであるために一種の手加減が行われた可能性は否定しないが、それだけではない気がする。
切っ掛けとなったこちらの行動が、私が攻撃で、シロホワが防止だったから?
いや、何となくだが違うと思う。
と言うか、シロホワがゲストとは言え、転移からの実質即死攻撃を回避も防御も不可能なレベルで行うと言うのは、流石に理不尽が過ぎるとも思う。
「攻撃は重要な評価項目ではない。頑張りのご褒美。これらの言葉がただの事実だとしたら?」
だから見方を変える。
シロホワへの魅了が本当にご褒美だとしたら?
力を示し、一つの窮地を切り抜け、この試練における合格点を出したが故に、合格の証として退場させたのであれば?
「……。そういう事」
もし私の考え通りであれば、私への試練は今正に行われている。
そしてだ。
「ふふふ、激情に駆られてもなお堅実で着実な時間稼ぎ。素晴らしいですね。岩の人間さン」
「貴様に褒められる気はない!」
「まずっ!?」
ロックオへの評価も高評価で定まりつつある。
つまり、この後に待つ展開もほぼ同様であると考えられる。
倒すわけにいかないからとシロホワ一人抑えきれていない現状でロックオが敵に回れば、戦線の崩壊は決定的なものになるだろう。
だから此処は何としてでも阻止しなければいけない。
「貴方がその気でも、私は貴方に頑張りのご褒美をあげたいのですヨ」
「!?」
「私が知る最も強烈な遮断物……」
私がその判断に至ると同時に、距離を上手く保っていたロックオの体が邪火太夫の眼前に移動していた。
ロックオは既に動けない。
私が動こうにも、呪詛の鎖、各種邪眼術は間に合わないと言うか、私は私で逃げ回る事が第一になっていて、ほぼ余裕がない。
「これ!」
「「!?」」
だから私が出来るのはロックオと邪火太夫の間に転移の為の門を開き、此処が特殊な場であるがために出現した形容しがたい色合いの水晶によって、二人の間に壁を作り出す事だった。
「ふふふ、素晴らしいですね。楼主様候補……いえ、楼主候補様」
「っう、はぁ、助かったぞ! タル!」
「……」
どうやらこの行動は邪火太夫のお眼鏡に叶ったらしい。
邪火太夫が後方に飛び、合わせて張り巡らせていた呪詛支配圏が消滅、それと意味があるかは分からないが私の呼び名の様が付く位置が変わった。
それとロックオが助かり、シロホワにかかっている魅了のスタック値が急速に減り始める。
そして何となくだが、今回の試練の勝利条件が分かった。
「でも、この程度では、まだ私は満足できませんヨ」
「あ、そう。だったら早い所満足して帰ってちょうだい」
「それは楼主候補様と、か弱き人間の皆様方次第でス」
邪火太夫を満足させる事。
それがこの戦闘を終了させ、『魅了の邪眼・3』の習得条件だ。
「ですから、私を落胆させないように頑張ってくださいネ」
「嘘だろおい……」
「なんだこりゃあ……」
「檻? 屋敷? どっちにしろ有りかよこんなの……」
「ちっ、此処でそう来るの……」
だから邪火太夫が上空に現れた座敷に移動しつつ呼び出したもの……巨大な檻、あるいは茨を組み合わせて、葡萄のような形の照明を吊り下げた人とも建造物とも取れそうな、一体の身長20メートルは容易にありそうな巨大カース。
そして巨大カースの中から現れた、枝葉を組み合わせて鼠、牛、虎、兎、羊、鳥、それに狼の形にさせた、体高1メートルほどの十数体のカースたちにも的確に対処しなければいけないのだろう。