716:タルウィチャム・3・2nd-3
「私の為に踊ってくださいナ」
「「「っ!?」」」
邪火太夫から放たれた甘い香りが、甘い響きが、『噴毒の華塔呪』の陰に隠れていたプレイヤーたちを魅了するべく襲い掛かる。
「問題ない!」
「俺たちだってやってやるぞ!」
「その程度が効くか!」
「あらあラ」
が、大半のプレイヤーは前回から魅了対策を万全に整えていたのだろう、匂いと声による魅了程度なら問題なく防げるようだ。
また、魅了にかかったプレイヤーにしてもだ。
「はっ、俺は何を!?」
「これがタルの用意した楽器の効果か」
「こりゃあ凄いな」
「素晴らしいですネ」
ザリチュが『瘴弦の奏基呪』の演奏効果を維持しているおかげで、邪火太夫に有利な行動を起こすよりも早く魅了が解除されている。
これならば、『瘴弦の奏基呪』が破壊されるか、邪火太夫との直接接触がなければ、魅了にかかる事はないだろう。
「攻撃開始!」
「ガンガン投げつけていけ!!」
「絶対に接近しないように! 遠距離攻撃を隙間なく! 絶え間なくです!」
「たった一度の戦いから得た情報をきちんと次に生かしている。か弱い人間たちの中でも貴方たちには見るべきものがありますネ」
そうして魅了が問題ないと分かると、私以外のプレイヤーによる攻撃が一斉に始まる。
だが前回のように距離を詰めて攻撃する者は誰も居ない。
盾を構えるものは横一列に並んで、隙間なく盾を構え、邪火太夫に接近されることを防ぐと共に、邪火太夫に接近するプレイヤーが間違っても出ないようにもしている。
そして、攻撃手たちはその後ろから、当たるを幸いにあらゆる攻撃を放ち、面での制圧を行っている。
これならば、邪火太夫に誤判断を促す能力があっても関係ないだろう。
後、効果があるかは分からないが、『噴毒の華塔呪』によるビーム攻撃も始まっている。
「でも、誰も接近戦を仕掛けてくれないのはつまらないですネ」
「そんなの知らないわ。とっととくたばりなさい」
さて、私も手を出そう。
私はネツミテを錫杖形態に変える。
すると『竜活の呪い』と『熱波の呪い』の影響が出たのだろう。
ネツミテの打撃部は真っ赤な火球と化しており、『太陽の呪い』によって出現した太陽と合わせて、闘技場には五つの太陽が出現したような状態になる。
そして、私はそんなネツミテを両手で握り、呪詛の紐を操り、全力で邪火太夫に向かって振り下ろす。
四つの太陽が直撃し、火柱が立ち上る。
「あ、当たり前のようにメテオストライクを……」
「通常攻撃の威力じゃねぇ……」
「そこっ! 手を休めない!!」
「……」
ただ、これほどの攻撃をしても、邪火太夫にはダメージは入っていないのだろう。
と言うか、最初の『竜息の呪い』による一撃が効いていなかった時点で、力で勝てない事は誰にも明らかだ。
そうして警戒していたこと、『竜活の呪い』によって感覚関係も強化されていたおかげで、私はそれに気づけた。
「ふふふ、楼主様候補はつれないですね。もう少し果敢でないと、私は楽しめませン」
「っ!?」
ネツミテの打撃部が纏う呪詛の支配権が何者かによって上書きされた。
私はそれに気づくと同時にネツミテを錫杖形態から指輪形態に変える。
しかし、その時には既に私が邪火太夫に叩きつけたものと同じような太陽が目の前に迫って来ていた。
「そういう訳で、先ほどのお返しでス」
「お断りよ!」
四つの太陽の内、三つは素早く飛ぶことで回避した。
だが四つ目は避けられそうになかった。
だから私は左腕に纏えるだけの呪詛を纏わせ、支配を強め、虹色の炎を纏っているようにしか見えなくなった腕を太陽に叩きつける。
「はぁはぁ……」
結果は……私が避けたものも含めて、太陽は爆散した。
私の左腕は肘までは蒸発し、肩どころか胸の中ほどまで炭と化した。
しかし、この程度ならば問題はない。
失われた左腕があった場所に形容しがたい色合いの水晶が出現し、装備品含めて腕の形をとって、色が付いていき、やがて私の左腕となって再生が完了する。
他のプレイヤーの被害は……太陽の着弾点が遠かったようで、問題はないようだ。
「ふふふふフ」
「っ! 邪火太夫が!」
「ヤベェ!?」
「盾で抑え……」
いや、私が太陽を受け、左腕を再生している間に、エギアズ・1が指揮している方のプレイヤー集団が居る場所に邪火太夫が乗り込んでいる。
拙い、直接接触で受ける魅了は四桁。
流石に『瘴弦の奏基呪』の演奏効果で治しきれる範囲ではない。
「させないわよ!」
「うおうっ!?」
「せいっ!」
「はあっ!」
「あら、本当に徹底的に接近戦は仕掛けてくれないのですネ」
だから私は邪火太夫に接触しそうな位置に居た面々を呪詛の鎖によって引きずる事で無理やり距離を離し、接近戦を回避させる。
合わせてストラスさんが槍を投げたり、ライトローズさんが鞭を振るうなどして、効果があるかはともかく邪火太夫の行動を阻害する。
「少し、悲しいですネ」
「いっ!?」
だが、何時まで経っても接近戦を仕掛けないのはやはり悪手なのだろう。
私は自分の方に本当に細い……髪の毛のような細さで、集中していなければ気づかないような呪詛支配圏が、恐ろしい速さで伸びて来るのを感じ取ると、咄嗟にその場から大きく動く。
直後、それまで私が居た場所に一戦目の時に受けたような全身を串刺しにする呪詛の槍が出現する。
幸いにして攻撃は掠ってもいない。
だが、直撃していたら、如何なっていたかなど考えるまでもない。
そして、細い細い呪詛支配圏は他にも何十本と私の方に飛んできていた。
「接近戦だったら、私の体に合法的に触る機会だってあるのですヨ?」
「「「ゴクリ……」」」
「あ゛?」
「ペッ」
「これだから男共は……」
私は邪火太夫の攻撃から逃れるべく、全力で飛行する。
その間に邪火太夫は……自分の胸元に手をやって誘惑して、あ、うん、まずい、状態異常ではない方法によって、こちらの分断と油断、集中の逸らしを図っている。
此処で何を仕掛けられても拙い。
でも、私は逃げるのに全力を費やす必要があるため、何も出来ない。
「隙ありですネ」
「「「しまっ……」」」
「「「あっ……」」」
そして、私の懸念通り、その隙を狙うように邪火太夫の体から、これまでよりもさらに魅力的な甘い匂いと響きが放たれる。
受ける側の心に隙が生じていたことも併せて考えると、『瘴弦の奏基呪』の演奏効果でも治しきれない魅了にかかる可能性は高い。
「させません!」
「あら、本当に素晴らしいです。今のは良いですよ。白猫の人間さン」
だが、邪火太夫の魅了が広がるよりも一瞬早く、鈴の音が広がり、邪火太夫の魅了を打ち消した。
やったのは……シロホワだ。
咄嗟に範囲内に居る味方に状態異常が発生するのを防ぐ呪術を発動、邪火太夫の魅了を防いだようだ。
その行動に対する邪火太夫の評価は高い。
私への攻撃が一時的にだが緩むほどに。
「では、頑張りのご褒美をあげまス」
「へっ……」
「なっ!?」
「……。馬鹿な!?」
しかし、邪火太夫と言う圧倒的強者に目を付けられるのは、死亡フラグと同義でもある。
シロホワの前には、邪火太夫の言動による状態異常ではない魅了すら一切気にせず構えていたロックオが居た。
だが、シロホワの体はいつの間にか邪火太夫の目の前にあり、腰と後頭部には手が当てられていた。
そして邪火太夫とシロホワの頭が重なったと言うか……明らかに抱擁からの接吻をされていた。