715:タルウィチャム・3・2nd-2
本日のみ二話更新となっております。
こちらは二話目です。
「すぅ……はああぁぁっ……」
ドゴストから私の体へと、丹田、心臓、頭、両手両足に六枚の翅へと、体の芯から端まで呪詛が行き渡っていく。
そして行き渡った呪詛によって私の体は大きく変化していく。
まず、私の背中から生えている六枚の虫の翅が巨大化し、一枚一枚が私の体を包み隠してなお余りあるような大きさになった。
次に13の目の瞳孔が常に爬虫類特有の縦長の物になり、目尻の辺りに蘇芳色の鱗が少しだが生える。
合わせて両手両足も蘇芳色の鱗に覆われ、爪が黄金色に変化する。
耳たぶも黄金色の三本の角を絡み合わせたものとなり、両耳併せて六本の角は根元から先端までの長さが50センチ近くなるまでに伸びる。
短く切り揃えていた髪は腰や踵どころか、その先に至るほどに長く伸び、まるで長い長い尾のように変化した。
呼気には虹色の炎が混ざり、宙を焼き始める。
「え、どうなってんだこれ……」
「目が……なんでしょうか? 上手く焦点が合わない」
「いや、と言うか纏う呪詛の濃度がおかしい事になってないか?」
「ふむ。姿はお試しの時から変わらずでチュね。相変わらず認識しづらいでチュが」
「もはや人間を辞めたでは説明が付かない気がするのです」
だが、これらの変化を一度に正しく認識出来るのは私自身を除けば、この場では『悪創の偽神呪』だけだろう。
ザリチュ曰く、『竜活の呪い』発動中の私には強い認識阻害がかかっており、詳細不明だが、細かい場所に注視すれば全体が分からなく、全体の挙動に注視すれば細かい動作や視線の向きなどが分からなくなっているそうだ。
これが『竜活の呪い』、時間限定で自分自身を大きく強化する代わりに、使ってなお敗北するならば多大なデメリットを受ける事になる私の切り札の一つだ。
「さて次ね……『抗体の呪い』、『太陽の呪い』、『虚像の呪い』、『熱波の呪い』」
「「「!?」」」
私は『竜活の呪い』によって最大HP、最大満腹度、そして干渉力が3倍近くなっている状態で、他の呪術を発動していく。
結果、私の体のブレはさらに大きくなり、真昼の砂漠すら温く感じるような日差しが闘技場に射し始める。
『瘴弦の奏基呪』たちの演奏も心なしか、私に合わせたような曲調になっている気がする。
「ふむ、そろそろか。『虹霓竜瞳の不老不死呪』タル、30秒後に出現させてやる。そのつもりで準備するといい」
「分かったわ」
「全員、『噴毒の華塔呪』の陰に隠れた上で耐衝撃体勢! 表に出ていたら消し飛びますよ!」
「正面から耐えようと思うな! 見ようと思うな! 好奇心を出したら死ぬ奴だぞ!!」
ドゴストから37体の眼球ゴーレムを取り出し、周囲にばらまいた私は、私の13の目、37体の眼球ゴーレム、その全ての周囲に鉄紺色の呪詛の円を出現させる。
「pmal、xul、nemul、alednac、blits、trebmal、tohp、hgielyar、nietsnie、thgil、elzzad……」
私は『呪法・方違詠唱』に基づく詠唱をしつつ、両腕を口の前に持って来て交差、両手を握りしめる。
合わせて『呪法・呪晶装填』による結晶と『呪法・感染蔓』の種も出現させて、口の前に集めていく。
そして、その状態で『悪創の偽神呪』の言葉通りに呪詛の霧が集められた場所を睨みつける。
さあ、目にものを見せてやろうじゃないか。
「ふふふ、さテ……」
私は交差していた両腕を勢い良く引き、『竜息の呪い』の射出方法・3、射出物D5Ks3Ca-TsB-190917-002を発動。
私の口前に粉々に粉砕されて赤黒い球体と化したカートリッジが甲高い音とともに現れ、周囲の空間を震わせつつ、その場にあった『呪法・呪晶装填』の結晶と『呪法・感染蔓』の種、この二つと混ざりあう。
そして、その球体を取り込むように漆黒の炎が槍の形を取って、渦巻き、周囲のもの全てを焼き尽くすような熱を伴いつつ、放たれる。
「楽しませてくれますカ?」
きっと、この時の私を傍から見れば、人型の何かが口から漆黒の熱線を放っているようにしか見えない事だろう。
そんな事を思いつつ、放たれた漆黒の熱線は呪詛の霧から現れた女性、邪火太夫に向かって真っ直ぐに飛んでいく。
「『暗闇の邪眼・3』!!」
そうして槍が邪火太夫に突き刺さった瞬間、50の目から鉄紺色の輝きが放たれた。
「「「!?」」」
結果。
邪火太夫が居るであろう場所に漆黒の火柱が立ち上り、闘技場全体を埋め尽くすように熱波と衝撃波が吹き荒れ、地面は真っ赤になるまで加熱されて溶け出す。
だが、この変化は一度だけのものではない。
漆黒の火柱の中心から50に及ぶ呪詛で構築された蔓が周囲へ一度伸び、それから漆黒の火柱の中心に向かって殺到し、一度よりも更に巨大な火柱が立ち上ると同時に周囲へ爆風を撒き散らす。
それが何度も何度も絶え間なく続き、他の色の輝きも伴いつつ、闘技場の中心部にはあらゆる光を飲み込み、全ての生命を否定し、万象を飲み込む虚無のような漆黒の火柱が荒れ狂う。
「な、な、な、なんだこれ……」
「こ、これがプレイヤーの力なのか……」
「嘘だろおい……」
「じ、次元が違いすぎる……」
「は、はは、なんかもう笑いしか……」
やがて爆発は止む。
だが、漆黒の炎は未だに燃え盛り続けており、爆心地の様子は見えず、死が支配しているような空間はそのままだ。
それでもこちらの様子を窺うくらいの安全はあると思ったのか、表面の一部がガラス化している『噴毒の華塔呪』の陰から顔を出している。
まったく、呆れたものである。
「全員構えなさい」
「へ?」
「はい?」
「いやこれもう終わったんじゃ……」
「この程度で終わるなら、『悪創の偽神呪』は自由に準備をする時間なんて与えないし、貴方たちを呼んだりもしないわ」
「ふふふ、その通りですネ」
「「「!?」」」
私の言葉、それと漆黒の炎の中から響いた声に私以外のプレイヤーたちに衝撃が走る。
『たるうぃ、化身ゴーレムは適当に盾に使うでチュ。『瘴弦の奏基呪』の演奏難易度がいきなり跳ね上がったから、ざりちゅはそちらに集中しないと維持できないでチュ』
「でも、素晴らしい一撃でしタ」
私はザリチュの言葉に答えるように帽子のつばを握り、周囲から怪しまれないように位置を直す。
「流石は楼主様候補です。これなら攻撃力は及第点でス」
「厳しい評価ね。これでまだ及第点だなんて」
直後、まだ効果時間が残っているはずの漆黒の炎が残らず吹き飛ばされ、炎の中から邪火太夫が現れる。
そう、傷一つない邪火太夫が、だ。
「正直なところ、攻撃力はそこまで重要な評価項目ではない、と言う事ですヨ」
「あ、そう」
やはり邪火太夫は純粋な力で勝てる相手ではない。
何かしらの条件を満たす事で勝利となる特殊なタイプだ。
「では、か弱き人間の皆様、遊びましょうカ」
「来るわよ!」
邪火太夫から甘い甘い香りが周囲に向けて放たれた。