711:タルウィチャム・3・リプリペア-3
「さてと」
『虹霓鏡宮の呪界』に移動した私は鉄紺色の鏡の扉の前……つまりは暗闇の眼宮の前で最終確認をする。
まず、掲示板やストラスさんたちに確認を取って、暗闇の眼宮内に現在プレイヤーが居ない事を確かめた。
次に瘴熱の洋琵琶の底部を膝の上に乗せ、左手でネックの部分を持ち、右手で弦を弾くための弓を構え、演奏のための体勢がどんな物かを確認する。
「ん? ああ、演奏だものね。ただ弾くだけじゃ駄目なのは当然か」
『そりゃあそうでチュよ。ただ引いただけでは出るのは音であって、曲ではないでチュ。曲でないなら演奏とも言い難いでチュ。音だけでも力を持つことはあるでチュが、それは楽器という形態にはそぐわないでチュよ』
すると私の視界に演奏補助用のUIが表示される。
化身ゴーレムの口を介すのではなく、直接私の頭に話しかけるザリチュの言葉通り、楽器が演奏効果を発揮するためには、UIに表示されたとおりに弦を抑えたり、弓を動かしたりして、適切に音を出す必要があるようだ。
「へぇ。難易度に応じたボーナスねぇ……」
で、一通り調べてみたのだが……どうやら実際に演奏を行う際には、幾つかある曲の中から一曲を選んで演奏するらしい。
曲にはそれぞれ難易度が存在しており、初心者向けから上級者どころかプロでも手こずるような物まで存在している。
具体的には、初心者向けの曲ならば適切に弦を抑えつつ一定の間隔で弓を動かせばいいだけだが、最上級難易度だと素人である私にはもはや何をどうすればいいのかすら分からないと言うか……腕が四本か六本くらい必要なのではと思わせるような物になっている。
で、そんな難易度の高いと言うか、普通の人間には演奏不可能な曲を演奏するメリットだが、どうやら難易度が高い曲をミスなく続ければ続けるほどに楽器の演奏効果は強化されていくらしく、最上級難易度だと演奏効果が5倍どころでは済まない程に高まるようだ。
うん、私は素人なので自分では演奏できないが、どういう曲かは後で確かめておこう。
次のイベントの内容なら、無差別攻撃手段として使うプレイヤーが居てもおかしくはない。
「ま、初心者向けでいいわね」
『でチュよねー』
私は複数個の熱拍の樹呪のボーラを腰から提げると、瘴熱の洋琵琶を構えた状態のまま、背中の翅を動かして暗闇の眼宮に突入する。
「では演奏開始」
そして、突入と同時に地面からある程度離れた高さまで飛び上がり、私は演奏補助用のUIに従って瘴熱の洋琵琶を弾き始める。
どうしてかチリチリと肌を刺すような感覚を覚えたが、この程度ならば演奏に支障は出ないし、気にしないでおこう。
「へぇ……」
瘴熱の洋琵琶から呪詛が混ざった音が周囲に広がっていく。
「「「ボロォ! ボロォ!」」」
と同時に暗梟の竜呪たちが私に襲い掛かってくる。
さて、普通のプレイヤーならば、楽器を演奏しつつ暗梟の竜呪と言う難敵の攻撃を回避するなり、受けたりして、捌いていくと言う無理のある挙動を求められる訳だが……。
「こういう時に自分の身のこなしの大半が虫の翅に頼っている事のありがたみを感じるわね」
「「「ボロォ!」」」
私ならばほぼ普段通りの挙動で以って回避し、演奏を続けることが出来る。
何故ならば、私にとって移動とは手足を使って行うものではなく、背中に生えている虫の翅を使って行うものだからだ。
そして、私の目は全ての方向を捉えているし、私の体は地上ではなく宙にある。
だから、追い詰められる事もなく、自由自在に飛び回って、突進やブレスなどを放ってくる暗梟の竜呪の攻撃を避けることが出来るのだ。
「さてダメージは……微妙ね」
「「「ボロォボロォ」」」
そうして5秒経ち、10秒経ち、暗梟の竜呪に瘴熱の洋琵琶の演奏効果が発揮され、火炎属性と呪詛属性のダメージと毒が付与されていく。
が、属性の相性を抜きにしても、暗梟の竜呪に与えているダメージは少なそうだ。
暗梟の竜呪のすり抜け能力、暗闇や地面に隠れて奇襲すると言う行動パターンを実質的に無力化することは出来ているので、HPの低さも併せて、相性そのものはむしろいい方なのだが……やはりレベル不足か。
レベル25の瘴熱の洋琵琶とレベル40はあるはずの暗梟の竜呪では、竜呪共通の格下殺しとでも言うべき能力も相まって、殆ど攻撃が通っていない。
「仕方がない。呪憲・瘴熱満ちる宇宙展開。『熱波の呪い』発動。『七つの大呪』の活性も発動」
「「「!?」」」
なので私は火力を伸ばすべく色々と発動し、瘴熱の洋琵琶から放たれる音にも干渉。
すると瘴熱の洋琵琶から放たれる呪詛混じりの音は、黒、赤、深緑と言う三色の炎が入り混じった衝撃波のようなものに変化。
瘴熱の洋琵琶を中心として周囲に広がっていき、暗梟の竜呪たちに絡みつき、炎と呪いと毒によるダメージを当てていく。
また、初心者向けの曲と言えども長時間演奏する事で多少のボーナスを得始めたらしい。
少しずつだが、放たれる攻撃が強化されていく。
『いやぁ、化身ゴーレムで同行しなくてよかったでチュ』
「音が聞こえたらダメージを受けるってえぐいわよねぇ……あ、『埋葬の鎖』」
「「「ボロロロォ!?」」」
そうしている間に暗梟の竜呪たちの動きは鈍り始め、やがて一匹二匹と落ち始めていく。
演奏の手を休めるわけにはいかないので、『埋葬の鎖』によって暗梟の竜呪の死体は回収する。
「さて残る問題は……音につられてやってきた連中への対処よねぇ」
「「「ボロォボロォ!」」」
『もう最初の連中は倒したんだから、演奏を止めてもいいとは思うでチュよ』
「まあ、頑張れるだけ頑張ってみるわ。折角だし」
『でチュかぁ』
なお、私の周囲に居る暗梟の竜呪は、最初は三匹だけだったが、瘴熱の洋琵琶の音に引き寄せられたらしく、今では十数匹は確実に居る。
鏡の扉の仕様上、これらをすべて倒すか、撒くかしなければ、暗闇の眼宮からの脱出は出来ない。
その為、私が暗闇の眼宮を脱出できたのは、一時間ほど経ってからの事だった。
まあ、素材については十分すぎるほどに確保できたから良しとしよう。
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