706:タルウィチャム・3-3
「潰せぇ!」
「「おうっ!」」
邪火太夫が自分の名前を名乗った直後、エギアズ・1の言葉を受けて『ガルフピッゲン』の巨人コンビが踏み込み、武器を振り下ろす。
素早く、重い一撃は、相手が大型のカースであっても有効打になるだろう。
「あら、危なイ」
「「「!?」」」
だがそれも当たればの事。
二人の攻撃は邪火太夫の前後の地面を叩くだけの結果に終わっていた。
「だったら!」
「ヒャッハー!」
「つおらぁ!」
しかし、不自然な現象が起きるのはいつもの事、これまでの試練からして巨人コンビの攻撃だけで倒せないのも予想済み。
だから他のプレイヤーたちが巨人コンビの攻撃の隙間を縫うように、邪火太夫に襲い掛かる。
「ふふふ、せっかちな殿方たちですネ」
「「「!?」」」
だが今度は武器を振るう事すら許されなかった。
襲い掛かったプレイヤーのおよそ半数の動きが突然変わり、変わらなかったプレイヤーを攻撃して、吹き飛ばしたのだ。
「魅了の状態異常を確認!」
「耐性は機能しているが……防ぎきれてないか!」
「回数制耐性は有効! かけ直します!」
「魅了回復急げ!」
動きが変わったプレイヤーたちは邪火太夫に魅了されたのだ。
巨人コンビも片方の動きがおかしくなっている。
恐らくは邪火太夫の何でもないような一言に載せられた呪いによって。
それだけで多少のバラつきはあるが、数人の耐性を抜いて三桁の魅了を付与とは、恐ろしい話である。
「宣言する。邪火太夫、私の毒の槍を喰らいなさい! etoditna『毒の邪眼・3』」
その中で私は呪詛の槍を作り出した上で射出する。
他の遠距離攻撃持ちも、魅了されたプレイヤーの隙間を縫うように邪火太夫を狙い、攻撃を放つ。
「あら怖イ」
だが、それらの攻撃は邪火太夫に届かない。
魅了されたプレイヤーが邪火太夫の望むままに動き、文字通りの壁となって、遠距離攻撃を防ぐ。
私の攻撃に至っては『呪法・呪宣言』を使っているため、攻撃そのものが無かったことになる。
だがこれは予想の範疇内だ。
だから私は、先ほどの『毒の邪眼・3』を目一つで使っている。
「ふふふ、ではこ……ッ!?」
私は少しだけ空中を動き、角度をずらして、邪火太夫の姿を視認する。
そして、動作キーで『沈黙の邪眼・3』を発動。
邪火太夫に沈黙の状態異常を与え、魅了効果のある声を封じる。
「さあ、こっちのターンよ」
「魅了回復完了しました!」
「反撃開始!」
「おうっ!」
邪火太夫に与えた沈黙は1秒につき、スタック値が10以上と言う恐ろしいペースで減っている。
だが、魅了を回復し、改めて邪火太夫に攻撃する時間は出来た。
それに対して邪火太夫は笑みを浮かべて、翼と手を少しだけ動かす。
そう、ほんの少し動かしただけだった。
「「「!?」」」
「ふふふっ、いい判断でしたね。でも声だけではありませんヨ」
でも、そのほんの少しだけで甘くて気持ちのいい香りが私の下にまでたどり着き、匂いの効果範囲内に居たプレイヤーの八割に80前後の魅了が付与されていた。
私は免れていたが、私の近くに居た二人のプレイヤーは魅了され、その武器は私に向けられていた。
最初の声と違い、後方のプレイヤーたちも魅了されている以上、このままでは壊滅は必至である。
「『竜息の呪い』-タル-魅了回復薬!」
「あら、素早い判断ネ」
「「「はっ!?」」」
故に対策を一つ切る。
『竜息の呪い』の射出方法3で、多少の毒と引き換えに魅了を大きく回復する薬をブレスにして放ち、呪詛操作によって全てのプレイヤーをブレスの効果範囲に巻き込んで、状況をリセットする。
「ふふふ、遊び甲斐がありますネ」
「くそっ! なんて相手だ!」
「本当の意味で何もさせるな! 全部の行動に魅了が付いていると思え!」
魅了から復帰したプレイヤーに、魅了にかからなかったプレイヤーが声を掛け、どうすればいいかを通達する。
「……!」
それと同時に呪術による高速移動で邪火太夫の背後、死角になっている位置からストラスさんが槍を構えて突っ込んでいく。
ストラスさんは魅了にかかっていなかったのを生かし、私たちが魅了の対処をしている間に動いていたようだ。
邪火太夫は様子からしてストラスさんに気づいていない。
この攻撃は決まるはずだ。
「でも、本番はまだ早いかナー」
「っ!?」
「「「!?」」」
「なっ」
「完全に分かってる動きでチュよ。アレは」
だが邪火太夫は最低限の動作……まず第一に美しいと言う感想が出て来る動きで以ってストラスさんの攻撃を避けると、ストラスさんの額を軽く小突く。
それだけでストラスさんには四桁の魅了が付与され、邪火太夫に仕掛けた攻撃の勢いそのままに味方へと突っ込んでいく。
「止めろぉ!」
「止められるかこんなもん!」
「タルの魅了は殴っても治らないし、止むを得ないか!」
「まっ……」
四桁の魅了を受け、普段よりも明らかに洗練された動きで暴れるストラスさんに対し、他のプレイヤーたちは治療を諦めて、倒す判断を下した。
だが、その判断を下したプレイヤーの姿を見て、邪火太夫は笑った。
私は邪火太夫の笑みに嫌な物を覚えた。
だから止めようとしたが……。
「すまないな! ストラスさん!」
「埋め合わせは後でさせてもらう!」
「!?」
その前に二人のプレイヤーによってストラスさんの心臓は貫かれ、頭は砕かれていた。
完全に死んでいる。
「やってしまいましたネェ」
「「!?」」
「まさか……」
そして、死んだはずのストラスさんが動き出し、自分を殺した二人のプレイヤーの首を肉体の限界を超えた動きで以って素早く刎ねた。
「恐怖の眼宮の竜骨塔ギミック!?」
「はい、正解でス」
原因は直ぐに分かった。
私が使った素材の一つ、竜の遺骨は恐怖の眼宮で死んだ敵を即座にゾンビ化させるギミックに関わっていた。
その能力を、邪火太夫も条件付きで受け継いでいたのだ。
邪火太夫の魅了が付与された状態で死んだら、ゾンビになり、生前と同じように邪火太夫の為に動くと言う形で。
「この野郎!」
「だったらもう一度殺すまでだ!」
「ば、恐怖の眼宮のギミックって事は!?」
だが所詮はゾンビ、肉体の限界を超えて動くと言っても、もう一度殺せば、それで黙る。
そう思ったプレイヤーたちの攻撃が、私と同じ想像に至ったであろうプレイヤーの制止を聞くことなく行われ、粉塵が立ち上り……
「ごぼっ!?」
「「「!?」」」
「はい、スケルトンにもなりますヨ」
スケルトン化したストラスさんの鋭い一撃によって、攻撃を行ったプレイヤーの頭を槍が貫通した。
「くっ……ezeerf『灼熱の邪眼・3』!」
「ちなみにですガ」
凄く……凄く、嫌な予感がする。
だが、スケルトン化した状態で倒せば、それで復活は終わるはず。
だから私はスケルトン化したストラスさんに『灼熱の邪眼・3』を撃ち込み、焼き払う。
元プレイヤーの骨だからか、スケルトンストラスさんはあっさりと燃えた。
「ゴーストにもなりまス」
「ウウウッ、皆様スミマセン……」
「「「タアアァァルゥ!?」」」
「オリジナルよりも悪化している件については無実よ!!」
そして燃え尽きた灰からは、半透明になり、申し訳なさそうな表情をしているストラスさんが現れ、本人の表情とは裏腹にしっかりとした構えを取った。
完全に恐怖の眼宮のギミックを超えてきている。
「スミマセンンンン!」
「さあさ、頑張りましょう。か弱き人間の皆様」
「っう!?」
ゴーストストラスさんが宙を一直線に駆けて私に襲い掛かってくるなか、邪火太夫はとても楽しそうに微笑んでいた。