705:タルウィチャム・3-2
「よっと」
「ざりちゅは久しぶりでチュねぇ」
いつもの闘技場に着いた。
「さて相手は……」
「暫く待て。今はまだマッチング中だ」
『悪創の偽神呪』は人間に似た姿で観客席に居る。
しかし、マッチングか……やはりそういう事だろうか?
「キャッ」
「ここがそうですか」
「よっと」
「なるほど。こんな場所なのね」
「うわぁ、本当に深淵だ……」
「コケエェコォ!」
と、私が考え事を始めようとしたところで、闘技場の各所にプレイヤーが格子に包まれて降りてくる。
メンバーとしては、私の知り合いだとザリアのPTメンバーであるシロホワにロックオ、検証班のストラスさん他数名、『ガルフピッゲン』の巨人プレイヤー二人、クカタチたちとよく一緒に居るプレイヤー、『光華団』のライトローズさん、『エギアズ』のエギアズ・1、辺りが知り合いと言える範疇か。
いや、それ以外にもマトチ、熊です、オンドリア、カーキファング、ザリア分隊の隊長であるモヒカン、ゾンビ使いのプレイヤーと言った、最近は付き合いがない知り合いも居るか。
総数は……私と化身ゴーレム含めて50名ちょっと。
全員が私の知り合いと言う訳ではなく、私は顔しか知らないプレイヤーも居れば、顔も名前も知らないプレイヤーも居る。
「タル様。この人数はいったい……」
「あー、試練の内容がね……。詳しくは『悪創の偽神呪』から説明があると思うわ」
集められたプレイヤーたちは物珍しそうに周囲を見てから、私の方へと視線を向け、情報を得るためか、こちらへと近寄ってくる。
しかし……うん、改めて集められたプレイヤーの姿を見て思う。
全員、最前線組や攻略組として足手まといにならないだけの実力は、装備、呪術、プレイヤースキルなど、あらゆる面から見て、ちゃんと持っている。
だが、スクナやクカタチ、レライエのように、一人で戦況を覆し、危機的な状況を打破出来るようなプレイヤーは誰も居ない。
敢えて、呼ばなかった感じだろうか。
「さて人数は集まったな。では総勢52名のプレイヤー諸君。今からこの状況についての説明をする」
と、ここで『悪創の偽神呪』の声が響き、全員がそちらを向く。
無駄口を叩くプレイヤーは居ない。
真面目に聞いていなかったら、どんな不利益を被るか分かった物ではないと、全員理解しているからだろう。
「まずこの場で行われるのは『虹霓竜瞳の不老不死呪』タルが『魅了の邪眼・3』を習得するための試練だ」
『魅了の邪眼・3』の名前が出た途端に何人かのプレイヤーは天を仰いだり、何か言いたそうな顔で口を開いたり、周囲のプレイヤーの位置や装備を確認したり、自分のアイテムの在庫を確かめたりと言った行動を始める。
まあ、この人数の意味を察したのだろう。
「次に、これまでの試練と違い、褒美は試練を突破できた場合のみであり、試練の突破とは『虹霓竜瞳の不老不死呪』タルが生存している状態で私の出した敵を撃破した場合を言う」
これはまあ、人数が人数なので、毎回報酬を出してはいられない、と言う事なのだろう。
「また、この試練中にあまりにもつまらない行動を取ったものについては、相応の覚悟をしてもらおう」
「「「っ!?」」」
「心配しなくても魅了になっていないと分かっている味方をワザと誤射するとか、そのレベルの行動をしなければ大丈夫だと思うわよ」
「「「ほっ……」」」
『悪創の偽神呪』の言葉に私以外のプレイヤーが体を強張らせるが、私の言葉で直ぐにホッとする。
なお、私の言葉に根拠はないが、『悪創の偽神呪』の表情からして、大きくは間違っていないだろう。
まあ、わざとフレンドリーファイヤをする以外だと……完全な戦闘放棄辺りだろうか? 『悪創の偽神呪』視点であまりにもつまらない行動と言うと。
「最後に。この戦闘中に消費したアイテムや回数制限付きの呪術については、元の空間に戻っても消費されている。戦闘中に死亡した場合には、こちらに来る時に居た場所にHP、満腹度、状態異常を回復した上で戻される。と言うのは覚えておくように」
細かい部分だが、大切な部分である。
「では、今回の相手を出そう」
『悪創の偽神呪』が指を鳴らす。
すると闘技場の地面に直径2メートルほどの呪詛の霧の球体が出現する。
「球体を包囲するぞ! それと、今の内に各種バフと魅了耐性の確認もしておけ!」
「攻撃は相手が完全に出現してからでお願いします! 回復持ちは手を上げて! 分散させます!」
「先頭は『ガルフピッゲン』のお二人で! 敵の近くから順にタンク、近接、中距離、遠距離、後方支援組になるように!」
「ヒャッハー! お前ら! 魅せ場は必ずあるんだから、功を焦るんじゃねえぞ! まずは勝利を掴み取るのが第一だ!」
「速いでチュねぇ……」
「流石ねぇ……」
と同時に、私以外のプレイヤーたちが動き出す。
エギアズ・1、ライトローズさん、ストラスさん、モヒカンの四人を指示役として、簡易的なものではあるが、集団戦闘の陣形があっという間に整っていく。
これは指示する側も指示される側も慣れているからこその動きだろう。
さて私は……まあ、遠距離組かつ飛行能力持ちなので、敵から少し離れた場所で飛んでいればいいか。
「いざという時の盾役になります」
「ほぼ専任の回復役をしますねー」
「おっ、助かるでチュ。たるうぃは無茶しがちでチュからねぇ」
私の周囲にはザリチュ操る化身ゴーレムの他、背中から翼を生やしている盾と槍を持ったプレイヤーが一人、両肩を風船のように膨らませている杖持ちのプレイヤーが一人。
どうやら私がやられたらお終いであるため、護衛対象として専任のプレイヤーが付いたようだ。
相手が魅了持ちと分かった上で来るなら、この二人の魅了耐性はたぶん大丈夫なのだろう。
「ふふふ、頑張ってますネェ」
そうして私たちが準備を整える中、少しずつ集束していく呪詛の霧の球体の中から、脳に直接響き渡り、精神が蕩けそうな、でも少しだけ癖のある女性の声が響いた。
その声に私たちは警戒心を露わにし……『悪創の偽神呪』が渋い顔をする。
そう、渋い顔をしたのだ。
製作者であるはずの『悪創の偽神呪』自身が。
そのことに、私は唖然としかけた。
「『虹霓竜瞳の不老不死呪』タル」
だがその前に声がかかる。
「何かしら?」
「貴様が作った呪術『魅了の邪眼・3』のスープは貴様が習得に成功するまでは一日一回、貴様にのみ使える形だが、無限に使用可能なようにしておいてやる。失敗時のペナルティもなしだ」
「は?」
「面倒なのに干渉された詫びだ。受け取れ」
『悪創の偽神呪』があり得ない程好条件な話と言うか、私が一方的に有利になるような話をしている。
理解しがたい話だが……もしかしなくても、他の偽神呪が手を出してきて、難易度がおかしくなったとかだろうか?
だとしたら、相当厳しい事になるが……いや、今となってはもうどうしようもないか。
先ほどの声の主が呪詛の霧の球体から姿を現わそうとしている。
「いい事です。とてもいい事でス」
「「「ッ!?」」」
誰もが息を呑んだ。
呪詛の霧の球体から姿を現わしたのは、一人の女性。
厚底の靴を履いているので正確な身長は分からないが、身長はおおよそ2メートル程。
腰下まで伸びた、一切のほつれも汚れもクセもない黒い髪は、その一部が後頭部の辺りで彼岸花と竜の角を模した飾りを持つかんざしでまとめられている。
だが顔は下半分しか分からない、上半分は狼の頭を模した仮面によって隠されているからだ。
しかし、下半分だけの顔でも、彼女が途方もない美女である事は窺い知れるほどだった。
「長く遊ぶためには相応の準備が必要なのですかラ」
女性の肌はチョコレートのような褐色で、当然だが荒れも傷もない。
美しい手、その指先からは自分では身の回りの事は一切する気がないと言わんばかりに、真っ赤で長い爪が生えている。
身に着けている衣装は桃寄りの紅を主体とした色の着物で、鱗柄を基本としつつ、炎にトカゲに蝙蝠の意匠も取り入れている。
見るからに上質な素材を使われている着物だが、女性はわざと着崩しており、胸の辺りなど少し間違えたら、私よりも大きいそれが露わになりそうな感じである。
そして、背中からは大きな蝙蝠の翼を、腰の辺りからは狼の尾のようなものを生やしている。
「さて、か弱き人間の皆様。まずは自己紹介ヲ」
彼女を簡単に表すならば、人外の美を持った遊女、と言うところだろうか。
尤も、遊女と言っても場末の物ではなく、最上位のもの。
腕の動かし方、脚の動かし方、ほんの僅かな動きからも、気品のようなものが感じられるわけだが。
「私は妓狼の竜呪たちのまとめ役。名を邪火太夫と申します。では、私の為に踊ってくださいナ」
邪火太夫。
彼女が自分の名前をそう名乗った瞬間、私は理解した。
女悪魔ジャヒー、アンリ・マンユの母にして愛人とも称される大悪魔が彼女には混ざっているのだと。
つまりこの戦いは……偽神呪あるいはそれに準ずる存在との戦いになったのだと。
それは、とても絶望的で、同時に未知に溢れる戦いを予感させるものだった。
10/24誤字訂正