704:タルウィチャム・3-1
「さて鍋の状態は……」
「匂いはいい感じでチュよねぇ。とろけそうでチュ」
更に日付が変わって木曜日。
昨日は『要塞の蟹呪』セイメサイド・カトウシムが討伐されたらしいが、私は『魅了の邪眼・1』の強化に専念する。
と言う訳で、いつもの作業を済ませたら、甘い感じを主体としつつも、蠱惑的で、嗅いでいるだけでも全身がとろけてきそうな匂いを放っている鍋の状態を確認する。
「ほぼ透明でチュね」
「そうね。ほぼ透明になっているわ」
鍋の中身は鍋の底が透き通って見えるような透明度になっていた。
どうやら色々と入れた具材は全て溶けてしまったようだ。
竜の遺骨や誘閉の狼呪の骨と言った溶けそうにない物まで含めて。
そして、色もほとんどなく、ただの水のように見える。
いや、よく見れば桃色のトラペゾヘドロンのような物体……違う、模様や構造、とりあえず実体がないトラペゾヘドロンが液体の中に見える。
うん、これまでに作ってきた参の位階の邪眼術を習得するためのアイテムと同等の存在にはなったようだ。
「じゃあ、適当な器によそって、呪怨台に乗せましょうか」
「分かったでチュ」
いずれにせよこれで呪う前については完成でいいだろう。
では、呪怨台だ。
「私は新たな位階に足を踏み入れる事を望んでいる。この液体に相応しい位階に進むことを望んでいる」
集まってくる呪詛の霧への干渉については普段通り。
詠唱は普段のものとは変えていく。
ほぼ間違いなく参の位階に出来るとは思うが、実際にどの位階になるかは分からないからだ。
「望んでいるのは、見たもの全てが畏れ、心の底より魅了され、死すら厭わず付き従い、私の為に働く。信仰と捉えられる事もあるであろう桃色の妖しき光」
呪詛の霧が桃色に変化する。
それと同時にセーフティーエリア全体にとても濃く、けれど不快ではなく、むしろ心地よい香りが満ちていき、私の心を乱そうとする。
「私の畏怖に根源を持つ魅了をもたらす桃色の目よ。深智得るために正しく啓け」
実体を持たない、恐らくは私の目にしか映っていない幾何学模様と桃色の結晶体が幾つも出現する。
そして、出現したそれらは幾何学模様を檻とするようにして、桃色の結晶体を呪怨台の上に集まっている呪詛の霧へと引きずり込んでいく。
「望む力を得るために私は全てを飲む。我が身を以って与える畏怖と魅了を知り、それでもなお己を保ち、打ち破る事によって己の力とする」
呪怨台の上に集まる呪詛の霧は少しずつ集束を始める。
濃い香りに視界がブレそうになるが、私はそれでも目を逸らさず呪怨台の上を見つめ続ける。
「宣言、桃の魅了をもたらす呪詛の星と蔓よ。迷い子もそうでないものも惑わし導き、死まで絡め取って操れ。esipsed『魅了の邪眼・1』」
桃色の星が呪怨台の上に落ち、檻のような呪詛の霧に蔓が絡みつき、呪怨台の上に集まっている呪詛の霧が急速に収束していく。
その際、セーフティーエリア内にはこれまで以上に濃い香りが満ち溢れ、私の意識を飛ばそうとするが、私はそれを何とか耐える。
そして、霧が晴れ、呪怨台の上には見た目はほぼ変化がない、液中をよく見ると何故か桃色のトラペゾヘドロンが見える無色透明なスープが乗っていた。
では鑑定してみよう。
△△△△△
呪術『魅了の邪眼・3』のスープ
レベル:50
耐久度:100/100
干渉力:150
浸食率:100/100
異形度:25
無色透明だが、液中を見ると不思議なものが見える香り高いスープ。
覚悟が出来たならば、よく味わって飲むといい。
そうすれば、君が望む呪いが身に付く事だろう。
だが、心して挑むがいい。
深い深い魅了は相応の闇も沸き立たせ、何人も通さない門として聳えるのだから。
さあ、貴様の死力を私に見せつけてみよ。
▽▽▽▽▽
「知ってた」
「でチュよねー」
やはりと言うか何と言うか、弐の位階を通り越して参の位階になったか。
まあ、あの素材では当然の結果とも言えるが。
「で、レベル50でチュが、行けるんでチュか? 今のたるうぃはレベル41でチュよね」
「何とかはなるでしょ。正直なところ、『超克の呪い人』を得た私にとって、推奨レベルってデメリットの内容に関わらない限りはほぼ無視していいものなのよね。それよりも重要なのは事前準備と戦術戦略の方よ」
「ま、それもそうでチュね」
それにしてもとてもいい香りである。
油断していると、今すぐにでも飲み干してしまいそうだ。
「さて準備は大丈夫ね」
私は『死退灰帰』、適当なブースター、それから虹色の微毒薬を服用。
虹色の微毒薬の効果が切れると『抗体の呪い』を発動して、各種状態異常に対する抵抗を得る。
これで私が魅了されて試練失敗という最悪の事態は避けれると信じておきたい。
「じゃあ、行ってくるわ」
「分かったでチュ」
ではスープを飲もう。
味は……やはりとてもいい。
甘さを主体として、あらゆる幸福に満ち溢れているような味を感じる。
そうして飲み干すと同時に私の周囲に格子が出現する。
「ん?」
「あ、ざりちゅもでチュか」
が、その格子は私の周囲だけでなく化身ゴーレムの周囲にまで広がり、私が被るザリチュ本体が頭から離れる事もなかった。
どうやら今回はザリチュも一緒に挑むことになるらしい。
そうして私とザリチュは格子に囲われた状態で、地面の中へと沈んでいった。
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