699:セーレパレス-1
「「「……」」」
沈黙の眼宮に突入した私たちは無言だった。
沈黙の状態異常を受けたからではない。
そちらはシロホワのバフで防いでもらっている。
私たちが黙っているのは、兎ドラゴンの攻撃を懸念してのことである。
「……」
周囲を確認。
周囲に兎ドラゴンの姿はなく、入り口となる橙色の鏡の扉も閉ざされていない。
地形は時折岩や灌木の類が見えているが、基本的には様々な丈の草が生えた草原となっている。
空は……ほとんど月が見えないレベルで欠けているが、新月ではない様だ。
なお、草の丈は様々で、長いものは私の腰程度、短いものは私の足首より少し高い程度であり、兎ドラゴンのサイズであれば、丈の長い草の陰に隠れる事は可能であると思う。
肌を刺すようなチリチリとした感覚も、きっと兎ドラゴンが潜んでいる為だろう。
「……」
ちなみに現在この場に居るのは私、ザリチュ操る化身ゴーレム、ストラスさんたち検証班だけであり、ザリアたちはまだ入ってきていない。
兎ドラゴンとの戦闘動画による予習が済んでいないのは、危険だと判断したのである。
と、コミュニケーション用として立てた掲示板が動き出したか。
内容としてはだ。
『敵が襲って来ませんね』
『兎ドラゴンがノンアクティブモンスターである可能性』
『地形的に姿を隠す事は容易。そこに即死持ちだから、ノンアクにして危険度を下げたのかも』
『兎ドラゴンはこちらを目視出来ないから、まだこちらを認識していないのかも』
『誰かが音を立ててみるか? そうすれば何かが起こるかも』
と言う感じである。
うん、どれも同意する。
では、この間に私はこの場の鑑定を済ませよう。
△△△△△
虹霓鏡宮の呪界・沈黙の眼宮
限り無き呪いの世界の一角に築かれた虹霓に輝く城。
離宮の一つ、沈黙の眼宮、そこは静寂に満ちた世界であり、静寂を破るものに裁きを下す世界でもある。
ひしめくは兎と沈黙の力に満ちた竜の呪いであり、彼らは呪いの言葉を元から断たんとする。
呪詛濃度:26 呪限無-中層
[座標コード]
▽▽▽▽▽
おや、ヒントになりそうな文面がある。
では、この内容をそのまま掲示板に載せておこう。
反応は……あった。
『音を出すと何かがあるっぽい?』
『兎ドラゴンは詠唱キーに反応かも?』
『その辺が妥当だろうなぁ。まあ、結局のところ試してみる他ない』
『『『デスヨネー』』』
と、誰が試すのかが決まったらしい。
検証班の一人が私たちから音を立てないように距離を取る。
そして、十分距離を取ったところでこちらを向き、覚悟を決めた顔で頷く。
「テステス。兎ドラゴンどこですかー……っ!?」
反応は劇的なものと言えた。
まず、声を発した検証班が片膝をついた。
だが呼吸が出来ている事からして、沈黙の状態異常が重症化したのではないらしい。
「「「ーーーーー……」」」
「「「!?」」」
同時に丈の長い草がまとまって生えている場所が何か所かあったのだが、それらから、角のような耳が何本も生えてきた。
で、耳が生えて来た場所からやがて出てきたのは毛に覆われたドラゴンの頭。
その瞳は相変わらず曇っている。
だが試練で戦った兎ドラゴンとは色が違う。
目の色は黄色や茶色で、毛の色は白ではなく茶色や黒と言った物だ。
どうやら、試練で戦った個体はアルビノ個体のようなものであったらしい。
後、大きさが一回りから二回りくらい小さい。
『状態異常は何を食らった?』
『干渉力低下、被ダメージの増加、防御力低下、不意打ちを食らった時にダメージが増える要因になりそうな状態異常ばかり受けてる。後、ヘイト上昇増大なんてのもあるな』
『でも、声を出しただけでは襲ってこないんだな』
『音を出しただけなら、デバフだけって事か。スタック値については音量による感じか?』
『ちょっと試してみる。検証事項は物同士がぶつかった音でアウトか。どの程度の音からアウトか。出した音の大きさで変化があるか。だな』
と、私が考え事をしている間にも検証班は仕事をしているようだ。
どうやら、沈黙の眼宮では音を出すと、被ダメージが増えるような状態異常が付与されるらしい。
で、その後に続く検証結果から、付与される状態異常のスタック値は出した音の音量によって変化し、大きな音を出すほど、強力な状態異常が付与されるようだ。
なお、音源が人の口である必要はなく、武器同士がぶつかり合った音でもアウトの様だ。
『で、此処までやっても兎ドラゴンが襲ってこないあたり、ノンアクは確定?』
『ほぼ確定。ここまで襲ってこないなら、条件を満たさない限りはずっとノンアクでいい』
『条件は……攻撃は当然として、詠唱キーだろうなぁ。やっぱり』
さて、そろそろ兎ドラゴンに挑む頃合いだろうか?
詠唱キーがアクティブ化に繋がる可能性が高そうだし、私が立候補するとしよう。
私ならば、首を刎ねられるだけなら耐えられる。
『すみません。お願いします。タル様』
「……」
発動するのは……『熱波の呪い』でいいか。
得られる情報も多そうだし、相手の姿が見えなくても問題はない。
ちなみに周囲の兎ドラゴンは既に丈の長い草の中に姿を隠しているので、何処から攻撃が来るかは分からない。
では、挑もう。
「ドロ……ォォ!?」
『熱波の呪い』を発動しようとした瞬間。
私の頭部の視界は試練で首を刎ねられた時のように、縦方向に回転を始めた。
私の背後には手から伸ばした刃を振り切った一匹の兎ドラゴンが宙に居る。
どうやら首を刎ねられたようだ。
ただ、即死効果は発動しなかったらしい。
私のHP減少は500ちょっとで止まっている。
「ーーー!?」
「「「!?」」」
「……」
とりあえず動作キーで『深淵の邪眼・3』を撃ち込んで、兎ドラゴンに恐怖を付与した。
勿論、刎ねられた首からも紫色の光は放たれている。
そして、他の兎ドラゴンに攻撃を仕掛けてくる気が無いのも確認。
では、『だから人間を辞めたとか言われるんでチュよ』と言う表情を化身ゴーレムにさせているザリチュを抓ったら、戦闘開始と行こう。
10/18誤字訂正