697:タルウィセーレ・3-6
本日は二話更新です。
こちらは二話目です。
「ーーー……」
兎ドラゴンの呼吸は荒い。
どうやら先ほどの長い刃を出すのは、兎ドラゴンにとって非常に負荷のかかる行為であるらしい。
ならば今は攻撃のチャンスでもあるのだろう。
横に転がったレライエが立ち上がり、弓の準備が整い次第仕掛けたい所だ。
「「……」」
レライエが弓矢を引き絞る。
攻撃を強化するための準備も済んだらしく、小さく頷く。
私の準備も完了している。
では、仕掛けよう。
「「「!!」」」
レライエが矢を放ち、先ほど仕掛けた時と同じように私は『気絶の邪眼・3』を撃ち込もうとした。
だが、偶然か、あるいは何かを感じ取ったのか、兎ドラゴンは私の攻撃直前にバックステップをした。
するとどうなったか?
「ッ!?」
『気絶の邪眼・3』の狙いが外れ……いや、正確に述べれば命中部位が兎ドラゴンの頭ではなく、手から伸ばした刃に直撃し、兎ドラゴンの本体には届かなかったのだ。
そして兎ドラゴンが手の刃を高速で振るい、レライエが放った矢を切り払ってみせたのだ。
その光景はまるで兎ドラゴンが自分に向かって落ちる雷を切り裂いたかのようだった。
そんな光景を見せられた私の心臓は思わず大きく高鳴り、僅かだが声が漏れた。
「ーーー!」
私が自分の失態を認識すると同時に、兎ドラゴンの耳が僅かに動いた。
私は反射的にそれを兎ドラゴンがこちらに気づいた証拠だと認識した。
だから全員が直ぐに動き出した。
「!」
兎ドラゴンが跳ぶ。
ただし、私に向かって直接跳ぶのではなく、側方に跳躍し、レライエと私がほぼ一直線上に並ぶように位置取りを整えるための跳躍だ。
「リィ!」
レライエが声を発する。
すると、矢を放ったばかりであるはずのレライエの弓が一瞬にして引かれ、矢もつがえられ、矢じりは兎ドラゴンの方を向く。
恐らくは緊急用の超高速装填と高速照準を行う呪術だ。
「っ!」
私はネツミテを錫杖形態に変更し、兎ドラゴンと私の間に出現させようとする。
同時に『気絶の邪眼・3』を発動するべく、指を動かし始める。
そして、他に出来る事がないかと必死に考えを巡らせる。
「「「!」」」
兎ドラゴンが私に向かって跳躍する。
既に両手からは白刃が伸び、鋏のように私の首目掛けて動き出している。
その刃に錫杖形態になった直後のネツミテの持ち手がぶつかる。
兎ドラゴンの刃がネツミテの持ち手に食い込み、ネツミテは僅かな抵抗を見せるも切り裂かれる。
だが、そのネツミテが稼いだ僅かな時間でレライエは矢を放ち、矢は私の背中に到達する。
兎ドラゴンの刃が私の首まで後皮一枚の距離にまで迫る。
レライエの矢が私の皮に触れ、肉に触れ、骨に触れ、けれどすり抜けていく。
「!?」
私の体をすり抜けた矢が兎ドラゴンの胴に突き刺さる。
突き刺さって、刃が閉じられるよりも速く兎ドラゴンの体を吹き飛ばしていく。
「すぅ……」
何が起きたのか、正直なところよく理解は出来ていないが、好機だ。
兎ドラゴンの体は宙にあって、踏み締める大地がない。
だから私は最初の攻撃が上手くいっていた時にやるつもりだった行動をする。
「『熱波の呪い』」
「!?」
持ち手を断たれるも耐久度が0になったわけではないネツミテの『熱波の呪い』を発動して、私が操る呪詛に攻撃能力を持たせる。
その上で両腕を口の前にまで持ってきて交差、両手を握りしめ、交差していた両腕を勢い良く引き、とある呪術の動作キーを引く。
その呪術……『竜息の呪い』の射出方法3、射出物D5Ks3Ca-TsB-190917-001は直ぐに効果を発揮し始め、私の口の前には粉々に粉砕された事で赤黒い球体と化したカートリッジが出現。
甲高い音と共に、震え、その存在感を示す。
「『気絶の邪眼・3』」
「ーーー!?」
同時に邪眼術が発動可能な状態にある目全てで伏呪付きの『気絶の邪眼・3』を発動。
矢に吹き飛ばされ、私から遠ざかりつつあった兎ドラゴンの体が突如として私の方へと近づくように空中で軌道を変える。
これによってレライエの矢がより深く突き刺さりつつ、兎ドラゴンは私の口前にまで移動してくる。
「カァッ!!」
そして、『竜息の呪い』が放たれた。
「!?」
赤黒い呪詛の奔流が兎ドラゴンの体を包み込み、『気絶の邪眼・3』の引き寄せ効果を上回る勢いで兎ドラゴンの体を吹き飛ばし、膨大な熱と呪詛によって兎ドラゴンの全身を蝕み焼いて、カートリッジの効果によって様々な状態異常が兎ドラゴンに付与されて行き……
闘技場の壁に到達すると同時に赤黒い火柱が立ち上るような勢いで爆発した。
「はぁはぁ……『虚像の呪い』……」
私は呼吸を整えつつ、ゆっくりと横移動する。
大量の粉塵と火炎によって兎ドラゴンの状態が分からない以上、倒せていない前提で動くべきだと思っているからだ。
レライエもそれを分かっているから、音を立てないように移動をしている。
「ーーー……」
案の定、兎ドラゴンは死んでいなかった。
全身の皮膚が焼け爛れ、足取りはおぼつかず、呼吸もままならず、今にも倒れそうな状態だが生きていた。
そして、半死半生の状態であっても耳は未だに立って周囲の音を聞き分けており、見えぬ目は見開かれて威圧感を放ち、両手から生える刃の煌めきに衰えは見えなかった。
その姿に私は畏敬の念を感じずにはいられない。
本物の強者であり、あらゆる言葉を無粋に感じ、沈黙を保たずにはいられない。
この状態になってもなお諦めない姿勢に、まだ何かをするのではないかと言う未知を感じずにはいられない。
「ーーー……」
「……」
兎ドラゴンが私の方を向き、両手の刃を構える。
両足だけでなく尾にも力を溜め、それらをほんの少しの狂いもなく同時に伸ばす事で、最高速での移動をしようとしている。
「!?」
地を蹴る姿も、宙に居る姿も、刃を振り抜く姿も私には見えなかった。
私が認識出来た時には既に兎ドラゴンは私が立つ場所のはるか後方の空中に居て、私の姿は蜃気楼のようになっていた。
私が死を免れた理由は言うまでもなく『虚像の呪い』の効果。
致死攻撃に反応して蜃気楼と化すことによって、私は致命傷を免れたのだ。
『虚像の呪い』の効果発動中、私は攻撃できないが、そのデメリットはこの場においては何の問題もない。
何故ならば。
「シッ!」
「!?」
音を出さない事に拘らなくなったレライエならば、空中に居る兎ドラゴンへ瞬時に狙いを付け、空中に居る間に射貫く程度の芸当はこなしてみせると分かっているからだ。
「ーーーーー……」
そしてレライエによって正確に心臓があるであろう場所を射抜かれた兎ドラゴンはそのまま闘技場の地面に落ち、動かなかった。