695:タルウィセーレ・3-4
「あ、戻ってきたでチュね」
元の世界に戻ってきた私はザリチュに声を掛けようとする。
が、声は出なかった。
どうやら呪術習得失敗のペナルティとして、沈黙の状態異常が付与されたようだ。
「ん? 声が出ないんでチュか? あー、と言う事は、習得に失敗したんでチュね」
さてどうやって会話を成立させようか?
まあ、出ないのは声だけなのだし、これでいいか。
『そうね。『沈黙の邪眼・3』の習得には失敗した。見事な初見殺しだったわ。どうするにしても反省会は必要ね』
「……」
と言う訳で、周囲の呪詛を文字の形に圧縮し、ザリチュに見せる事で会話を成立させる。
それと同時にレライエに反省会をしたいと言うメッセージを送信。
返事は……了承、『ダマーヴァンド』にある各種作業用の広場で他の検証班と一緒に待っているらしい。
では向かうとしよう。
「……。来たようだな」
「タル様。その、残念でしたね」
『初見殺しに引っかかったから仕方がないわ』
「「「!?」」」
『ダマーヴァンド』の各種作業用の広場にはレライエ、ストラスさん、それに検証班と思しきプレイヤーたちが集まっていた。
とりあえず今の私は呪術習得に失敗したペナルティで強制的な沈黙状態にあるとは伝えておく。
「えっ、沈黙が機能してない……」
「ま、まあ、沈黙は詠唱キー潰しがメインだしな……」
「普通に会話するように呪詛で文字を書いてる……」
「え、と言うかあの格好はどうなの?」
「そっちはタルだから気にしないでおけ」
周囲がざわつき始めているが、私はそれを無視して、レライエとストラスさんの前に移動する。
『じゃあ反省会だけど……』
「……。まずは動画を出そう」
「これですね」
『助かるわ』
まずはレライエが録画していた動画を全員に見えるように流す。
二人以外の検証班には、この動画を見て、得られるだけの情報を得て貰おう。
では、この間に他の話を進める。
「れらいえが戦闘に参加していたんでチュか。では聞くでチュが、試練参加のメリットとして結果に関わらず素材を貰っているでチュよね。それはどうしたんでチュ?」
『そう言えばそうね』
「……。その事か」
ザリチュが話題に上げたのは、レライエが貰っているはずの素材についてだ。
この素材は重要だ。
なにせ、素材の名称からは兎ドラゴンの正式名称を、フレーバーからは兎ドラゴンの能力を明らかに出来るからだ。
だが、レライエの顔には迷いの色が見える。
どうやら何かあるらしい。
『何かあったの?』
「……。説明する」
レライエから明かされた情報は中々に扱いが困る物だった。
と言うのもだ。
・レライエが素材を受け取った場合、私が同一の試練に参加する時にゲストとして選ばれることがなくなる。
・レライエから兎ドラゴンの素材の情報を基にした話を聞いた場合、習得する『沈黙の邪眼・3』の弱体化は避けられない。
・レライエが意図せず情報を渡しても『沈黙の邪眼・3』は弱体化、私が本心から拒否していればレライエにペナルティ。
と言う、実に『悪創の偽神呪』らしい嫌らしい仕掛けが施されていたのである。
「……。だから俺は素材の名称すら確認していない。判断はタルに任せる」
『……』
実に悩ましい話だ。
レライエとの反省会や事前の話し合いを生かすなら、レライエは素材を受け取れず、先行して強化することは出来ない。
レライエから情報を受け取れば、『沈黙の邪眼・3』は習得出来ても弱体化する。
いや、案外言うほど悩む話でもないかもしれない。
だってだ。
『素材を出さず、情報もなしでお願いするわ。レライエ以外をゲストに招いても状況が悪化する気しかしないし、動画とそれぞれが戦闘中に得た情報があれば何とかはなるはずだから』
「……。分かった」
必要な情報や要素は十分集まっていると思うからだ。
「うわっ、また見事に頭が……どういう速さだ……」
「切れ味がおかしいな。と言うかタルが即死って事は、普通の人間はどう足掻いてもアウトだぞ」
「あっという間に開きにされたな……そのうちこれと戦うのか……」
「沈黙煙幕を出しつつ離脱か。もしかして、この煙幕、微量のダメージを含んでいたりするのか?」
「ぶっちゃけていい? 首刎ね兎をドラゴン化させたようにしか見えない」
「これ、座頭市要素もありそうな気がするな。盲目だし、仕込み杖と言うか刃だし」
「中盤以降で可愛い見た目のモンスターはヤバい連中。みんな知ってた」
「剣術家として意見を言わせてもらうなら、この兎ドラゴンの剣の腕前は素人だな。身体能力に任せて振るっているだけだ。尤も、その身体能力が圧倒的過ぎて、私でも対処しきれるか怪しいものになっているわけだが」
なお、私たちが話し合いをしている裏では、動画を見ている検証班がそれぞれに感想を口にしている。
うん、だいたい同意する。
後、いつの間にかスクナが来ていた。
貴重な意見ありがとうございます。
「……。俺が死んだ後は?」
『僅かにだけど情報は得たわ』
私はレライエがみじん切りにされた後に試したことについて話す……ではなく書く。
まあ、大した情報はない。
精々が気絶は入る事、あの乱舞状態でも音を出したら突っ込んでくる事、これぐらいだ。
後、念のために今の私が即死耐性持ちである事も伝えておく。
「なるほど。とりあえずの結論としてはこれですね。毒などのスリップダメージは使うな。理想は一撃必殺。それが無理なら、出来る限り反撃をさせないように少ない手数で倒す事」
そうして私とレライエが持ち帰った情報と、検証班が動画を見て得た情報、それらの情報から考えられる相手の能力。
様々な要素を考えていった結果、出た結論がストラスさんの言葉だった。
「問題は、この結論が出た上で、どうやって兎ドラゴンに対して有効な手を打つかですね。それが分からなければ、結局戦いにはできません」
では、その先に進むとしよう。
その先の話が終わる頃には、時間的にデスペナも解除されているはずだ。
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