694:タルウィセーレ・3-3
「ーーー!」
『毒の邪眼・3』を受けた兎ドラゴンは軽く跳ね、着地すると同時に大きく動き出す。
細くて小さな前足から刃渡り1メートルほどの細く鋭い、刀のような刃を出現させると、その場で素早く回転、近くにあるもの全てを切り裂くような動きを見せたのだ。
なるほど、あの刃が兎ドラゴンの武器であり、私の首を刎ねた刃か。
兎ドラゴンの体内から前触れなく現れた事含めて、まるで時代劇の仕込み杖か何かの様である。
「ーーー!」
話を戻して、1秒ほど当たるを幸いに周囲を切り裂き続けた兎ドラゴンは、自分の周囲に向けて橙色の煙幕を放出。
そして、煙幕の中から勢いよく飛び出して、私たちから離れた場所に着地した。
「「……」」
なるほど、どうやら兎ドラゴンは音に反応して即死攻撃を仕掛けて来るだけでなく、攻撃を受けると周囲へ二種類のカウンターを仕掛けた上で離脱すると言う性質も持つらしい。
で、二種類のカウンターの内、刃の方は即死付きの斬撃だとして、橙色の煙幕の方は色から考えて沈黙の状態異常付与を兼用しているのではないかと思う。
実に面倒くさい能力だ。
だが、闘技場と言う開けた空間で、近接攻撃しか持たないのにわざわざ距離を取ってくれるならば、私たちにとっては非常に好都合と言える。
だからレライエは弓矢の狙いを付け始め、私もネツミテを指輪形態に戻した上で使用後CTが明けるのを待つ。
「……」
レライエが音もなく矢を放った。
放たれた矢は周囲の音を探っているらしい兎ドラゴンの頭目掛けて真っ直ぐに飛んでいき……
「ーーー!?」
「「!?」」
毒によってダメージを受けたらしい兎ドラゴンが暴れ始め、振り回される刃に矢が当たって弾かれてしまった。
「「……」」
兎ドラゴンが煙幕を放ちつつ離脱する中、私とレライエの間に気まずい沈黙が流れる。
いやうん、初見なので仕方がない事であるし、レライエにも私を非難する気はないだろうが、カウンターの発生条件が攻撃を受けるだけでなく、毒などのスリップダメージを受ける事も含まれるのは想定していなかった。
ちなみに兎ドラゴンに入っている毒は呪法をほぼ乗せられなかったこともあり、普段の私に比べると非常に少ない。
間違いなく、レライエの今の一撃が決まった方が、ダメージは大きかっただろう。
「ーーー!?」
「「……」」
そして、毒によるダメージでも兎ドラゴンが暴れるために、面倒な事態が起き始めた。
毒のダメージを受ける度に兎ドラゴンが瞬間移動のような移動をするので、音を生じないようにゆっくり動きつつとなると、レライエが弓矢の狙いを付ける暇がないのだ。
また、私にしても橙色の煙幕が大量に残されるため、その陰に兎ドラゴンが移動してしまうと、視線が通らないために邪眼術を撃てなくなってしまうのである。
なお、橙色の煙幕に触れると、やはり沈黙の状態異常が付与された。
受けた沈黙のスタック値は10程度だったが、私の沈黙耐性の高さを考えると、耐性無しに受け、長時間煙幕に触れ続けるのは非常に危険だろう。
「「……」」
で、そうやって状況を考察している間にも、状況は悪化していく。
具体的に言うと、兎ドラゴンの移動の間隔が少しずつ狭まってきている。
『悪創の偽神呪』が何かしたのか、兎ドラゴンが激しく動き回っているからなのか、あるいは連続してダメージを受けるとそうなるのかは分からないが、とにかく移動の間隔は狭まっていて、今では1秒に1回は移動している。
ぶっちゃけ、レライエからの『こうなったら、もう俺は手も足も出せないぞ』と言う視線が非常に痛い。
一応、ジェスチャーでレライエのネズミはどうなのかと尋ねてみたが、『初見の竜呪相手に魔眼を持っているだけのネズミが何か出来ると思うか?』的な視線を返されたので、レライエの方は本当に詰みであるらしい。
とりあえず、次に戦う時があれば、その時は毒を使わないか、使うにしてもそれだけで兎ドラゴンを短時間で確殺できるように使いたいところである。
「ーーー!」
「!?」
「……」
あ、レライエの目の前に兎ドラゴンが飛んできた。
剣を振り回して、それがレライエの手に掠って、兎ドラゴンはそれで獲物がそこに居る事を感知した。
すると兎ドラゴンはレライエの懐に潜り込み、首を刎ね、両手両足を切り飛ばし、胴体を三つに切り分ける。
と言う風に私の目には見えたが、最初の剣が掠ったところから、レライエが解体されるまでにかかった時間は0.1秒ほどである。
私の目でそう見えたのも、それぞれの部位が胴から離れる順番がそう見えたからに過ぎない。
何を言っているのか訳が分からないと言われそうだが、本当にあっという間の事だった。
CT的には間に合っても、私の動作的に『気絶の邪眼・3』が間に合わない程の速さだった。
「……」
何と言うか……うん、これはもう完全に詰んだ。
悔しいが、完敗である。
だが、ただ負けるのは悔しいし、再戦する時のためにも最低限の情報は集めたい。
「……」
「!?」
そう判断した私は音が鳴らないように注意しつつ、動作キーで『気絶の邪眼・3』を発動。
兎ドラゴンの動作が一瞬止まり、気絶から復帰すると共に周囲を十数回切り裂いてから、煙幕を放ちつつ離脱する。
どうやら気絶は入るらしい。
「……」
「ーーー!」
続けて『灼熱の邪眼・3』を適当な空間に向けて発動。
炎が燃え盛り、小さくない音が生じる。
すると兎ドラゴンが『灼熱の邪眼・3』が発動した場所に突っ込んできて、炎を吹き飛ばす勢いで刃を振るう。
どうやら炎を用意しておいて、そこに突っ込ませる、という手は使えないらしい。
「……」
後試せそうなのは……『竜息の呪い』の動作キーでの発動くらいか。
いや、動作キーでの発動に設定しているのは貴重品だけだし、『熱波の呪い』は未発動、しかも発動準備中にこれでもかと言うくらい音が鳴るので、試すだけ自殺と同じか。
それならばまだ他の邪眼術が有効か試した方がいい。
「ーーー!」
「……!?」
そこまで考えた時、兎ドラゴンは私の眼前に飛び込んできていた。
そして、その事実を認識した時には、既に刃を一度振り切っていた。
何かしなければと思った時には、もう再生する暇もなく手足は切り離され、胴をみじん切りにされ、私のHPは0となっており……私は呆気なく死に戻った。
≪呪術習得失敗のペナルティとして、ゲーム内時間1時間、状態異常・沈黙のスタック値が10以下にならないようになりました。干渉力低下(50)が付与されました。呪怨台の使用がゲーム内時間2時間不可能になりました≫
10/15誤字訂正