693:タルウィセーレ・3-2
「到着っと」
はい、移動手段は普段と違ったが、いつもの円形闘技場である。
「……。此処がそうなのか」
「あら、レライエ」
今回の相棒はレライエであるらしい。
私の背後に三本の脚による安定感のある姿で立っていた。
相棒である邪眼持ちのネズミは……レライエが身に着けているフード付きのコートの首元から顔を覗かせている。
なお、レライエの装備は暗梟の竜呪の素材製と思しきフード付きコートのほか、ステルス性に優れていそうな靴や衣服、それに収奪の苔竜呪と各種竜呪の素材を利用していると思しき弓矢が見える。
私もレライエも後衛よりの能力なのが不安な点ではあるが、スペックだけを見るなら問題はないだろう。
「さて、もう何度目かになる試練だ。細かい説明など不要だろう」
「『悪創の偽神呪』か」
「……」
今回は随分とサクサクだ。
既に人間形態の『悪創の偽神呪』が姿を現わしていて、私たちから30メートルほど離れた場所に呪詛の霧が出現している。
「戦って勝て。以上だ」
「そう、言わぬが華って事ね」
「言わぬが? ……。そういう事か。なら黙ろう」
とりあえずこれでレライエに今回の試練が『沈黙の邪眼・3』を習得対象にしている事、音は出さない方がいい事は伝わったと思う。
さて肝心の今回戦う竜呪だが……。
「「……」」
呪詛の霧そのものが随分と小さい。
高さが私の膝下ぐらいまでしかないし、横幅にしても1メートルあるかないかぐらいだろう。
「「……」」
私はレライエに掌を向けると、少しだけ前に出る。
合わせてレライエはすり足で、僅かな音も立てないように後ろに下がる。
レライエと私なら、私の方が多少は前衛適性が高いからだ。
私たちがそうしている間に呪詛の霧が縮みだす。
「「……」」
最初に現れたのは白くて柔らかそうな毛に覆われた、曇り気味な赤目の竜の頭。
ただ、兎の要素としてか、角は兎の耳のように長く、薄く、柔らかそうだった。
続けて現れたのは頭部同様に白い毛に覆われた胴であり、そこから力のなさそうな前足、見るからに強靭そうな後ろ足、蝙蝠のような翼、毛ではなく鱗に覆われた長い尾と続く。
うん、兎要素が角にしかない。
ただ全体的な印象としては、作品によってはマスコットキャラクターにもなりそうなアルビノの小型ドラゴンと言う感じだ。
ぶっちゃけ、奇麗や力強いよりも可愛いのタイプだ。
「「……」」
だからこそ私もレライエも、レライエの相棒のネズミも体を強張らせた。
極々普通のフィールドで偶々遭遇したならば、その見た目に騙されることもあったかもしれないが、ここは『沈黙の邪眼・3』を習得するための試練の場である。
そんな場所に現れたカースが、ただ可愛いだけなどと言うのはあり得ない。
そして、各種ゲームの鉄板として、ゲームが進んだ頃に登場する可愛らしい姿の敵と言うのは、その姿に見合わないエグイ性能を有するものである。
と言うか、私の想定通りなら、この兎ドラゴンは即死能力持ちなので、エグくない筈がない。
「ーーー」
兎ドラゴンがか細く鳴きつつ、私たちの方を向き、曇り気味の目を細める。
「!?」
「……」
その瞬間、私が感じ取ったのは、猛烈かつ純粋な殺意。
呪いは一切含まれていない。
本当にただただ純粋な気迫による威圧だった。
自然と私の体は強張り、錫杖形態に変えたネツミテを両手で持つ。
レライエも矢をつがえて、引き絞っている。
突如としてカチンという音が闘技場に響いた。
ネツミテの打撃部が揺れ、ぶつかり合った音だった。
「ーーーーー!」
「「!?」」
私が音源を認識すると同時に、兎ドラゴンの姿は消え去って……否、私の背後に移動していた。
それも後ろ足を伸ばしきり、右腕を振り切ったような姿勢で居た。
私の首には赤い筋が走っている。
「なっ!?」
次の瞬間、私の頭部に付いている二つの目から送られる視覚情報はあらぬ方向を向き始め、宙を縦に回転し、首のない私の胴体を映していた。
首を刎ねられていたのだ。
あの一瞬で、一切の抵抗することも出来ずに。
だがそれだけではない。
私の胴体は力なく崩れ落ち始め、頭部の視界は失われつつあり、HPを表わすバーは既に空っぽになっていた。
そう、即死攻撃だ。
即死攻撃による強制的なHP0が私に発生していた。
「……」
私の視界が完全に損なわれ、『死退灰帰』の効果による回復が静かに始まる。
私は立ち上がらずに、体に力を込めず、静かに周囲の状態を確認する。
「ーーー」
「……」
兎ドラゴンは居た。
弓矢を構えるレライエと睨み合うような状態になっている。
だがレライエは矢を放てずにいた。
近すぎるからではない。
兎ドラゴンの行動ルールに……推測だが、音を発したものに襲い掛かると言うルールに、このままの自分の行動が引っかかるか否かを考えているようだった。
「……」
いずれにせよ兎ドラゴンの注意は私ではなくレライエに向いているようだった。
だから私は呪詛の槍を生み出すと、兎ドラゴンに向かって放つ。
「ーーー!?」
「「……」」
そして、兎ドラゴンに動作キーによる『毒の邪眼・3』が放たれ、毒が注ぎ込まれた。