692:タルウィセーレ・3-1
「これでよし。さて、『沈黙の邪眼・2』の強化からやっていきましょうか」
「あの流れで『魅了の邪眼・1』を後回しに出来る図太さがすごいでチュね。たるうぃ」
「『魅了の邪眼・1』は製作する予定の物が時間がかかる物なのよ。だから今日は下準備だけ」
『ダマーヴァンド』のセーフティエリアに戻ってきた私は早速各種処理を始める。
具体的には大きな鍋に『ダマーヴァンド』の毒液と誘閉の狼呪の誘引袋の中身の混合物を煮始めると共に、誘閉の狼呪の毛皮を袋にし、誘閉の狼呪の骨と竜の遺骨を乱雑に折ったもの、火酒果香の葡萄呪の果実と千支万香の灌木呪の枝葉をその袋の中に入れて、鍋で煮る。
これで袋の内容物から色々な物が液体に煮出るのを待つわけだが……少なくとも今日と明日の二日ぐらいは煮続ける必要があるだろう。
だから、まずは『沈黙の邪眼・2』の強化をするのだ。
「えーと、材料は……」
では本題の『沈黙の邪眼・2』の強化。
材料はメインとなる物だと、開黙の兎呪の前歯、喉枯れの縛蔓呪の葉、『ダマーヴァンド』の毒液、それに収奪の苔竜呪の竜頭柱頭。
サブの材料だと、開黙の兎呪の目、耳、肉、骨、垂れ肉華シダの膨葉、各種スパイスが入っている。
「即死を入れるつもりでチュか」
「『沈黙の邪眼・2』に伏呪は入っていないし、最近は沈黙そのものの出番も控えめ。だったら、いい機会かなと思ったのよ」
「でチュか」
なお、ザリチュに語った理由以外にも、喉を狙うと効果が跳ね上がる開黙の兎呪の前歯の性質と、条件を満たした相手に即死を与えると言う呪いの相性が極めて良さそうだと感じたのもある。
私は別だが、普通の生物は喉を切られたら死ぬし。
「さて、前歯以外はまとめてドロドロになるまで煮込むとして……」
では作業開始。
鍋に毒液を入れた後、開黙の兎呪の前歯を使って他の材料を切り開き、出来るだけ細かくしてから投入していく。
なお、最も解体に苦労したのは収奪の苔竜呪の竜頭柱頭。
竜の頭のような外見そのままのような堅さで、開黙の兎呪の前歯が持つ特性に合わせて喉部分から順に切り開いていくと言う手段を取らなければ、凹みもせず、何本もの前歯が折れて失われた。
なお、開黙の兎呪の前歯を調理に利用しているのは、少しでも呪いの親和性と言うか、その後を馴染ませるためである。
「んー、短剣か注射器か……短剣ね」
「なんかひどく嫌な予感がしてきたでチュよ。たるうぃ」
「呪術習得のためだから大丈夫よ。ザリチュ」
他の素材を鍋で煮込んでいる間に、開黙の兎呪の前歯を加工していく。
具体的には前歯の側面を研いで刃を付けていくと共に、前歯の中に液体を仕込めるようにしていく。
勿論、仕込んだ液体が刃の表面に出て来るようにする仕掛けも欠かさない。
「これでよし」
そうして出来上がった刃だけの短剣は三本。
その三本から出来の良かった一本を選ぶと、私は固形物が完全に消えてなくなった液体を内側に注ぎ込んでいく。
注ぎ終わったところで、残りの液体の量を確認。
残り二本の短剣にも液体を注ぎ込むこと自体は出来そうだ。
まあ、必要になったらやればいいか。
「じゃ、呪怨台に行くわよ」
「沈黙対策、即死対策はいいんでチュか?」
「沈黙対策はジタツニ、ドロシヒ、虹色の微毒薬からの『抗体の呪い』で対策するから大丈夫よ。即死の方はジタツニに耐性があるし、『死退灰帰』も飲むから、それで行けるはず」
「あ、『死退灰帰』の方もギリギリ大丈夫になるんでチュね。なら大丈夫そうでチュ」
では呪怨台で呪うとしよう。
「ふむ、折角だから『沈黙の邪眼・2』らしくいきましょうか」
呪怨台へと赤と黒と紫の呪詛の霧が集まっていく。
それへの干渉と調整はいつも通りにしていく。
そして、普段ならば詠唱で意思を込めていくが、今回は呪詛の霧を圧縮する事で文字の形にし、それを『呪法・呪晶装填』の要領で橙色の結晶に変化させて、呪怨台の上にある短剣へと注ぎ込む。
内容としてはだ。
『私は第三の位階、神偽る呪いの末端に触れる事が許される領域へと手を伸ばす事を求めている』
『求めるは停止の力。橙の輝きを受けたものから、空気を震わせる力を奪う事。それは表象だけにあらず、根本から止めるもの』
『私の沈黙をもたらす橙色の目よ。深智得るために正しく啓け』
『望む力を得るために私は己へと刃を突き立てる。我が身を以って与える静けさを知り、鋭き刃を掻い潜り、返す刃を以って討ち、己の力とする』
『宣言、橙の沈黙をもたらす呪詛の剣と蔓よ。我が敵の息の根を止め、永劫の静寂をもたらせ。ysion『沈黙の邪眼・2』』
である。
で、最後の一文と同時に動作キーによって『沈黙の邪眼・2』を発動。
無音の世界で呪怨台の中心に向けて呪詛の霧が集まっていく。
そして霧が晴れた後には、刃の根元に橙色のトラペゾヘドロンが填まった、刃だけの短剣が現れた。
「完成ね」
「そういう呪い方もあるんでチュねぇ」
では、いつも通りに鑑定。
△△△△△
呪術『沈黙の邪眼・3』の刃
レベル:45
耐久度:100/100
干渉力:150
浸食率:100/100
異形度:21
呪われた液体が詰まった刃。
覚悟が出来たならば、自らの急所に突き刺すといい。
そうすれば、君が望む呪いが身に付く事だろう。
だが、心して挑むがいい。
勇気ある沈黙を此度の門は求めているのだから。
さあ、貴様の力を私に見せつけてみよ。
▽▽▽▽▽
「……」
「たるうぃ?」
とりあえず私とネツミテたちの呪術を再確認。
動作キーでの発動が可能な呪術の確認を、何があるのかだけでなく、求められる動作も含めてしておく。
それからアイテムの確認と『死退灰帰』の使用もしておく。
「じゃ、いってくるわ」
「分かったでチュ」
準備を終えた私は刃を逆手に握ると、私の急所……鎖骨の間にある目に向かって勢い良く突き刺す。
そして私の体は粒子状に変化し、床に出現した幾何学模様に飲み込まれた。
10/12誤字訂正