689:ベインアファト-4
「これは詰みでチュかねぇ……」
「徒労に終わる可能性が高まりつつあるのは否定しないわ」
私たちは結局、開黙の兎呪も誘閉の狼呪も全滅させた。
どちらのカースも手慣れれば始末にそう時間はかからないのだが、最終的には毒に弱い事と複数個の死体が手に入っている事、この二つの事情が組み合わさり、遠距離からの『毒の邪眼・3』連射で殲滅は終わった。
「しかし、本当に何も起きないとはね……」
「何も起きないどころか、少しずつ草の丈が伸びてきているんでチュよねぇ」
で、殲滅は終わったが、脱出路が形成されるようなことはなかった。
また、ザリチュの言っている通り、誘閉の狼呪の足が触れている時ほどではないが、少しずつ周囲の草の丈が伸びてきている。
この草の丈が十分に伸びた時、世界が閉ざされ、私たちの行動は徒労に終わるのだろう。
それが死に戻りと言う意味になるか、『泡沫の世界』から追い出されるだけと言う結果になるかは、なってみるまで分からないが……。
「ふうむ……」
「どうするでチュか? たるうぃ」
「勿論最後まで足掻くわ。何もせず、分かっている結末に向かって流される、なんてのは御免だもの」
まあ、どちらの結果もお断りだ。
どちらにせよ、この場で手に入れた経験値や素材の類は失われるのだろうし。
うん、脱出方法を探そう。
「世界が閉ざされるとは何か?」
「チュア?」
この場には私以外ザリチュしか居ない。
ならば、考えをまとめるためにも、独り言をしつつ、手持ちの札や状況の確認をしていこう。
「『兎狼が徒に労する草原』は兎が広げる空間。狼はそれを閉ざすもの。つまり閉ざされている方が自然な事であり、だからこそ今も世界は閉ざされつつある」
「あ、ざりちゅの話を聞く気はない感じでチュね。これは」
「世界が閉ざされるとは空間がないこと……いえ、世界を成り立たせる要素の欠乏かしらね。要素が十分なら世界は一時的にでも成立して、『泡沫の世界』として浮かび上がり始め、安定すれば呪限無やダンジョンとして姿を現わす」
流石に世界を成り立たせるのにビッグバンはないとして、ゲーム的に……いや『CNP』的に世界を成り立たせるものが何かを考えた方がいいか。
それはダンジョンを成り立たせるものでもあるはずだ。
「ダンジョンを成り立たせるのに必要なのは呪い……エネルギー源。虹霓竜瞳の不老不死呪の毒杯のようなダンジョンの核……これは軸となる物かしら? 異形度10以上の支配者、ボス……意思を以って方向性を示すものかしら? 時折居ないダンジョンがあるとも聞くし。空間は……案外簡単に捻じ曲がるのよね。でも、ゼロからよりもイチから広げる方が楽なものか」
「どれもこの場では揃っているでチュねー」
「そう。全部揃ってる。でも、今この場はダンジョンとして成立してない。外からの圧力に負けていると言うか、浸食されていると言うか……とにかく消えようとしている」
何処からがダンジョンで、何処からがダンジョンでないかを判断しているのは誰だ?
たぶん、仮称裁定の偽神呪だ。
では裁定とは?
物事を裁き定める事だ。
それはつまり分断であり、確定であり、何処から何処までがそれであると示す事であり……境界を指し示すものでもある。
「ああなるほど。此処で足りないのは境界ね」
「境界でチュか?」
「ええそうよ。『兎狼が徒に労する草原』と言うこの場の名前に騙されていたわね。此処、呪いと言うか世界的には『理法揺凝の呪海』の一部のままなのよ。だから、兎が居なくなれば、周りの海に押し潰され、何もなかったことになるの」
「よく分からないでチュねぇ……」
私もよく分かっていないから大丈夫だ。
私の頭だと、論理ではなく感覚でしか捉え切れない問題のようだし。
それに、途中の論理が間違っていようが、結果が合っているならば、この場においては問題ない。
「試しましょうか。『太陽の呪い』、『砂漠の呪い』、呪圏・薬壊れ毒と化す全力展開」
「チュアッ!?」
空から照り付けるように太陽が射し始め、周囲の草が細かい砂で覆われていく。
そうして変貌した空間を私が支配する呪詛で満たされ、草は毒々しい色合いになるか、枯れ落ち風化して消滅していく。
が、やはり私一人が制御できる呪詛と、呪限無そのものと言っても過言ではない『理法揺凝の呪海』からの呪詛とでは、圧が段違いであるらしい。
枯れ落ちたはずの草が復活し、ゆっくりではあるが成長を再開している。
「私を支配者とし、私の血を核として……これでもまだ足りないか」
私は『出血の邪眼・2』を利用して小指を切り離しつつ血を出し、小指と血を核として周囲の空間の呪詛と私の結び付けを強める。
だが、草の成長スピードは落ちない。
やはり何かしらの形ではっきりとした境界を作り出す必要があるようだ。
「『熱波の呪い』……駄目か」
私は『熱波の呪い』によって球体状の壁を作り出す。
草の成長スピードは少しだけ緩んだ。
しかし、根本的な解決にはならないようだ。
「そろそろ拙いでチュよ。たるうぃ」
「分かってるわ」
んー『竜活の呪い』を使うか?
いや、今の状況では私自身のスペックが3倍になろうが、30倍になろうが、大した差はなさそうだ。
3,000倍くらいなら違うかもしれないが。
今この場で必要なのは境界を示す事であって、力を示す事ではない。
「境界……ああ、これがあったわね。ザリチュ、ちゃんと飛んでおきなさい」
「たるうぃ?」
うん、一つ思いついた。
とびっきりの境界……生死を分けるほどに強烈で、私自身の力よりも遥かに強烈で、なおかつ好きな場所に出せる境界があった。
「全方位、開門」
「チュアッ!?」
私はあらゆる方向……前後左右上下に門を開く。
すると門から直ぐに出て来るものがあった。
そう、『理法揺凝の呪海』に繋がる門を開くようにした時に出て来る形容しがたい色合いの水晶だ。
これを制御しているのが、悪創の偽神呪なのか、仮称裁定の偽神呪なのか、姿だけ知っている二体の偽神呪なのかは知らないし、どうでもいい。
今重要なのは、これが門の前と後ろを分ける、強固な境界であること。
ただそれだけだ。
「これ、後が怖いんじゃないでチュか?」
「それならそれでいいわ。利用してはいけない物を利用して受けるペナルティだなんて未知なるもの、味わって損はないもの。少なくとも、此処で何もせず徒労に終わるよりははるかに得難い経験よ」
「でチュかぁ……」
草が伸びるのは……完全に止まった。
水晶は安定しており、微動だにしない。
なお、この状態でもこれまでにやっていた他の呪詛の制御は止めていない。
「正解だったようね」
「みたいでチュねぇ……」
やがて私たちと球体状の形容しがたい色合いの水晶の間にある空間が崩れ落ち始める。
そうして見えてきたのは私たちが『兎狼が徒に労する草原』に入る時よりも少しだけ上方向に移動した『理法揺凝の呪海』の光景。
私たちがそれを認識すると共に、形容しがたい色合いの水晶は周囲の空間に溶け込み消え、私たちは『理法揺凝の呪海』へと移動させられた。
≪呪い『呪圏・薬壊れ毒と化す』が変化し『呪憲・瘴熱満ちる宇宙』になりました≫
≪称号『確立者』を獲得しました≫
「はい?」
そして、何か変な呪いのアップデートと称号が来た。
10/10誤字訂正