688:ベインアファト-3
「『熱波の呪い』!」
「!?」
私の方に向かって気絶した状態で13メートル引き寄せられる誘閉の狼呪。
その誘閉の狼呪の首に『熱波の呪い』によって当たり判定を持たせた呪詛の鎖を素早く絡ませると、引き寄せる勢いそのままにこちらへと更に飛ばす。
「ザリチュ!」
「言われなくても分かっているでチュよ!」
「ガブッ!?」
だがまだ遠い。
だから素早く接近した化身ゴーレムが未だ宙に居る誘閉の狼呪の背後に回り込み、全力のシールドバッシュ。
私の方に向けて、気絶から目覚めても宙に居るために何も出来ない誘閉の狼呪を吹き飛ばす。
「ふんっ!」
「!?」
「ナイスヒットでチュー」
そうして私のすぐ近くにまでやってきた誘閉の狼呪に向けて錫杖形態のネツミテをフルスイング。
十分な量の呪詛も込められた一撃は誘閉の狼呪の頭を正確に捉え、炎のエフェクトと共に私から少し離れた場所に誘閉の狼呪は転がる。
「ギャンッ!?」
「なるほど。足の裏が触れた部分だけ、世界が閉ざされるのね」
「感心する暇があるなら追撃するでチュよ。たるうぃ」
誘閉の狼呪が草地で転がると、足の裏が付いた部分の草だけが勢いよく成長していく。
そして、勢いよく成長すると言っても、世界が完全に閉ざされるまでには数秒の時間がある。
よって、地面を転がったり、一瞬気絶した程度ならば、自分の能力が原因で死ぬようなことはないらしい。
「グルル……ルプギャ!?」
「チュアッハァ!」
「90秒って結構長いのよ!」
よし、どうすればいいのかは分かった。
と言う訳で、ザリチュがズワムロンソで誘閉の狼呪の首辺りを切り裂きつつ吹き飛ばしたのに合わせて、私もネツミテをフルスイング。
少しずつ開黙の兎呪の方に向かいつつ、まるでテニスのように誘閉の狼呪を二人で撃ち飛ばし合う。
「グ、グガアアァァ……」
「魅了は効かないのよねぇ」
「ざりちゅもこの体は化身ゴーレムでチュからねぇ」
勿論だが、誘閉の狼呪もただ吹き飛ばされるだけではない。
その口から桃色の吐息を吐き出し、私と化身ゴーレムに魅了の状態異常を与えようとしてくるし、爪や牙による攻撃も仕掛けては来る。
が、魅了の状態異常は私はジタツニで、化身ゴーレムはゴーレムであるが故に効果がなく、物理的な攻撃も誘閉の狼呪の方が格下なので、通りが悪く、気にする必要のないレベルで終わるのだ。
「ーーー……」
「これで終わりっと」
「でチュね」
と言う訳で撃破。
死体をドゴストの中に入れる。
なお、鑑定結果には特にこれと言った事項は無し。
やはり特別な個体ではなかったようだ。
「チュアッ!? たるうぃ、残り時間を確認するでチュ」
「残り時間? あー、1秒が1秒でなくなってるわね」
だが、変化がないわけではなかった。
『兎狼が徒に労する草原』が存在していられる時間、それを示す時計の針……いや、デジタル表記だが、とにかく1秒が1秒より早くカウントされ、減っている。
アナウンスの類はない。
しかし、確実にカウントは早くなっている。
「兎を一匹減らすわよ。どう考えても数のバランスが崩れたのが原因だもの」
「ま、そうでチュよね」
ほぼ間違いなく、誘閉の狼呪の数が減った分だけ、開黙の兎呪が世界にかける負荷が増えたと判定されたのが理由だろう。
逆に言えば、ここで開黙の兎呪を一匹始末すれば、それだけカウントが減るペースが遅くなるはずだ。
「『気絶の邪眼・3』」
と言う訳で、誘閉の狼呪を倒した時と同じ要領で開黙の兎呪もサクッと始末した。
いやまあ、目をこちらに向けられた時に何かしらの呪いが向かってきた感覚はあったし、名前からして恐らくは沈黙の状態異常を与えようとしたのだろうが……沈黙はジタツニに加えてドロシヒでも防御しているので、私の状態異常耐性の中では特に守りが堅い部分なのだ。
物理攻撃についてもやけに首狙いだった気がするが、問題は何も起きなかった。
そんなわけで、何か隠していたかもしれないが、その何かが明らかになること自体がなかったのである。
なお、死体は鑑定後に回収したが、鑑定結果に特筆事項はなしである。
「カウントは戻ったでチュね」
「そうね。これでカウントの調整は問題なくなったわ」
で、開黙の兎呪を倒したことによって、カウントが減るペースは戻った。
カウントについては、これで正しかったらしい。
「さてどうした物かしらね……」
「脱出方法でチュか?」
「ええそうよ」
これで兎も狼も一体ずつ倒した。
だが特別な個体が現れる気配はないし、周囲の草原に変化が起きた訳でもない。
やはり正解は殲滅か?
「と、これはまだ試してなかったわね」
一応、『理法揺凝の呪海』に繋がる門を開いてみる、と言うのもやってみようか。
とは言え、これまでの『泡沫の世界』で上手くいかなかった方法が通用するとは考えづらいが。
「む……」
「『泡沫の大穴』で見た水晶でチュね」
そうして門を開こうとした結果、現れたのは『泡沫の大穴』で同じことをしようとした時に出てきた、形容しがたい色合いの水晶だった。
弾かれなかったのは私の方が格上だからだとして、この水晶は何なのだろうか?
明らかに危険物なので前回も触れなかったわけだが……。
「鑑定は弾かれたわね。眼球ゴーレムは触れた瞬間に消し飛ぶと」
「まあ、危険物である事だけは確かでチュよね」
やはり危険物なようだ。
鑑定が出来ないし、接触は良くて大ダメージなようだ。
私とザリチュ以外に見えていない様だし、試しに誘閉の狼呪に触れるように水晶を出現させてみたが、すり抜けてしまった。
完全に転移関係でなにかしらしようとするものだけを対象にした仕掛けのようだ。
「こうなればどちらも一匹ずつ残すような形で始末していきましょうか」
「徒労に終わりそうでチュねぇ……」
「そうなったらそうなったよ」
最悪、『兎狼が徒に労する草原』そのものがお仕置きマップの類である可能性すら出てきたが……まあ、やれるだけやって見るとしよう。
私たちはまず開黙の兎呪に襲い掛かった。