686:ベインアファト-1
「『理法揺凝の呪海』……くかたちたちの呪限無に行く意味はないでチュし、泡沫の世界でチュか?」
「ええそうよ」
『理法揺凝の呪海』に入った私は周囲の状況を確認する。
と言っても、ログイン時に一度確認もしていて、その時も含めていつも通りの状態だが。
「そちらの方向に行くのは止めない。が、行くならば自己責任だ」
「あら」
「早速でチュか」
私は目的とする方向に視線を向ける。
するといつの間にか仮称裁定の偽神呪がやって来ていた。
それにしても自己責任か……。
「わざわざ危険があると明言してくれるだなんて優しいのね」
「ほう。私の言葉をそう裁定するか。ならば、これ以上何かを言うのは控えるとしよう」
「あっ、そういう事でチュかぁ……」
どうやらザリチュも私が何処に向かおうとしているのか気付いたらしい。
顔も気持ちも俯いているようだ。
「ザリチュ。最近は未知が足りないと思わない? 邪眼術の強化、『虹霓鏡宮の呪界』の攻略、そこで得た素材による強化と言うループばかりだとは思わない? このループからの完全な脱却は、無理かもしれないけど。回る場所くらいは時々変えたいと思わない? だから私はね……確実に他のプレイヤーが行けていないであろう場所に行きたいのよ」
「まあ、たるうぃが行きたいなら止めないでチュけどね……。今のたるうぃなら問題はないと思うでチュし」
「と言う訳で私たちは行ってくるわ」
「好きにするがいい」
と言う訳で、私と化身ゴーレムは仮称裁定の偽神呪に別れを告げると、『理法揺凝の呪海』を下方向に向かって移動し始めた。
「しかし、よく行く気になったでチュね。明らかに危険な領域でチュのに」
「明らかに危険でも、相応の未知があるじゃない。帰ってくるための道筋だってあるのに、躊躇う理由は薄いわ」
とは言え、流石の私も何も考えずに『理法揺凝の呪界』を下方向に……呪詛が濃く、深淵としか称しようのない領域に潜るつもりはない。
最低限の安全は確保しつつだ。
なので、『ダマーヴァンド』を示す星の横、『熱樹渇泥の呪界』を示す星、それから『虹霓鏡宮の呪界』を示すであろう虹色の星に向かうように潜っていく。
これならば仮に上下方向の感覚を失っても、私の所有する三つのダンジョンを三連星のように認識する事で、帰り道を間違える事はないはずだ。
「呪詛濃度がだいぶ上がってきたでチュねぇ」
「そうね。そろそろ中層かしら?」
そうこうする内に呪限無-中層に入り始めたようだ。
周囲の空間の呪詛濃度が25前後にまで上がってきている。
『虹霓鏡宮の呪界』は星の天辺が真横に来たぐらいであるが、この深さまで来ると、泡沫の世界の発生源がだいぶ近いようで、殆ど真横、場合によっては頭上で泡沫の世界が発生しているようにも見える。
さて、こうなるとだ。
「チュア!?」
「あー、こういう事もあるわよね」
不意に視界に映る光景が変わっていく。
『理法揺凝の呪海』の極彩色の境界がある宇宙空間のような光景から、何処かの草原のような風景へと。
泡沫の世界に突入してしまったのだ。
「え、星に触れたんでチュか? たるうぃ」
「触れたというより、触れさせられた、かしらね。足元に前兆なく泡沫の世界が出現して、飲み込まれたみたい」
「それ、回避不可能な奴じゃないでチュか?」
「そうなるわね」
どうやら『理法揺凝の呪海』で呪限無の深層に向かおうと思うなら、自分の周囲に泡沫の世界が発生しないようにする手段が必須であるらしい。
「何はともあれ、まずはこの場の鑑定ね」
「まあ、そうでチュね」
まあ、入ってしまった以上は仕方がない。
私に出来るのはこの泡沫の世界を攻略する事だけだ。
と言う訳でまずは鑑定。
△△△△△
兎狼が徒に労する草原
先に進むは兎、黙々と草を食んで世界を切り拓く。
後ろ進むは狼、兎誘い食べて世界を閉ざす。
世界を定める事もままならず、幾度も幾度も同じことを繰り返し、全ては徒労に終わる。
呪詛濃度:25 呪限無-中層
[座標コード]
▽▽▽▽▽
≪ダンジョン『兎狼が徒に労する草原』を認識しました≫
≪注意! このダンジョンは崩壊直前です! 崩壊に巻き込まれた場合、このダンジョン内で得た全てのものはなかったことになります! 残り時間は03:59:37です≫
「徒労……兎狼……ねぇ」
「浅層の泡沫の世界よりもさらに不安定って事でチュかね?」
「不安定どころじゃないと思うわ。満足に成立もしてないのよ。ここ」
「あ、そういう次元でチュか」
私の足の指が足元の草に触れる。
それだけで草は呪詛に変換され、霧散してしまった。
そして、私たちのいる場所から少し離れた場所に生える丈の長い草。
アレはその場にあるように見えるが……たぶん、あの丈の長い草に触れてしまったら、その時点で草原の外に出されるのではないだろうか?
なお、外に出される際に命がある保証はない。
となると、迂闊に空を飛ぶのも危ないか。
見えているほどの高さがあるとは限らない。
「「「ーーーーー!」」」
「む、何かが近づいて来るでチュよ。たるうぃ」
「狼みたいね。追いつかれないように移動をしつつ、まずは調査ね」
視界の端に桃色が混ざった毛並みを持つ狼たちを捉えた私は、狼から離れるように移動を始めた。
きちんと情報を得てから行動しなければ、それこそ徒労に終わってしまうからだ。
vain effortで徒労らしいです。
10/07誤字訂正