676:スティールモスドラゴン-5
「さて、クカタチ、マナブ君。ちょっとお姉ちゃんと向こうで話しましょうか」
「お姉ちゃん?」
「は、はい!」
「……。マナブ、クカタチ。ザリアとの話が終わったら私の所に来るように。反省会だ」
さて戦闘は無事に終了した。
とりあえずザリアがクカタチとマナブの二人に接近、二人の肩を掴むと、スクナも少し怯むような圧をかけている。
なお、二人とも禁忌と付くような呪術を使った反動なのか、相当気怠そうにしているので、ザリアから逃れる事は不可能だろう。
「いやぁ、実にいい物が見れたわ。私以外にも禁忌と付くような呪術を使うプレイヤーが遂に現れたのね」
『授けたのは仮称裁定の偽神呪でチュかねぇ。色とか詠唱の内容的にでチュが』
「でしょうね。ふふふ、珍しい物を見れたおかげで、疲れも吹っ飛ぶと言うものだわ」
ちなみに私も『禁忌・虹色の狂眼』を使ったが、使い慣れているので、疲労感はそこまででもない。
「タル様。回収の方をお願いします。念のために、分散して持っておきたいので」
「ストラスさん。分かったわ。スケルトン化したのと、普通のとで一体ずつ回収しておけばいいかしら?」
「可能ならば苔玉の方もお願いします。タル様のインベントリが一番安全でしょうから」
おっと、ザリアたちがどういう話をしているかも気になるが、私も戦後処理でやるべき事をやらなければ。
と言う訳で、私はストラスさんに言われたとおりに収奪の苔竜呪の死体を一つ、スケルトン化によって繊維だけになった収奪の苔竜呪の死体を一つ、収奪の苔竜呪の本体である苔玉をドゴストに収納した。
他の死体についても、検証班、『光華団』、『ガルフピッゲン』、ザリアたちの友人であるカゼノマ、スクナの知人と思しき男性が回収していく。
ゾンビ化したものは無し。
まあ、私がこの辺りの呪詛を支配して、反魂の呪詛の働きを拒否しているので、当然の結果だが。
ちなみに竜の遺骨についても各自回収しており、私も三本ほど貰っている。
「そっちは何か見つかったか?」
「いや、特にそれと言った物はないな」
「……。何もないのか?」
私たちの回収作業に並行して、一部のプレイヤーは周囲の探索をしている。
今更な話だが、恐怖の眼宮の壁は巨大な墓石が隙間なく立ち並ぶことによって、エリアの限界を示している。
で、エリアの最奥……と言っても一番近い壁まで500メートル以上ある場所だが、とにかく現状行ける範囲で最も奥に竜骨塔と収奪の苔竜呪は居た。
だから、竜骨塔を排除し、収奪の苔竜呪を撃破した現状ならば、何かしらの変化や攻略報酬の類があるのではないかと思い、探索をしているのだ。
「んん? おーい、此処の墓石が動きそうだぞ!」
「おっ、何か見つかったみたいだな」
「誰が見つけたよ?」
「アレは……ブラクロだな」
「よしっ、全員戦闘準備を整えてから向かおう」
と、どうやらブラクロが何かを見つけたらしい。
なお、安心と信頼の実績があるため、ブラクロが何かを見つけたと言うのが伝わった時点で、ザリアたち含めて全員が戦闘準備を整えている。
まあ、ブラクロだから仕方がない。
「毎度毎度酷くね?」
「兄ぇ……これまでが酷過ぎるんですよ」
「ブラクロが何かを見つけるとだいたいなぁ……」
「……。罠ならいい方だ」
「酷い時はモンスターに包囲されるからな……」
「さて、今回はどうなるかね?」
「スケルトン恐羊の竜呪がそこら中から出て来るに一票」
「じゃあ、そのゾンビ版で」
「鬼が出るか蛇が出るか、と言う感じなのよねぇ」
「ブラクロさんですからねぇ」
「普段が普段だもんねぇ」
「はいはい、そろそろ切り上げて、動かしてみましょうか」
「じゃ、動かすのはマントデアがお願いするわ」
「俺かぁ……まあ、こういう時は俺だよなぁ」
と言う訳で私たちはブラクロの下に集合。
全員、警戒態勢は万全である。
肝心のブラクロが見つけたものは……巨大な墓石と言うか、記念碑のようなものだ。
壁の一部ではなく、それ単体で立っている。
で、私も触ってみたのだが……なるほど、何かしらの呪いによって、誰でも動かせるように重量が弄られているようだ。
ちなみに場所は上手く動けば、収奪の苔竜呪と戦わなくても触れそうな場所である。
「よし、動かすぞ!」
マントデアが墓石を動かす。
墓石は非常に軽いにもかかわらず、ゆっくりとしか動かなかったが、それでも確実に動いていき、やがてマントデアでも通れるような巨大な穴が出現した。
だが、何よりも驚かされたのは穴のサイズではない。
「なんだこりゃあ……」
「重力がおかしくなっているのか……」
「実際に穴の中に入っている身としては、普通に地面に立っているのと変わらないんだけどな」
恐怖の眼宮側から見れば縦穴であるのに、穴の中に入ると同時に重力の方向が変わって、巨大なトンネルと化すことだった。
誰もが入れるならば、奥に進まない理由はない。
私たちは微妙に波打っているようにも感じるトンネルの奥へと向かって行く。
「で、現状で行けるのは此処までと」
「この壁は……何なんでしょうか?」
「たぶんだけど封印の類でしょうね」
トンネルの奥へ向かう事おおよそ500メートルほど。
私たちの目の前に紫色の半透明な壁……と言うかドームのような物が現れた。
鑑定は出来ず、『深淵の邪眼・3』も反応なし。
私が触れても反応はないし、恐羊の竜呪、収奪の苔竜呪、竜の遺骨、この三つの死体を触れさせるのも効果はなかった。
「これはアプデ待ちって奴か?」
「タルの強化待ちって意味ではそうなのかもな」
「あるいは他の眼宮で収奪の苔竜呪を倒すとか?」
「その可能性もあるだろうな」
つまり、現状ではこれ以上奥にはいけないらしい。
何かを填め込む穴の類も見られないし、文様の類も見られない。
これを解除する方法を考えるのは大変そうだ。
「まあ、それはそれとして、アレと戦わなくてよかったのは幸いじゃない?」
「「「……」」」
「メエェェゲニャアァァ……」
なお、紫色の半透明のドームの向こうに見えているのは、トンネルに入る前の墓地に似た場所であり、恐羊の竜呪が闊歩しているのだが……恐羊の竜呪の放つ気配は明らかにトンネル前に居る個体よりも強いものであるし、サイズも大きく、数も多い。
ついでに言えば、雑魚として出現した時のサイズではあるが、鼠毒の竜呪や暗梟の竜呪と思しき影も少数ではあるが見えたし、遠くの方に牛陽の竜呪と思しき影も見えた。
つまりこの先は、強化された恐羊の竜呪をメインとしつつも、他の未強化竜呪たちも現れる混沌としたエリアと言う事だ。
うん、これ相手に挑めるかと言うと……私以外の面々の沈黙が答えだろう。
「じゃ、一度撤退しましょうか」
「「「異議なし」」」
と言う訳で、私は恐怖の眼宮の外にまで移動したのだった。