673:スティールモスドラゴン-2
「収奪の苔竜呪まで残り51メートルです。これ以上進み、先制攻撃の構え……物理的なものだけでなく心構えも含みますが、とにかく敵対的な姿勢を見せれば、その時点で戦闘開始になります」
「つまり、此処が限界ラインと言う事ね。向こうはもうやる気満々のようだし」
竜骨塔と収奪の苔竜呪まで残り51メートルと言う地点まで来た。
既に収奪の苔竜呪は何時でも咆哮を上げられるように身構えており、ストラスさんの言う通り、こちらが少しでも敵対的な姿勢を見せれば、仕掛けてくるだろう。
「じゃあ、始めましょうか!」
私が収奪の苔竜呪に向かって踏み込む。
「ーーーーー!」
「「「っ!?」」」
収奪の苔竜呪が咆哮を上げ、私たち全員に恐怖の状態異常を付与する衝撃波が伝わる。
それもただ恐怖を付与するだけの咆哮ではない。
無対策ならば1,000を超えるスタック値が付与された上に、伏呪によって即死もする、おまけに回数制の無効化は通用しないという、恐るべき攻撃である。
だがしかしだ。
「被害なし!」
「戦闘開始!」
「総員突撃!」
「完璧な呪人は恐怖を感じませんってなぁ!!」
今回の私たちは『抗怖苦薬』によって恐怖対策を施してきている。
故に被害は無し。
その事を確認したザリアやスクナ、ブラクロと言った近接組が収奪の苔竜呪に向かって行く。
シロホワやレライエと言った後衛組も散開して、自分の役割に適した場所へと移動していく。
では、私も自分の役目を果たすとしよう。
「『熱波の呪い』。宣言する。収奪の苔竜呪。私の恐怖と貴方の恐怖で勝負をしてみましょう。さあ、全力よ……!」
私はネツミテを錫杖形態にして左手で持つと、『熱波の呪い』を発動。
そして、左手を前、右手を浅く傷つけつつ後ろに引く、弓矢を射るような構えを取る。
この状態で『呪法・呪宣言』を発動。
続けて私の13の目を中心として、直径1メートル以下の13個の紫色の円を出現させる事で、『呪法・極彩円』を発動。
収奪の苔竜呪の一部を対象として呪詛の種を生成する事で『呪法・感染蔓』の準備完了。
私の血を混ぜつつ左手と右手を繋ぐように呪詛の槍を生成、呪詛の種を穂先に仕込むと、今の私に出来る限界速度で螺旋回転を開始、強制付与も意識して、『呪法・貫通槍』の準備完了。
「evarb、psarg、oreh、feiler、tser、noitaro、erudne……、重ねて……evarb……」
呪詛を集め、震わせ、呪詛の槍へと言葉を集めていくことで、『呪法・方違詠唱』発動。
同様の言葉を呪詛の霧を集める事で形成、それを結晶化させて、呪詛の槍へと搭載していくことで、『呪法・呪晶装填』発動。
だが今回は全力だ。
だから、同じ言葉を再度呟き、更に大量の呪詛を集めていき、『七つの大呪』の活性化も乗せて、もはや燃え盛る炎が螺旋の渦を描いているようにしか見えない呪詛の槍をさらに強めていく。
「ジアジダバァ!」
「させるか!」
私の集める呪詛の量に危機感を覚えたのだろうか、収奪の苔竜呪が体を伸ばし、私の方へと攻撃しようとするが、マントデアが恐羊の竜呪の角で作った巨大な盾によるシールドバッシュを仕掛け阻止する。
シダの葉のような腕あるいは翼をこちらに向かって飛ばそうとするが、それもまた他のプレイヤーたちによって阻止される。
そして、収奪の苔竜呪の体は仰け反り、大きな隙を晒す。
「『深淵の邪眼・3』!」
「!?」
私の手から呪詛の槍が放たれ、宙に炎の軌跡を残しつつ、収奪の苔竜呪の体を貫通……するタイミングで『深淵の邪眼・3』が発動、私の13の目が紫色に輝く。
このタイミングで私は13の目を閉じ、脱力した。
これで『呪法・逆残心』が発動。
「さあ、収奪の苔竜呪。貴方はきっと奴の端末なのでしょう? その繋がりを今断ってあげる」
私の13の目が開かれた。
「!?」
「おおっ!」
「ヒャッハー!」
収奪の苔竜呪の頭部で紫色の炎が激しく燃え上がる。
そこから13本の紫色の蔓が伸び、伸びた先で紫色の炎を発生させる。
それを幾度も繰り返し、収奪の苔竜呪の全身は紫色の炎に包まれる。
だがこの炎に熱はなく、ダメージもない。
収奪の苔竜呪もその事実に気づいたのだろう、恐怖をこらえつつ、紫色の炎に包まれたまま、私たちに襲い掛かろうとする。
「ジダバァ!?」
だがこれでいい。
仮称アジ・ダハーカの端末であろう収奪の苔竜呪にとって最も危険な状態異常は、頼れる本体との繋がりを断たれ、支援を受けられなくなるUI消失状態なのだから。
そして、私の考えが正しい事を示すように、収奪の苔竜呪は突如として全身を強張らせ、その動きを止めた。
「全力攻撃!」
「一気に攻めたてろ!」
「出し惜しみなしだ!」
「せいやぁっ!」
「一気に叩きこむよ!」
「!?」
その隙を見逃すザリアたちではない。
これまでは相手の動きをよく見て、隙を突くように仕掛けていた面々が一斉に動き出す。
ザリアが細剣で顔を突き刺し、スクナとブラクロが茎を切りつけ、マントデアに巨人たち、それにクカタチたちが葉を殴りつけ、一歩引いた場所からライトリたちが毒の投槍、火球、電撃、氷の矢、光り輝く弾丸、様々な遠距離攻撃が仲間を撃たないように注意しつつ投射される。
「流石に硬い!」
「だが通らない訳じゃねぇ!」
「押せ押せぇ!」
恐怖の眼宮に居る収奪の苔竜呪は、恐羊の竜呪の影響を受けて物理攻撃への耐性が高めであるらしいから、攻撃の通り自体は良くない。
スクナの渾身の攻撃ですら、茎の表面を浅く切り裂くのが限界である点からも、それは見て取れる。
だが、この攻撃の数ならば、そんな物はもはや誤差の範囲だ。
収奪の苔竜呪の体の傷は着実に増えていく。
「アジダバッ……」
しかし、収奪の苔竜呪もただやられるだけのつもりはないらしい。
蔓状の茎をしならせ、シダ状の葉を激しく動かす事で反撃を試みようとした。
また、咆哮を再び上げるべく、身構えてもいた。
「ジダバッ!?」
「やはり、こちらが気になるようですね」
そのタイミングで再び収奪の苔竜呪の動きが強張った。
原因は他のプレイヤーたちと収奪の苔竜呪の攻撃を掻い潜り、懐に滑り込んだストラスさんの槍。
ストラスさんの槍は収奪の苔竜呪の茎の根元、竜骨塔の内側に潜む部分を突き刺している。
事前調査で収奪の苔竜呪は竜骨塔に近寄られるのをやけに嫌がると聞いていたが、やはり何かあるようだ。
「せいっ!」
「アアァァジダバァ!!」
ストラスさんが竜骨塔を少しだけ破壊しつつ槍を引き抜き、『鑑定のルーペ』と思しきものを竜骨塔に向けつつ離脱する。
と同時に、竜骨塔の放つ呪詛が少しだけ霧散し、合わせて収奪の苔竜呪の放つ威圧感も薄れた。
どうやらギミック解除を抜きにしても、竜骨塔の破壊は優先した方が良さそうだ。
しかし、鑑定を抜きにしてもヘイトも大量に稼ぐようで、収奪の苔竜呪は他の全員を無視してストラスさんに襲い掛かろうとする。
「ezeerf『灼熱の邪眼・3』」
「……」
「感謝します。タル様、レライエ様」
「アバアッ!?」
だがその姿は格好の的でもあった。
逃げるストラスさんを狙う収奪の苔竜呪、その頭部を私の呪詛の槍とレライエの矢が貫き、爆炎を生じさせると、爆炎を貫くように他プレイヤーの攻撃も殺到した。