666:ダークパレス-4
「タル様」
「タル」
「色々試すわ。『熱波の呪い』」
暗梟の竜呪の尾を覆う黒い液体はゆっくりと流れ落ち、何処かへと消え去っている。
どういう性質を有しているかは分からないが、出来れば回収はしたい。
なので私は色々と試してみる。
直接触れる……当然のようにすり抜けるし、特に私の指に影響を及ぼした感じもしない。
熱拍の幼樹呪の木材を利用したコップのようにカース素材をによる容器……これも抵抗なくすり抜ける。
呪詛支配による干渉……効果なし。
『熱波の呪い』による干渉……こちらも効果なし。
鑑定……回収できていないからか、暗梟の竜呪の死体の一部としか裁定されず、意味なし。
この時点で通常の干渉手段はほぼ通用しない物と考える。
だが回収不可能ではないだろう。
回収不可能なら、こんなゆっくりと流れ落ちるような振る舞いはしないはずだ。
「むんっ!」
暗梟の竜呪の尾の皮を一部剥がし、漏斗状にまとめ、そこを『熱波の呪い』の熱によって焼き固めて簡易の器を形成。
その中に液体を入れようとする。
すると僅かにだが黒い液体が溜まり、持ち上げられるが……直ぐに漏斗状の器をすり抜け始める。
「おいおいっ、何だこの素材は……」
「暗梟の竜呪自身の体すらすり抜けると言う事か?」
周囲がうるさいが、だいたい分かってきた。
たぶん、この液体が暗梟の竜呪が地面や攻撃をすり抜けることが出来る秘密なのだろう。
そうと分かれば、打てる手がある。
「『暗闇の邪眼・3』」
「「「!?」」」
漏斗状の器に漆黒の炎が生じ、炎はその場に留まり続ける。
その炎の中で黒い液体は固形化していく。
いや、それだけでなく、暗梟の竜呪の体に付いているもの、地面に染み込みつつあったものも一部ではあるが漆黒の炎に集まり、固形化、一つの黒い塊になっていく。
黒い塊になった液体は触れるようで、漆黒の炎の外に出しても固形化は解除されない。
どうやら無事に回収出来たようだ。
「タル。これってあの液体に暗闇状態を付与した。と言う事でいいのよね?」
「ええ、それでいいはずよ」
「炎が燃え続けているのは伏呪の効果として……これ、どれぐらい燃えているんですか?」
「そうね……一分半ぐらいかしら? とりあえず解体の方を済ませるわ」
「あ、はい」
『まあ、そっちが優先でチュよね』
では、残りの解体をしていこう。
と言う訳で、血を抜き、首を落とし、角を切り、目玉を抜き、翼をばらし、皮を剥ぎ、肉と骨を分けていく。
最終的には暗梟の竜呪の血、嘴、角、眼球、羽毛、翼、鱗、肉、骨、それに固形化した黒い液体に分けられた。
鑑定結果は……状態異常が暗闇になった以外はだいたい同じか。
ただ、傾向として、隠密行動関係の諸々に向いている素材ではあるようだ。
余談だが、私の『暗闇の邪眼・3』の強化手伝いに参加したライトリが貰った素材は、嘴、角、羽毛、骨の上質版だったらしい。
で、完全に特殊な素材である固形化した黒い液体についてはこんな感じ。
△△△△△
暗梟の竜呪の油塊
レベル:40
耐久度:78/100
干渉力:140
浸食率:100/100
異形度:21
暗梟の竜呪の尾で生成され、全身に供給される特殊な油。
塗られたものは条件を満たさない限り、物理的な干渉をされなくなると共に、出来なくもなる。
この世ならざる存在である竜の油は、武勇と知恵を併せ持つことで初めて手にする事が許される。
現在この物体は非常に安定しており、暗闇の呪いを解除する力に触れない限りは固形化し続ける。
注意:異形度19以下のプレイヤーが鑑定すると、暗闇(100)を与える。
注意:周囲の呪詛濃度が15以下の空間では存在できない。
注意:暗闇の状態異常が付与されると、物理的な干渉が可能になります。
注意:暗闇の状態異常を治療する手段に触れると、物理的な干渉が不可能になります。
注意:異形度19以下の存在が食べると、100%の確率でランダムな呪いを異形度が20になるまで複数個、恒常的に得ます。
▽▽▽▽▽
「えーと、つまり?」
「これを全身に塗った状態で暗闇の状態異常を治療する呪術を浴びると、物理的な干渉に対しては全てをすり抜ける状態になるようね」
「おおっ、凄いな! 色々と使えそうだ!」
「使えそう……ねぇ……」
「「「……」」」
要するにこれは暗梟の竜呪の体を覆う油だったらしい。
で、鑑定結果を見たブラクロは色々と使えそうだと言っているが……私にはこれがそこまで使い勝手がいいものだとは思えない。
「とりあえず空を飛ぶ手段は必須ですね」
「酸素ボンベのような物も必要ね」
「暗闇の付与と解除、両方の手段を用意するのも必要」
「暗梟の竜呪が油を垂れ流しながら戦闘していたことを考えると、適度に周囲へ散布する手段も必要そうよね」
「視覚とかが残っているかも怪しいんじゃない? お姉ちゃん」
「つまり五感の補強あるいは五感に頼らない知覚手段も必要そうですね」
とまあ、思いつくだけでも問題点が多々上がるような代物なのだ。
暗梟の竜呪は最初からそういうカースとして生み出されているから大丈夫かもしれないが、そうではない私たちが使う場合には入念な準備をしてもなお使えるかは怪しい。
「……。とりあえず適当な矢じりにだけ塗ってみて、試してみてもいいか? 話はそれからでいいだろう」
「そうですね。少しだけ試してみましょうか」
なお、その後の検証班の仕事によって、体の一部にだけ塗って、暗闇の解除呪術を浴びると、その部分だけ壁などをすり抜けられる事が分かった。
だが、人の体に使うと精々皮一枚分の透過にしかならないので、使うなら道具に使うべきであり、その道具にしても工夫をこなす必要があるようだった。
とりあえずレライエが矢の半ばまで油を塗った状態で射る事で、当たった壁をすり抜け、その先に居る相手もすり抜ける矢は出来たらしい。
うん、もう一工夫必要そうだ。
「じゃ、残りの二体の解体も今回については私がしましょうか」
「そうですね。お願いします」
その後、私は残り二体の暗梟の竜呪の死体の解体を問題なくこなし、必要な素材を手に入れたのだった。