658:タルウィダーク・3-1
キビャック!!
本日は五話更新になります。
こちらは一話目です。
今話には人と読む時間帯を選ぶ描写がありますので、ご注意ください。
「ログ……くっさ」
『あああああぁぁぁぁぁ! くっさいでちゅうううぅぅぅ!? 鼻がひん曲がるでっチュッよオオォォ!!』
土曜日。
ログインした私を出迎えたのは、『ダマーヴァンド』のプライベートエリアに漂う発酵臭と腐敗臭の境界線ギリギリにあるような臭いと、そのあまりの臭いに叫ぶザリチュの声だった。
「あー……作成に失敗したかしらね。これは……」
『いいから早く処理をするでチュよ! たるうぃ! ざりちゅは悪臭に包まれて窒息死するなんて御免でチュ!』
「そもそも呼吸してないじゃない。ザリチュ」
『気分的に死ぬんでチュよおおおぉぉぉ! 万が一臭いが残ったら物理的にも死ぬんでチュよオオォォ!! と言うか、掲示板に『ダマーヴァンド』の山部分でも分かるレベルで悪臭が漂って来ていると書かれているんでチュよ! それだけヤバい臭いなんだから、早く処理して欲しいでチュううぅぅ!!』
「あ、そんな状態なの」
つまり、共用スペースや『虹霓鏡宮の呪界』にも臭いが伝わっていると。
うん、ザリチュの言う通り、早めに処理した方が良さそうだ。
と言う訳で、いつもの作業はせずに臭いの出元である容器の方を見る。
「さて……」
容器は内側からの圧力に耐えかねるように、蓋が少しだけずれていた。
容器の中には悪臭を漂わせる毒液が入っている。
そして毒液の中に手を突っ込み、私が取り上げたのは……。
「トラペゾ頭のフクロウキビャック。言葉にするとそうなるんだけど、実に名状しがたいものね」
『感想を言っているばばば……ヂュボアッ……』
頭部が鉄紺色……殆ど黒の青紫色のトラペゾヘドロンに変化した暗幕の梟呪の死体。
縫われたその腹はパンパンに膨らんでおり、縫い目からはガスが止めどなく放出され、腹の中には感触からしてゲル状の何かが入っているようだ。
後、ザリチュが臭いに耐えかねて気絶したらしい。
それと私と言うかジタツニの耐性を抜いて、悪臭の状態異常が私に付与され始めているし、たぶんだが私の嗅覚は既に死んでいる。
「うーん、未知なる味ではあるけど、これまでで一番ヤバいものでもあるわね……」
とりあえず掲示板には邪眼術強化の為にキビャックモドキを作成し、これから仕上げに入るので、成否に関わらず臭いは消えるだろう、と書き込んでおく。
そして、私はキビャックモドキを呪怨台に乗せた。
「私は第三の位階、神偽る呪いの末端に触れる事が許される領域へと手を伸ばす事を求めている」
呪怨台にいつも通りに赤と黒と紫の呪詛が集まっていく。
ただ、集まってくる呪詛について、普段よりも反魂の呪詛が強いように感じるので、注意を払っておく。
此処でゾンビ化したら台無しだからだ。
「求めるは深き深き闇にして黒き炎。光を奪い、眼を閉ざし、標を消し去る闇の領域。闇よ広がれ、月無き夜よ広がれ、夜闇の輝きよ我が眼より広がれ」
呪詛の霧が鉄紺色に変化する。
幾何学模様が広がり……それから直ぐに呪怨台と私の周囲が一切の光の無い暗闇に閉ざされる。
「私の暗闇をもたらす鉄紺の目よ。深智得るために正しく啓け」
上下の間隔が曖昧になり、自分がどちらの方向を向いているのかも定かではなくなっていく。
しかし、それは視覚だけに頼っていればの話。
周囲の呪詛を探れば、暗闇と外との境界に幾何学模様があり、その幾何学模様が集束する事で、人の目では見えない夜空の暗い星のような結晶体が形成されていくのが分かる。
「望む力を得るために私は闇を飲む。我が身を以って与える闇を知り、馴染ませつつも支配し、従え、己の力とする」
結晶体が呪怨台に向かってゆっくりと移動していき、飲み込まれていく。
それはまるで巨大で重い星に周囲のガスが飲み込まれていくようでもある。
気が付けば、鼻が利くようになっているし、悪臭もなくなっている。
どうやら呪詛の霧と一緒に飲み込まれたようだ。
「宣言、鉄紺の闇をもたらす呪詛の星と蔓よ。光を呑み込み、粉砕せよ。pmal『暗闇の邪眼・2』」
では仕上げだ。
私の体が暗闇の外に出たタイミングで『暗闇の邪眼・2』によるエフェクトで暗闇を囲い、呪詛を濃くする。
そして闇は限界まで集束し、呪怨台で呪う前と見た目は変わらない暗幕の梟呪の死体が呪怨台の上に残った。
じゃあ、まあ……鑑定。
△△△△△
呪術『暗闇の邪眼・3』のキビャックモドキ
レベル:39
耐久度:100/100
干渉力:140
浸食率:100/100
異形度:21
キビャックと呼ばれる発酵食品の製作方法に似た方法で製作された何か。
色んな意味で覚悟が出来たならば、腹を裂いて啜るといい。
そうすれば、君が望む呪いが身に付く事だろう。
だが、心して挑むがいい。
予め十全に備え、的確に用いる事を前提として、門は聳えているのだから。
さあ、貴様の力を私に見せつけてみよ。
▽▽▽▽▽
「……。装備品は問題なし、と」
『はっ!? ざりちゅはどうしていたんでチュか!?』
「気絶していたみたいよ。で、今から試練ね。二重の意味で」
『あ、アレを食うんでチュか……』
私は装備品に問題がない事を確認。
昨日作った熱拍の樹呪のボーラも複数個持っている。
『死退灰帰』と適当なブースターの服用も完了。
「いざ南無三っ!」
『今回だけ覚悟の種類がおかしいでチュよ。本当に……』
私はキビャックモドキの腹を裂き、腹の中に入っていたゲル状の何か……臭くて、ねばついて、でも妙にプルプルコリコリしており、臭みの先に旨味を感じるものの、それ以上に食べれる人は限られると確信させる臭いに耐え、栄養だけは十分そうな半液体状のそれを口から喉へ、喉から胃へと流し込んでいき、胃から鼻と舌に戻って絡みつく臭いを改めて嚥下する。
うん、正直に言わせてもらいたい。
不味いと言う評価は一応下さないが、私にはツラい……。
「うぷっ……これ、二回目は無理ね……」
『たるうぃがそう言うって相当でチュね……しかもこれから試練の本番でチュし……』
「ふふふ、ザリチュは……あ、はい」
まあ、それでも何とか飲み切った。
そして私は試練での移動に備えてザリチュを手で抑えていたのだが、ザリチュはいつの間にか私から離れた場所に移動させられ、私の足元には深い深い闇が広がっていた。
「頑張ってくるわー」
どうやら化身ゴーレムが居なくてもザリチュの参加は許してもらえないらしい。
そんな事を考えつつ、私は闇の中へと沈んでいった。