653:ハーミットクラブ-1
「これで良し」
「こっちも漬け込みでチュか」
「仕上げをするまでに数日の時間がありそうなら、これが丁度良さそうなのよ」
『ダマーヴァンド』に帰ってきた私は解体した暗幕の梟呪の死体に各種香草を擦り込んでから、解体していない暗幕の梟呪の腹の中へと詰め込む。
それから、いつもの毒液に投入し、毒液含めて外気と接しないように密封した。
「数日でチュか。他にも何か使うんでチュね」
「ええ。『暗闇の邪眼・2』の強化だから、炎視の目玉呪の毒腺は確定で使用。それと恐羊の竜呪の墨袋も使うわね」
「どっちも暗闇と言うか、煙幕っぽい素材でチュね」
「でも、これだけだと足りない気がするから、もう一つか二つくらいは相性がいい素材を入れたいところではあるわね」
で、素材の追加だけがやるべき事ではない。
素材を追加し、呪術習得用アイテムが完成し、挑む試練に出て来る敵の対策も今回はしなくてはいけないのだ。
今回だと……暗闇の状態異常耐性を高める手段と、消灯空間への対処法だろうか。
「とりあえず『熱樹渇泥の呪界』に行きましょう。あそこに必要な物が結構な数で揃っているから」
「でチュねー」
と言う訳で、私たちは『熱樹渇泥の呪界』へ向かい、熱拍の樹呪の樹冠の方へと飛んでいく。
「ふんっ!」
「エジュアッ……」
「あっさりでチュねぇ」
炎視の目玉呪は今の私にとっては雑魚同然なので、さくっと撃破して回収。
「問題は此処からね」
「まさかとは思うんでチュが、これを照明にする気でチュか? たるうぃ」
「ええ、そのつもりよ」
それから熱拍の樹呪の樹冠の中心、熱拍の樹呪の果実が得られる場所に移動する。
「また『熱樹渇泥の呪界』は立ち入り禁止になるんでチュねぇ。折角再解放されたのに……下に居るプレイヤーが可哀そうとは思わないんでチュか?」
「心配しなくても、私が思っている通りなら、今回は波は発生しないわ」
「ん? そうなんでチュか?」
ウソ泣きをする化身ゴーレムを尻目に、私は輝く果実が集まって出来た球体に近づく。
以前は専用装備がなければこれだけで死にかけていたことを思うと、私も強くなったものである。
「飢渇の泥呪の海が荒れ狂うのは、果実を取られた熱拍の樹呪が太陽に向かって熱線を発し、その熱線と熱拍の樹呪の体の影響を受けた結果よ。そして熱線は果実のエネルギーが解放されることによって、生じるものである」
「確かにそうでチュねぇ」
「よって、一つの果実も逃さずに回収すれば、熱線は生じず、飢渇の泥呪の海が荒れ狂う事もないわ。そんなわけでcitpyts『出血の邪眼・2』!」
私の『出血の邪眼・2』によって果実の塊が熱拍の樹呪から切り離される。
そして切り離された果実は、以前見た時のように一個ずつばらける事で回収を逃れようとするが……。
「『熱波の呪い』! 入れ食いよ!」
「おおっ、考えたでチュね。たるうぃ」
その前に私の手元から呪詛の鎖が伸び、果実の塊を縛り上げることで、ばらける事を許さない。
で、一塊の状態のまま、ドゴストに収納。
一個の果実も見逃すことなく回収する事に成功した。
「チュアッ!?」
「むっ……」
これで後は帰るだけと思ったのだが……足元、熱拍の樹呪が揺らいだ。
「果実を取られたら、どの道、枯死するのね」
「みたいでチュねぇ……」
どうやら熱拍の樹呪は果実を取られたことでその命を終えたらしい。
そして、命を終えたものが真っ直ぐに立ち続けていられるほどに『熱樹渇泥の呪界』は穏やかな場所ではない。
熱拍の樹呪は葉を枯らせつつ、ゆっくりと横倒しになっていく。
普通のプレイヤーならば慌てふためき、場合によっては死をも覚悟するような状況だが……私と化身ゴーレムは空を飛べるので、何の問題もない。
「あ、折角だから熱拍の樹呪の根粒を回収してから帰りましょうか」
「『重石の邪眼・2』強化のための素材でチュね」
「そうそう」
むしろこれはチャンスだ。
熱拍の樹呪が横倒しになる事で、普段は飢渇の泥呪の海に隠れて見えない熱拍の樹呪の根と根にくっついている根粒が見え始めている。
熱拍の樹呪の根粒は貴重な素材であるし、回収できるチャンスがあるならば、見逃すべきではないだろう。
「さて、幾つ回収出来るかしらね。見た感じ10以上は回収出来そうだけど……」
「楽しみでチュねぇ」
私たちは熱拍の樹呪の根の方へと向かって行く。
熱拍の幼樹呪や毒頭尾の蜻蛉呪と言った雑魚カースたちが私たちに近づいてくる事もない。
これならば楽に回収することが出来るだろう。
「ん?」
「チュア?」
そう思えていたのは、熱拍の樹呪の根粒まで後500メートルほどにまで迫った時だった。
「あれは……」
熱拍の樹呪の根粒が動いた。
動いたと言うか、根粒の中に居た何かが外に姿を現わした。
そいつは大きな鋏を一対、細い足を複数持ち、飛び出た目はこちらを向いている。
見覚えがある姿だった。
現実時間でほんの数日前に出会い、酷い目にあわされたカースによく似ていた。
そして、動いた熱拍の樹呪の根粒は一つや二つではなく、十は確実にあった。
うん、間違いない。
「「「……」」」
「宿借呪!?」
「あ、やっぱり発生してたんでチュね……」
宿借呪だ。
造石の宿借呪とはまた別の種だろうが、宿借呪だ。
そして、別の種であっても宿借呪である事に違いはないのだから……。
「「「ハミイイィィ!!」」」
「ビーム!?」
「チュアッ!?」
遠距離攻撃を持っている。
私の思考がそこまで及んだタイミングで、宿借呪たちの口から私たちに向かって漆黒の光線が放たれた。
09/07誤字訂正