651:バブルホール-3
「雰囲気がだいぶ変わってきたでチュね」
「そうね。此処まで来ると呪限無の浅層くらいにはなるかしら」
何処かで見たようなモンスターを薙ぎ払いつつ、『泡沫の大穴』をひたすら進む事一時間ほど。
足元の砂が黒く尖った物になり、周囲の木々が毒々しい色合いになってきた。
合わせて呪詛濃度も上昇して、呪限無の浅層ぐらいの雰囲気は醸し出している。
「此処までくれば、たるうぃにとっても回収するべき敵になるでチュか?」
「そこは相手次第ね。今更、毒、灼熱、気絶、恐怖関係の素材が来ても、『虹霓鏡宮の呪界』で竜呪から回収した方がいいものなのは考えるまでもないし」
「まあ、そうでチュよね」
私は自分の邪眼術を改めて確認する。
毒、灼熱、気絶、恐怖は既に参の位階なので、これ以上の強化は今は考えなくていい。
魅了はまだ壱の位階だが、今後位階を上げるのに丁度良さそうな素材の心当たりは既にある。
残りの八つが弐の位階で、強化を狙いたい物。
なお、現状まだ伏呪が付いていないのは沈黙、暗闇、魅了、重石の四つ。
んー、となるとだ。
沈黙、暗闇、重石の三つで伏呪を付けつつ参の位階に上げることを狙ってみたいかもしれない。
「ーーー……」
「ん?」
「どうしたでチュか?」
「微かにだけど、何かが動いたような感じがしたわね」
「ざりちゅは感じなかったでチュが……警戒するでチュか」
と、ここで私たちの背後の木々が空気の動き以外の理由で微かに動いた気がした。
化身ゴーレムが私の言葉を受けて、私の背後に向けて構えを取る。
私もネツミテを錫杖形態に変えて、何時でも攻撃出来るように身構える。
「ーーー!」
「「!?」」
明確に何かが動いた。
私がそう感じた瞬間、『CNP』では滅多に起きない現象である、周囲の光源が悉く失われて暗闇に閉ざされると言う現象が発生した。
「何が……っう!?」
「たるうぃ!?」
私は反射的に周囲の呪詛支配を強め、私の支配に割って入ろうとする存在を認識する事で、周囲の状況を把握しようとした。
だが、何も見えず、感じ取れず、聞こえず、接近してきているものなど無いと感じていた私の側頭部が、鋭い何かを有するものによって蹴り飛ばされる。
「この……『熱波の呪い』!」
「ちゅああぁぁっ!?」
『熱波の呪い』を発動。
咄嗟に地面にダイビングして伏せた化身ゴーレムの周囲以外の呪詛を激しくかき混ぜ、付与された火炎属性と呪詛属性の攻撃判定によって焼き払い蝕む。
その後、私の周りに隙間なく出現させた呪詛の剣を高速回転させつつ、少しずつ私の体から遠ざけて行く事で、何処に隠れていようが切り刻めるようにしていく。
「羽根?」
結果、一枚の漆黒の羽根が切り裂かれることによって、暗闇は解消された。
だが、敵の姿は見えない。
周囲の木々はほぼ切り倒され、風化し、隠れる場所など無いはずなのだが、それでも敵の姿が見つからない。
「ザリチュ。臭いとか分かる?」
「ちょっと分からないでチュね……」
「そう」
何となく読めてきた。
私たちに襲い掛かってきた何かは、姿が見えず、音を鳴らさず、匂いを出さず、周囲の呪詛に溶け込むことが出来る、隠密能力に優れた何かなようだ。
ただ、わざわざ暗闇環境を作り出してきたことからして、姿を隠せるのは暗闇環境でのみ。
そして、暗闇環境を作り出すのに鳥系の羽根が利用されていたことを考えると、相手は鳥型ではないかと推測できる。
つまり……現実の動物だとフクロウ辺りが近そうか。
「相手はたるうぃの頭を蹴ったんでチュよね? 劣竜血の効果で何か起きていないでチュかね?」
「起きていたら、さっきの攻撃に手応えがあったと思うわよ。だから劣竜血はハズレを引いたと見ていいわ」
ああそれと、攻撃力は低めと言えるか。
あの暗闇環境で完璧な不意打ちされたのに、私のHPは一割も減っていない訳だから、たぶん普通のプレイヤーでも問題なく耐えられるレベルだ。
「「「ーーーーー!」」」
「おっと、別なのが寄ってき始めたわね」
「でチュね。処理するでチュよ」
暗闇環境を作り出した何かの生死は分からない。
だが、『熱波の呪い』による広範囲攻撃が災いしたのか、別のカースたちがこちらに近寄ってきている。
毒頭尾の蜻蛉呪モドキ、虎型カース、牛型カース、蛸型カースと居るが、どれも回収する価値は薄そうなカースたちなので、周囲に注意を向けつつ私とザリチュは攻撃を仕掛けていく。
「来たっ!」
そうしている間に、再度、暗闇が私たちを包み込む。
元凶のカースの姿は見えない。
だが、他のカースたちの姿は見えている。
つまり、この場で見えないカースこそが元凶と見ていいだろう。
「ふんっ!」
「!?」
だから私は大量の呪詛の鎖を私の体に巻き付けつつ、あらゆる方向に向けて伸ばしていく。
そして何かが呪詛の鎖に引っかかった。
引っかかった何かは既に呪詛の鎖を抜け出そうとしており、雁字搦めにして捕えようと思ってもすり抜けてしまうようだ。
「『灼熱の邪眼・3』!」
「ーーー」
だから伏呪付きの『灼熱の邪眼・3』で焼く。
虚空に炎が浮かび上がり、何かが小さく鳴くような声が聞こえ、手ごたえはあった。
だが、追撃を加えるよりも早く何かは呪詛の鎖を抜け出し、暗闇の中へと消え去ってしまう。
「ザリチュ!」
「任せるでチュよ! たるうぃ!」
それを化身ゴーレムが追いかける。
暗闇環境を作り出すカースは伏呪付きの『灼熱の邪眼・3』を受けた、故に自然回復だろうが何だろうが、灼熱の効果が発揮されれば、その身は悪臭を纏う事になる。
そうすれば私はともかく、化身ゴーレムの鼻を誤魔化し、追跡を振り切るのは不可能となる。
「仕留めたでチュ!」
「よくやったわ。ザリチュ」
化身ゴーレムが逃げたカースを仕留めるのと、私が周囲のカースの排除を終えるのは、それから暫く経った頃。
そして化身ゴーレムが私に見せたのは、全身が漆黒の羽毛に覆われたフクロウに似た鳥型のカースだった。
09/05誤字訂正