649:バブルホール-1
「ログインっと」
「おはようでチュ。たるうぃ」
「おはよう。ザリチュ」
さて、本日は木曜日である。
とりあえず熱拍の樹呪の果実を取った影響が収まってきた『熱樹渇泥の呪界』の様子を確認。
造石の宿借呪に似たカースの追加は……相変わらずなさそうだ。
こうなってくると、居たとしてもかなり特殊な場所に居そうなので、誰かが見つけ出すまでは気にしない方がいいだろう。
「あら、今日はストラスさんだけ?」
「はい。『虹霓鏡宮の呪界』の素材だけでは足りない物が出てきたと言う事で、ザリア様たちは別ダンジョンに向かいました。残っているのは私と検証班のメンバーだけですね」
「なるほど」
次に『虹霓鏡宮の呪界』についてだが、此処三日ほど数十人で攻略し続け、先に進むには収奪の苔竜呪の攻略が必須になったと言う事で、その対策のために必要なものを回収するためにも、別ダンジョンの攻略が始まったようだ。
「ちなみにストラスさんの今日の予定は?」
「私たち最前線組から一歩引いた程度のプレイヤーでも恐羊の竜呪、牛陽の竜呪を安定かつ効率的に狩れるようにする手段の模索ですね。この二体の素材は特に需要も多いですから」
「なるほど」
「羊毛、牛革、角、肉……納得でチュね」
そういう事なら、私もちょうどいい機会であるし、別のダンジョンを見に行ってもいいだろう。
で、可能ならばそこで新たな第三の位階の邪眼術を習得するのに使えそうな素材を回収したいところでもある。
「じゃ、私たちも外に出るから、無茶や変な検証はしないように」
「勿論です。タル様」
と言う訳で、私とザリチュは久しぶりに『理法揺凝の呪海』に移動。
そちらからサクリベスの周辺に異常がない事を確認した上で、サクリベスの北西……砂漠、雪山、森、草原、それに二つの境界線上に存在するエリアの端が交わった上に、私、アイムさん、クカタチが呪限無を作成する事によって不安定が押し付けられた場所へと向かう。
その場所に付けられた名前は『泡沫の大穴』、管理者不在の特殊なダンジョンである。
「これはまた何と言うか……独創的な形をしているわね……」
「あ、そう見えているのはざりちゅたちの様なカースだけみたいでチュよ。掲示板には、大きいだけで何の変哲もない岩の祠のような写真が上がっているでチュから」
私たちは『理法揺凝の呪海』から『泡沫の大穴』の入り口近くの空間へ移動した。
そして見えたのは、四つの地形が入り混じった結果として荒涼としたものになった大地と、その大地の中心にそびえる高さ20メートル、直径10メートルほどはありそうな、円筒形に近い形の岩であり、岩は中に入ることが出来るようになっていて、ザリチュの言う通り祠の様でもあった。
で、そんな岩の祠の頂点から空に向かって虹色の柱が立つと同時に、様々な風景を浮かべるシャボン玉が浮かび上がっては消えている。
更には岩の祠の周囲では不規則にノイズや亀裂のようなものが空中や地面に走っているし、その走っているノイズと亀裂の一部からは形容しがたい色合いの水晶が出現しては消えたりしている。
「おいアレって……」
「あ、タルだ。ドラパ……『虹霓鏡宮の呪界』の攻略はどうしたんだ?」
「こっちが気になって様子を見に来たとかじゃないか?」
「タルがダンジョンに入ったら、どんな地獄になるんだろうな……」
だが、そんな見えてはいけない物が見えているのは私とザリチュぐらいらしく、数十人居るプレイヤーたちはまるで気にしていない様子だ。
と言うか、普通にノイズも亀裂も水晶もすり抜けてしまっている。
「行きましょうか。細心の注意を払いつつ」
「でチュね」
やはり此処はかなり不安定な場所だ。
だが、不安定と言う形で安定してしまってもいる。
ならば、私が安易に手を加えない方が、色んな意味で安全だろう。
私はそんな事を考えつつ、ノイズ、亀裂、水晶をごく自然な動作で避けつつ、岩の祠の内部に入っていく。
「他のプレイヤーの姿が消えたでチュね」
「そうね。つまり、此処は既にダンジョンの内部でもあると言う事ね」
岩の祠の内部にあった物は二つ。
一つはセーフティーエリアに通じる結界扉。
もう一つはダンジョンの本体に通じるであろう下り階段だ。
「鑑定っと」
私はセーフティーエリアの登録を済ませた上で、このダンジョンの鑑定をしてみる。
△△△△△
泡沫の大穴
不安定な存在、自然に生じた歪み、他が是正されたが故に生じる撓み。
それらが集まる事でこの大穴は形成された。
底なしの大穴は行くものに影響されて、千差万別の世界を弾けるまでの一時だけ見せる。
呪詛濃度:20 呪限無-浅層
[座標コード]
▽▽▽▽▽
≪ダンジョン『泡沫の大穴』を認識しました≫
「ふうん……」
「掲示板情報によれば、入ったプレイヤーのレベル、異形度、装備品、取得呪術、称号などなど、とにかくあらゆるものがダンジョンの構造や出現するモンスターあるいはカースに影響を及ぼすようでチュね。おかげで入る度に何もかもが変わってしまうから、強制ソロなのもあって、検証班泣かせのダンジョンになっているようでチュ」
「まあ、そうでしょうねぇ」
鑑定を終えた私は改めて奥に向かう階段を見る。
うん、階段の先の呪詛濃度は明らかに濃い。
『虹霓鏡宮の呪界』ほどではないだろうが、22ぐらいはありそうだ。
「とりあえず行ってみましょうか。話はそれからよ」
「まあ、そうでチュね」
私たちは階段を下っていく。
そして、階段の先に見えたのは、地面は渇いた砂で覆い尽くされているのに、密林のように木々が生い茂る空間だった。