630:現実世界にて-19
「こっちだと久しぶりに感じますね。芹亜」
「まあ、私たちの主観的には約二週間ぶりくらいにリアルで会っていることになるものね。羽衣」
「二週間どころか三ヶ月ちょっとぐらいな気持ちですけどね」
「主観時間を弄っているタイプのVRゲームあるあるね」
本日は2019年9月9日、月曜日。
『CNP』公式第四回イベント『空白恐れる宝物庫の悪夢』の翌日である。
と言う訳で、私とザリア……芹亜は月曜日恒例の大学で会って、昼食会兼情報交換会である。
「んー、情報交換会と言っても、イベント関係で話し合える事は殆どない感じよね」
「そうですね。第四回イベントについては中で会う時間があったから、そこで話は終わってますし。次は普段組んでいるメンバーで組んでの探索と戦闘になるはずですから、私と芹亜で交換する情報は特に無いんですよね」
「名称と外見を載せた目録も公表されるのは来週だものね」
私と芹亜は昼食を食べつつ、イベントの感想を少し話した。
その後、交換する情報がないかと思ったわけだが……まあ、イベントに限っては特にこれといった情報はないか。
「『虹霓鏡宮の呪界』についての話をしておきましょうか」
「羽衣の所有する新たな呪限無。鼠毒の竜呪やイベント中に戦っていた多頭竜や虎ティラノが居るとされる場所、だったわね」
「ええそうです。ちなみに昨日、イベントが終わった後に邪眼術を一つ強化したので、牛ドラゴンが居る場所にもたぶん行けます」
「え、何それ……ああ、待った。そう言えば千華が昨夜『タルさんと一緒に戦って超強化されたー』とかなんとか言っていた気が……」
では、『虹霓鏡宮の呪界』についての話をするとしよう。
「その話で合ってますね。まあ、侵入方法から順番に話していきます」
「分かったわ」
まず話すのは『虹霓鏡宮の呪界』への行き方。
それともう一つ。
「で、芹亜の知り合いに居たら頼みたいのですが、契約関係の呪術を使えるプレイヤーは呼べますか?」
「契約関係……一応居るわね。もしかしなくてもそういう事?」
「ええ、そういう事です。侵入の度に私の許可を求めたり、助力を願ったりするのは面倒です。でも、だからと言って、無秩序に開放するのは、私のプライベートな空間を通る事を抜きにしても、危険なので」
「分かったわ。私の知り合いで信用できそうなのを複数人呼んでおく」
「お願いします」
『虹霓鏡宮の呪界』攻略を円滑に進めるために必要な契約を結ぶための打ち合わせだ。
「それと、同じ話をマントデアとスクナ、ストラスさんにライトリにもしておいた方がいいわね。どうせ呼ぶんでしょ?」
「呼びますね。必須ですか?」
「必須ね。鼠毒の竜呪の歯短剣のスペックを考えたら、馬鹿な事を考えるプレイヤーが出て来るのは普通に考えられるもの」
私は芹亜とどういう内容で契約を結ぶか、真剣に考えていく。
まず大前提として契約の主と言うか、締結や破棄の権利は必ず私が持つことで、最悪の場合には全員のアイテムを没収した上で強制退去させられるようにしておく。
芹亜たち、私のフレンドや直接の知り合いに持たせるのが、『虹霓鏡宮の呪界』に入る事と、芹亜たちに同伴すれば他のプレイヤーを入れてもいいと言う権利にしておく。
芹亜たち権利を与えられたプレイヤーは相互監視をして、問題を起こさないようにする義務がある、と言う感じだ。
「羽衣、これってなんだかギルド業務の類みたいね」
「ですね。まあ、仕方がないです。問題が起きてからでは遅いですから」
と言う訳で、契約のおおよそは完成と。
なお、契約の仲介者には仲介料の類は払うが、継続的な権利は一切渡さない予定である。
うん、芹亜の言う通り、何かの事務作業のような様相を呈してきている気がする。
あるいはとある地主の所有する山に鉱山が発見されて、そこに入って採掘したい人間との交渉と言うか……。
「地主みたい、とか思っているなら、それで間違いじゃないと思うわよ。今の羽衣の『CNP』内での立場は地主のようなものだもの」
「……。まあ、『ダマーヴァンド』とそれに付随するダンジョンの管理者は私ですからね。確かに地主ですか」
「山一つ、ビル一つ、屋敷一つ、塩田一つ、世界一つに宮殿一つ、地主も地主、大地主ね。今更だけど」
「改めて列挙してみると、本当に大地主ですねぇ」
ちなみにこれは後に知った話だが、高異形度プレイヤーの中には私と同じように複数のダンジョンを所有し、そこを管理運営する事で利益を上げる地主系プレイヤーと言うのが、割と現実的なスタイルとして確立されつつあったらしい。
その走りと言うか、切っ掛けが誰だったのかについては口をつぐむが。
「で、さっき言っていた牛ドラゴンと言うのは?」
「そうですね……」
その後話したのは『虹霓鏡宮の呪界』の鏡の扉に備わっている仕掛けを詳細なレベルで。
そして、その先で待ち受けているであろう四種類のドラゴンについてだ。
だが芹亜が一番気にしたのはドラゴンではなかった。
「羽衣の邪眼術そのままって……情報の秘匿的に拙いんじゃない?」
芹亜が一番気にしたのは、情報の流出の方だった。
「そこは割り切ってます。それにほら、情報が漏れた程度でどうにか出来るような代物でもありませんから」
「それはそうかもしれないけど……」
「どうしてもと言うなら、次回のイベントで私寄りに動くか、私が知らない何かを持ってきてくれればそれでいいですよ」
「分かったわ。考えておく」
まあ、私的には特に問題のない事項である。
第三位階の邪眼術は回数制の防御でなければまず防げないし、それは第二回イベントの頃から少しずつ出て来ていたもの。
本当に今更である。
「では、また今夜」
「ええ、また今夜」
と言う訳で、話し合いは無事に終了し、私たちは一緒に大学を後にした。
08/19誤字訂正