627:タルウィスコド・3-5
「くっ……なんて言う……」
状況確認。
私は闘技場の端まで吹き飛ばされた。
火球は消えていたので、ダメージは多いが、それだけで済んで……いないか。
地味に悪臭の状態異常のスタック値がまた増えている。
「せいやっ!」
「……」
クカタチは上手く牛ドラゴンの体に貼り付けていたのか、無事なようだ。
背中に戻って、攻撃を再開している。
そして牛ドラゴン自体は静かにその場で待機。
吹き飛ばし能力と威力に偏っているためか、先ほどの前足叩きつけはこれまでの他の攻撃と違って、場に何かを残す事はないようだ。
「私の攻撃は地道に『毒の邪眼・3』を撃ち込むしかなさそうね」
私は牛ドラゴンが再び火球の配置をしてくる事を考えて、闘技場の端からある程度牛ドラゴンへと接近。
それから伏呪付きの『毒の邪眼・3』を一回撃ち込む。
これで灼熱の状態異常のスタック値減少も多少はマシになるかもしれない。
後は地道に通常の『毒の邪眼・3』を撃ち込むことになるだろうか。
「ブモッ」
「何が来る……」
「わわわ……」
牛ドラゴンが鳴き、少しずつ動き出す。
次の攻撃が行われる合図だ。
動いたのは……首の枝葉。
「ブモカアァァドオォォラアアァァ!」
「「!?」」
牛ドラゴンの首の枝葉の内、立派でしっかりした枝葉から葉っぱが射出される。
射出された葉は短剣のような鋭さを有しており、その数は万には確実に達している。
そして、放たれた葉は道中にあるものを切り裂きつつ不規則に飛んでいき、やがて動きを止めて闘技場の地上あるいは空中に設置された。
牛ドラゴンの体に貼り付けていたクカタチはほぼ被害なし。
私も全身を浅く切られたが、この程度ならば問題ないだろう。
これまでの攻撃に比べたら随分と温い。
「んぐっ!? おぼろろろろろろ……」
「タルさん!?」
そう思っていたら、私は急に吐き気を覚え、それを我慢しきれずに胃の内容物を嘔吐。
満腹度が急激に減り、CTがリセットされた。
原因は……今の攻撃でスタック値が100を超えた悪臭の状態異常。
つまり、この強制嘔吐こそが、悪臭の重症化状態と言う事。
そして、牛ドラゴンの葉は……刻んだ相手に悪臭の状態異常のスタック値を大量に与えるのがメインの攻撃であったらしい。
本当にこの牛ドラゴンは長期戦に特化している。
「ブムゥドォ!」
「はぁはぁ……アンタまで吐くな! 牛ドラゴン!」
「胴体は完全に駄目……やっぱり首か頭!」
私は吐き気を抑え込むまでの間に、今度は牛ドラゴンが口から吐瀉物……いや違う、溶岩を吐き出した。
だがこの攻撃ならば問題はない。
直撃さえ避けられれば、地面の上に溶岩の海が広がろうとも、空を飛ぶ私と牛ドラゴンの体に張り付くクカタチには影響は出ない。
そんな中でクカタチが牛ドラゴンの頭へ向かって移動を開始する。
「ブモード!」
「っ!?」
「クカタチ!?」
が、牛ドラゴンの首に生える枝葉の内、枯れかけた枝葉がクカタチの接近と同時に燃え上がり、クカタチがその先へと進もうとするのを抑止する。
だが、そんな誰の目に見ても明らかなカウンター行動をすると言う事はだ。
「大丈夫ですタルさん! この程度の炎と密度なら行けます!」
「分かったわ! でも無理はしないように!」
「……」
牛ドラゴンにとって、頭部は重要なパーツであり、そこへの攻撃は可能な限り避けたいと言う事だ。
そして牛ドラゴンの首は悪臭付与の枝葉と炎上する枝葉が入り混じる形で茂っており、どちらか片方だけが茂っている場所を数メートルも突破する必要はない。
で、クカタチの体は熱湯スライムであり、高い火炎属性耐性と伸縮自在な体を持っている。
「スクナさん直伝! 感覚器が弱点でない生物は居ない!」
「ブモウッ!?」
「さ、流石ね……」
故に、クカタチは私が驚くようなスピードで牛ドラゴンの首を登りきると、自身の体を鮫の形に変形。
牛ドラゴンの目玉に齧り付き、そのまま牛ドラゴンの頭の中へと突き進んでいく。
この攻撃には流石の牛ドラゴンも危機感を覚えたのか、これまでと違って大きく鳴き、怯み、クカタチを振り払おうと、大きく首を振る。
「ブモウウウウゥゥゥ!?」
「っう!?」
これでこちらが与えるダメージ量は大幅に増えただろう。
だが問題がないわけではない。
「タルさん!? でもすみません! 攻撃の手は緩められないんで、頑張ってください!」
「言われなくても大丈夫よ! それよりクカタチも無理はしないように!」
「ブムウウゥゥリュウウゥゥカアアァァ!」
まず牛ドラゴンがあの巨体で暴れ回るため、非常に危険。
油断してると……いや、油断していなくても相手の行動を読み間違えると、恐ろしい風切り音を響かせる牛ドラゴンの体に触れてしまって、潰されかねない。
次にこの状態でも牛ドラゴンは攻撃を仕掛けてくる。
今も無数の光球を設置し、火球に変化させる攻撃を始めており、攻撃から逃れるために暴れ回る牛ドラゴンに向かって飛んでいくと言う、出来ればしたくないような動きをさせられている。
それとクカタチ自身の安全の問題もあるか。
なにせ齧り付いているのが牛ドラゴンと言う、危険なカースの体の一部であり、おまけに進んでいる先がカースの体内だ。
異形度上昇の可能性も、キャラロストの可能性もある。
無理だけはしないで欲しいものだ。
「ブモッ! ブミャアッ!?」
「と言うかこれ、私とクカタチだから何とかなっているけど、他プレイヤーだったらどうしようもないんじゃ……と、etoditna『毒の邪眼・3』」
「デスロオオォォル!」
いや、他プレイヤーだったらどうしようもない可能性については、試練で出て来るのが特別な個体だからと思っておこう。
その方が精神衛生上よろしい。
牛ドラゴンのHPは膨大で、倒すまでにはまだまだ時間がかかるのだから、精神の安定は必要だ。
何時の間にか闘技場に溶岩の海と火球が同居しつつ、回転するクカタチが目に突き刺さった牛ドラゴンが暴れ回ると言う混沌とした状況になっている事に頬を引きつらせつつも、私は『毒の邪眼・3』を撃ち込んだ。