624:タルウィスコド・3-2
「っと。着いたわね」
いつものように落ちてきて、いつもの円形闘技場に辿り着いた。
『悪創の偽神呪』は……居た。
仮称裁定の偽神呪も今回は居る。
「やれやれ、悪夢から覚めた直後だと言うのに盛んな事だ。『虹霓竜瞳の不老不死呪』タル」
「素材は揃っていたんだもの。そしてそこまで疲れているわけでもない。なら、挑むに決まっているじゃない」
私は貴賓席に居るトカゲ姿の『悪創の偽神呪』に話しかける。
同時に周囲を見渡すが、他のプレイヤーの姿はまだない。
「来たようだな」
「そのようだ」
「アレは……」
「きゃああああああぁぁぁぁぁぁっ!」
と、思っていたら、上の方から巨大な水の塊が落ちて来て、私の近くに大きな音をたてながら着地。
しかし、そんな大きな音を立てたのに湯気を上げる水の塊は少し潰れた球体と言う感じで、形を保っている。
うんまあ、誰が呼ばれたかは分かった。
「クカタチ。今回は貴方がゲストなのね」
「お、おおぉぉ……ちゃんと生きてる。あ、タルさんこんにちは。ゲストとして呼ばれたので来ました」
「そう。クカタチが手伝ってくれるなら心強いわ」
はい、と言う訳で今回のゲストはクカタチ、と。
今回の試練は『灼熱の邪眼・2』の強化なので、熱繋がりでクカタチが呼ばれたと考えるべきだろうか。
『灼熱の邪眼・2』の起源的にはクカタチよりもスクナの方が縁があったはずだし。
「ありがとうございます。とりあえず人型にしておきますね」
「分かったわ」
クカタチはそう言うと、自分の体を圧縮変形して、半透明な人間と言った姿にする。
なお、ローブのようなものを身に着けているし、腰には短剣のような物を提げている。
恐らくだが、該当する装備を取り込む形で身に着けて、見た目だけではなく、中身も伴うようにした物だろう。
私の知る範囲だと、クカタチの呪術は変身して、モンスターの姿と能力を模倣する事。
今、何に変身できるかは分からないが、適切な変身を選べば、試練攻略に際する大きな手助けとなる事は確実だろう。
「では、ゲストである『揺湯の不老不死呪』クカタチも来たところで、今回の試練の相手を紹介するとしよう」
「あ、クカタチはそういう称号なのね」
「ですよー」
『悪創の偽神呪』が呪詛を集め始める。
ちなみに『揺湯の不老不死呪』の特徴として表記されたのは、熱湯で体を構築している事と、その姿形が揺らいで不定である事らしい。
それと何となくだが、クカタチが『七つの大呪』の内、反魂と魔物の呪詛の影響を強く受けている事も影響してそうな気がしなくともない。
「ふふふ、よそ見をしていていいのか?」
「よそ見と言われても、出現中に私たちが出来る事なんて殆どないじゃない」
と言いつつも、私はこの場に起きている異常に気づいた。
そう、異常だ。
『悪創の偽神呪』が集めている呪詛の量と範囲がおかしいのだ。
私の目が正しければ、呪詛の霧は直径が100メートルを超えるような規模で集められている。
これまでの試練の経験から、集められた呪詛の量と生み出されるカースのサイズはだいたい一致、あっても一回り小さくなる程度だと思っている。
なのに、直径100メートル?
「飛ぶわ」
「分かりました」
「くくく、そうだな。上から見た方が分かり易いかもしれん」
クカタチも既に異常と危険を感じているのだろう。
完全に身構えている。
そして私は空を飛び、斜め上から集められた呪詛の霧の状態を見る。
呪詛の霧は……やはり直径100メートルの正円を描いている。
「角……」
呪詛の霧から少しずつ今回の試練の相手であるカースが姿を現わし始める。
まず見えたのは、天を衝くような巨大で太い二本の角、巨大な角の根元には小型の角が何本も生えているようだ。
次に現れたのは牛によく似た、けれど立派な牙が生え揃った口と、炎のように真っ赤な赤毛を生え揃えた頭。
「木?」
立派な枝葉と枯れかけた枝葉が入り混じって伸びている首が出て来た。
恐ろしく太く……長い。
首だけで50メートルは確実にある。
やがて首は太くなっていき胴となり、合わせて枝葉は消えて、代わりに樹木の幹のような文様を持ったものになっていく。
「あわわわわ……」
クカタチの方でもだいぶ相手の姿が見えて来たのか、人型を保てなくなってきている。
かく言う私の方は……首と同じように枝葉が生え揃い、先端に棘付きの鉄球のようにも見える巨大な球体が付いた尾が見えてきて、頬を引きつらせていた。
「いやいやいや……これ、サイズおかしくない?」
そして最後に巨木のような太さと逞しさを持った脚が現れた。
脚の先に付いている爪は鉤爪ではなく、蹄の方が近い。
「ど、どうしましょうか……タルさん……」
「どうするもこうするも……」
総評するならば、首長竜あるいはキリンに牛の頭と植物の要素を組み合わせたカースと言うところか。
牛要素はヒトテシャ素材から、植物部分は各種植物素材から、首長竜あるいはキリンの要素の出所は……よく分からない。
牛とキリンは同じ偶蹄目なので、その辺に巨大なカースである熱拍の樹呪の要素が変に混じったとかだろうか?
なんにせよ、何度見てもサイズがおかしい。
首を上げていれば、地面から頭の上まで100メートル近くある。
首と尾を横に伸ばせば、その長さは250メートル近くあるだろう。
マントデアすら小人に見えてしまうような異常なサイズだ。
「では……」
私たちが困惑している間にも余った呪詛の霧が頭部に生える巨大な角の間へと集まっていく。
「試練開始だ」
「ブムウウゥゥドオオォォカアアァァ!!」
「「!?」」
そして角の間にまるで太陽のような輝きを放つ火球が生じ、牛ドラゴンが衝撃波を伴う勢いで咆哮を放つと、周囲に熱波と異臭が撒き散らされた。