623:タルウィスコド・3-1
「さて、材料はっと」
私は『ダマーヴァンド』に置かれている各種素材を手元に集めていく。
具体的にはヒトテシャの肉と膀胱、各種香草、垂れ肉華シダの膨葉、『ダマーヴァンド』の毒液、熱拍の樹呪の果実、硫黄の火の残り火、満腹の竜豆呪、それと……火酒果香の葡萄呪の果実と千支万香の灌木呪の枝葉だ。
「えっ、その二つを使うんでチュか? 正直、今のたるうぃでも危険だと思うんでチュが……」
「危険なのは分かっているわ。でも考えてみて、ザリチュ。この二つの素材を放置して、明日『虹霓鏡宮の呪界』に行ったらどうなると思う? 放置して使い物にならなくしたらどうなると思う? 最悪、今回は習得に失敗してもいいわ。各方面の安全を得る事の方が重要、そうは思わないかしら」
「……。否定できないでチュー……」
なお、火酒果香の葡萄呪の果実と千支万香の灌木呪の枝葉を邪眼術習得の料理以外に使う気はない。
それはそれで、あの二体のカースからのレベハラが行使される予感がするのだ。
「と言う訳で作業開始よ」
「分かったでチュ」
ザリチュが納得してくれたところで私は作業を始める。
と言ってもまあ、イベント直後と言う事もあり、そこまで拘った料理にはしない。
まずはヒトテシャの肉をミンチ状にした後、みじん切りにした各種香草、垂れ肉華シダの膨葉、満腹の竜豆呪、火酒果香の葡萄呪の果実、千支万香の灌木呪の枝葉を混ぜ合わせる。
なお、分量的には火酒果香の葡萄呪の果実と千支万香の灌木呪の枝葉は極少量のレベルだ。
「うわっ、凄い良い匂い……」
「ジュルリでチュ……」
だが、流石は推奨レベル50素材と言うべきか、火酒果香の葡萄呪の果実も千支万香の灌木呪の枝葉も本当に少ししか入れていないのに、とてつもなく美味しそうな匂いがしている。
ヒトテシャの肉は火を通していない生肉で、食べれば食中毒の危険だってあるはずなのに、それでもなお油断したら今この場で口の中に運んでしまいそうになる。
やはりこの二つの素材を本来回すべきは魅了だったか……だが、今はまだ『魅了の邪眼・1』の強化に使えそうな素材に心当たりはないので、料理に集中しよう。
「これを熱拍の樹呪の果実に貼り付けてっと」
「ヒトテシャの肉だからか、焼けたりはしないようでチュね」
私は混ぜ合わせた肉だねを熱拍の樹呪の果実に貼り付けていき、一回り大きな球体にする。
そして球体の頂点に硫黄の火の残り火を埋め込んでから、ヒトテシャの膀胱の中に入れ、残った隙間に肉だねの残りを注ぎ込んで、隙間を埋める。
なお、口を閉めるのは垂れ肉華シダの蔓を使う。
「えーと、果実と枝葉の残りで軽く燻煙してっと」
さて、そろそろ私が何を作っているかは分かっただろう。
そう、今回は膀胱を容器にしたソーセージである。
と言う訳で、軽く乾燥させてから、火酒果香の葡萄呪の果実と千支万香の灌木呪の枝葉の余りに火を点けて、燻煙。
うん、やはりとてつもなく良い匂いがする。
「最後に毒液で茹でて、焼いて……完成っと」
「ジュルリでチュ……」
そうして最後に『ダマーヴァンド』の毒液で煮てから、軽く表面を焼くことで完成させた。
後は呪怨台に乗せて呪うだけである。
なお、煮終わった時点で、何故か膀胱ソーセージ全体が紅色のトラペゾヘドロンになっている。
まあ、三の位階にする料理ならいつもの事である。
「じゃ、呪怨台ね」
「でチュね」
では、呪怨台に乗せよう。
「私は第三の位階、神偽る呪いの末端に触れる事が許される領域へと手を伸ばす事を求めている」
呪怨台へと赤と黒と紫の呪詛の霧が集まっていく。
呪詛の霧への干渉をして、私にとって都合のいいように調整もしていく。
「望むは火、炎、焔、太陽。我が敵を悉く焼き焦がし、癒えぬ傷を与え、救済の行き先を変え、死神を導く臭いを与える紅き光である」
呪詛の霧が紅色に変化。
同時に呪怨台が置かれているセーフティエリア全域が灼熱の炎に包まれ、火の海が形成される。
「私の灼熱をもたらす紅色の目よ。深智得るために正しく啓け」
だが、ただの火の海ではない。
火の海は幾何学模様を形成しており、幾何学模様が集束することによって13本の火柱が形成され、その先端には紅色の結晶体が形成される。
「望む力を得るために私は炎を食らう。我が身を以って与える灼熱を知り、香気の世界を抜け、打ち勝ち、己の力とする」
火柱が呪怨台へと迫っていき、その中心へと一本ずつ飲み込まれていく。
合わせて呪怨台に集まっている霧も中心に飲み込まれていく。
膨大な量の熱によって私のHPは少しずつ削れ、灼熱のスタック値も増えている。
だが、これでもまだ熱量が足りない。
「宣言、紅の灼熱をもたらす呪詛の剣と蔓よ。我が前に立ち塞がるものを焼き払い、道を拓け。ezeerf『灼熱の邪眼・2』」
だから私は更に熱を足した。
太陽のような輝きが呪怨台の上に生じ、しかし、発生したはずの膨大な熱量は全て呪怨台の中心へと飲み込まれていく。
そして霧が晴れ、現れたのは、紅色のトラペゾヘドロンと言う形をとった、大量の香気と湯気を纏ったソーセージだった。
では、鑑定。
△△△△△
呪術『灼熱の邪眼・3』の膀胱ソーセージ
レベル:35
耐久度:100/100
干渉力:135
浸食率:100/100
異形度:20
呪われた肉で作られたソーセージ。
覚悟が出来たならば、よく味わって食べるといい。
そうすれば、君が望む呪いが身に付く事だろう。
だが、心して挑むがいい。
擁する力の性質を十全に行使する事を前提として、門は聳えているのだから。
さあ、貴様の力を私に見せつけてみよ。
▽▽▽▽▽
「んん?」
「あの二つの素材を使ったにしては、推奨レベルが低いでチュね」
「んー、格上過ぎたから、匂いを付けるだけ付けて、何処かに霧散しちゃったのかしら?」
「かもでチュねぇ」
私は戦闘準備を整えていく。
ザリチュも念の為にと言う感じで、戦闘準備を整える。
「ざりちゅの代わり、今後は必要かもでチュねぇ」
「どうかしら? 試練の為だけに用意すると、それはそれで嫌な予感がするのよねぇ」
『死退灰帰』と適当なブースターも飲んで異形度30になり、準備完了。
では食べてみよう。
「あ、ヤバいわ。これ」
味は?
とても良い。
一口食べて味わっている時には、既に二口目を食べたくなっている。
豊かな香草の香り、硫黄の火の残り火の甘み、微かな酒の匂い、肉の旨味、全てが噛み合っていて、手も口も止まらない。
だから私はソーセージを食べ続け、本来ならば不味いと言われているはずの熱拍の樹呪の果実部分も、満足感を覚えつつ食べきってしまった。
「じゃ、行ってくるわ」
「頑張るでチュよー」
そして私はザリチュを残し、足元に開いた穴の中へと落ちて行った。
08/12誤字訂正