615:4thナイトメア5thデイ・タルウィスタン・3-2
「さて、前回と同じならとっとと始めて欲しいところではあるんだけど?」
「そう急ぐな。今回は特別ゲストも居るのでな。少し待て」
「特別ゲストねぇ……」
落下すること数十秒。
辿り着いたのは昨日も訪れた闘技場である。
そして、『悪創の偽神呪』は既に貴賓席に姿を現わしていた。
「安心しろ。一緒に戦っても貴様の足を引っ張るようなゲストではない」
「ふうん……」
さて特別ゲストか。
『悪創の偽神呪』の言葉通りなら、この後の戦闘で私の足を引っ張るような人物ではないらしい。
考えられる敵のスペックを考えると、援護がある事は嬉しいが、誰だろうか?
いやだが、ゲスト?
私の邪眼術の強化のための試練にゲスト……つまりは外の人物を招く?
そういう事はあり得るのだろうか?
いやまあ、あり得るからこそ、特別ゲストが居ると言う話になっているのだが。
「ーーー……」
「ん?」
「来たようだな」
そうして待つ事二分ほど。
闘技場の上空から何か音が聞こえ……。
「ごばぁ!?」
「!?」
巨大な何かが落ちてきて、闘技場全体が揺れた。
いや、巨大な何かと言ったが、落ちてきたのは……。
「マントデア!?」
「ぐっ……ダメージはないが衝撃が……」
マントデアだった。
「と言う訳で、特別ゲストの『大雷の不老不死呪』マントデアだ」
「待って、特別ゲストって、プレイヤーなの? それは流石に相手側に迷惑が……」
「勿論、同意の上で招いているから安心しろ。それに結果によらず最低限の報酬は申し出を受け入れた時点で約束している。また、今回はイベント中と言う事で、時間の流れは変えていないが、普段ならば長くても数分程度だ。安心しろ」
「つまり今後も招くことはあると言う事ね……」
マントデアがゆっくりと立ち上がる中で私は『悪創の偽神呪』の言葉に思わずため息を吐きたくなる。
いやまあ、『悪創の偽神呪』ならばゲストへの報酬は心配しなくてもよいのだろうけど、何時呼び出されるか分かった物ではないと言うのは、こういう場に呼び出される可能性がありそうなプレイヤーにとっては気が気でないのではなかろうか……。
とりあえずザリアは今後何処かで呼ばれそうな気がする。
「あー、うん。意識がしっかりしてきた。もう話は聞いていると思うが、協力させてもらうぞ。タル」
「分かったわ。マントデアなら、こちらとしても心強いわ」
なんにせよ今は試練に集中するべきか。
とりあえずゲストがマントデアならば、戦力として不満はないどころか、一番ありがたいまである。
私が後衛で、マントデアが前衛として動けば、だいたいの相手はどうとでもなるはずだ。
「では、そろそろ試練を始めるとしよう。内容は前回と同じ。今から私が生み出す呪いに打ち勝て。ただそれだけだ」
『悪創の偽神呪』が指を鳴らす。
その音を聞いた私はネツミテを錫杖形態にして構えるだけでなく、その場から飛び上がって、マントデアの肩に乗る。
マントデアも私が肩に居る事を理解した上で、少しだけ腰を落とし、何が来てもいいように構えを取る。
「マントデア。先に言っておくけど、この場では『鑑定のルーペ』は使えないから」
「みたいだな。ま、俺のやる事にはそう変わりはないだろ」
『悪創の偽神呪』が集めた呪詛の霧から少しずつ相手の姿が見えてくる。
まず見えたのはがっしりとしていると同時に、鋭い鉤爪の生えた足。
次に見えてきたのは、鱗の色が虎柄になっている胴体。
続けて、鞭のように長く、よくしなりそうな虎柄の尻尾。
更には後ろ足程太くはないが、目の前の相手を引き裂くのに都合が良さそうな鉤爪が生えた太い腕。
首周りには電光を発する襟巻のようなものがある。
最後に現れたのは、頑丈かつ切れ味が鋭そうな歯が生え揃った口と、猫と蜥蜴を足して二で割ったような顔つきに山羊に似た角を生やした頭だった。
「では、貴様ら二人がどのような戦いを見せてくれるのか、楽しみにさせてもらうぞ」
「ええそうね。楽しんでちょうだい」
「おうっ、折角招かれたんだ。目にもの見せてやるよ」
まとめるならば、角と襟巻が生え、前足が立派になり、全身が虎柄になったティラノサウルス、と言うのが近いところだろうか。
なお、体高はマントデアに合わせてか10メートル近くあり、体長に至っては30メートルを超えているだろう。
「では、試練開始だ」
「「……」」
これも……この虎ティラノも竜呪には違いない。
ただ翼がない事を考えると、俗に地竜と呼ばれる竜になるだろうか。
なんにせよ、相手に翼がなく、見るからに近接戦闘が得意な見た目をしているので、私の立ち回りとしては空を飛び、遠距離から仕掛けるのが妥当ではあるだろう。
「距離を取るわ」
「おうっ」
だから私はマントデアの肩から離れて、『深淵の邪眼・3』の準備を始めようとした。
虎ティラノは積極的に頭を動かし、まだこちらに敵意を見せていないので、先制攻撃が可能だと判断しての事だった。
「ダッ」
「!?」
「なっ!?」
私の方を向いた虎ティラノが一瞬鳴き、襟巻と目が輝き、私の意識が何故か一瞬途切れた。
次の瞬間。
「イガッ!」
マントデアは私のはるか後方に居て、眼前には大きく開かれた虎ティラノの口が迫って来ていた。
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