612:4thナイトメア5thデイ-6
「はぁ、無事に帰ってこれたわね」
「本当ね……と言うか、いつの間にか傷の大半が回復しているわね。タル」
「そういう呪い持ちだもの」
私とザリアは私の生産用エリアに戻ってきた。
黒穴の磯巾着呪撃破から戦闘はしていないため、劣竜骨髄の効果と『不老不死-活性』を合わせる事で、吹き飛んだ背中の翅や目は無事に回復している。
なお、劣竜骨髄だけでは、部位欠損までは治らないので、羨ましそうな眼をしているザリアには申し訳ないが、呪詛薬で獲得させるのは難しいだろう。
「さて、解体をしていきましょうか」
「そうね」
では、回復も無事に済んだところで、成果の確認と行こうか。
周囲の空間の呪詛支配を念入りにした後、呪詛濃度を幾らか上げ、それから毛皮袋の中にある今回得た素材を取り出す。
「そう言えば、あの場に居た私たち以外のプレイヤーへの報償の類は考えておいた方がいいのかしら?」
「タルはその辺生真面目よね……まあ、考えなくていいと思うわよ。ほぼ蹂躙されてただけだったから。掲示板を見ても……特に何も言われてはいないわね」
「そう。だったら出来るだけいい感じのアイテムを作って放流する方向で行こうかしら」
「タルが気になるなら、それでいいんじゃないかしら。タル以外にこの素材を十全に扱えるプレイヤーがそう居るとも思えないし」
さて、黒穴の磯巾着呪の死体は……まあ、割と酷い。
一言で表すならば、そういう花だったかのように内側からの力で割かれて開かれている。
岩の山を吹き飛ばしてしまうような爆発の中心点だったのだから、当然ではあるが。
「此処と此処を切って……そう言えば、ザリアはどんな素材が欲しいの?」
「そうね……とりあえず黒穴の磯巾着呪が使っていた針は欲しいわね。使い捨てにするにしろ、武器に取り込むにしろ、優秀な武器になると思うから」
私は黒穴の磯巾着呪の死体を切り刻み、鑑定していく。
素材として取れたのは普通の触手が数本、斬撃用の触手が一本、刺胞の内側から長さ十数センチの針が数本、肉数キロ、皮がそれなり、目玉が一つ、心臓が一つ、と。
どれも強力な素材だが、呪詛濃度10以下の空間では存在できない素材であると同時に、迂闊に鑑定すると麻痺と言う状態異常を受けるようだ。
例としてはこんな感じだ。
△△△△△
黒穴の磯巾着呪の目玉
レベル:41
耐久度:65/100
干渉力:135
浸食率:100/100
異形度:20
黒穴の磯巾着呪と言うこの世に非ざるカースの触手に生える目玉。
その目が輝く時、輝きに照らされたものは強制的にこのカースと相対する事になる。
それが何を意味するかは考えるまでもないだろう。
注意:レベル30以下または異形度19以下のプレイヤーが鑑定すると、麻痺(41-対象のレベル)を与える。
注意:周囲の呪詛濃度が10以下の空間では存在できない。
▽▽▽▽▽
「はい、針をどうぞ。刺さないように気を付けてね」
「ありがとう。そうね。何処かに刺したら大惨事になるわ」
とりあえず針はザリアに渡し、触手と肉は混ぜ合わせて適当な呪詛薬や料理に、目玉は『気絶の邪眼・2』の強化に、心臓は呪詛を吸って復活しないように処理した上で守護者のパーツに、斬撃用触手は……剣に出来れば美味しいか?
「真っ白の女の方の素材はどう?」
「こっちは破片しかないのよねぇ……」
なお、黒穴の磯巾着呪の針をザリアはこの場で処理していく。
と言うのも、呪詛濃度11以上の工房など、この場以外には殆どないからである。
「鑑定っと」
では、真っ白の女の長刀の破片を鑑定してみよう。
まあ、これも黒穴の磯巾着呪の何とかと表示……されなかったようだ。
△△△△△
白穴の囚姫呪の結晶片
レベル:41
耐久度:72/100
干渉力:135
浸食率:100/100
異形度:20
白穴の囚姫呪と言うこの世に非ざるカースの武器を構築していた結晶体の破片。
空間を切り裂き、距離を縮め、如何なる場所へも好きに行くことが出来る力を秘めている。
だが、その力は決して万能なものではなかった。
注意:レベル30以下または異形度19以下のプレイヤーが鑑定すると、ダメージを受ける。
注意:周囲の呪詛濃度が10以下の空間では存在できない。
▽▽▽▽▽
「……。これ、短距離転移装備になったりするのかしら?」
「あー……確かになりそうではあるわね。ただ、元を考えると黒穴の磯巾着呪の素材と組み合わせるのが必須じゃないかしら」
白穴の囚姫呪か。
戦闘時の状況を考えるに黒穴の磯巾着呪に囚われていた姫のカース、と言う事になるのだろうか?
しかし、その割には好きに抜け出し、アグレッシブに暴れていたが……ザリアを無視して黒穴の磯巾着呪に戻っていたことを考えると、その辺で何かしらの制限があったのかもしれない。
で、囚われていたからこそ、戦闘中の鑑定では黒穴の磯巾着呪の分しか表示されなかったのだろう。
「適当に作ってみましょうか」
「その適当でとんでもない物が出来上がっていくのが、素人目にも分かるわね……」
とりあえず白穴の囚姫呪の結晶片、黒穴の磯巾着呪の皮、ちょっとだけ余っていた破接の幻惑蟲呪の素材、その他カース素材を組み合わせ、呪い、指輪を三個ほど作り出した。
鑑定結果はこんな感じ。
△△△△△
転移の指輪呪
レベル:45
耐久度:100/100
干渉力:150
浸食率:100/100
異形度:25
様々なカースの素材を組み合わせる事で生み出された指輪型のカース。
着用状態で特定のワードを発する事で、指さした先へと転移することが出来る。
だが、ほんの僅かな時間、距離であっても、時空間を歪める行為には多大なリスクがあると知っておくべきだろう。
呪術『短距離転移』[トリガー未設定]
指輪を付けている指の先端が向いている方向へ10メートル転移する。
注意:『短距離転移』使用時には、着用者は最大HPの10%分のダメージを受けます。
注意:『短距離転移』は一度使用すると、リアルタイムで24時間経過するまで再使用できません。
注意:(リアルタイム1週間での『短距離転移』の使用回数-1)%の確率で良からぬものを招くか、何処とも分からぬ場所へと転移する可能性があります。
注意:他の転移の指輪呪が周囲20メートル以内に存在する場合、『短距離転移』は発動できません。
注意:着用者はあらゆる被ダメージが増加する(中)。
注意:着用者のレベルが44以下の場合、着用中、最大HPが(45-着用者のレベル)%分低下する。
注意:この装備を低異形度のものが見ると嫌悪感を抱く(極大)。
▽▽▽▽▽
「……。タル、これ普通に欲しいんだけど」
「次のイベントで頑張って回収して頂戴。今渡しても、回収されるだけだし」
「まあそうよねぇ」
うん、ザリアが欲しがるのも分かるような装備が出来てしまった。
なにせ、一週間に一度だけならば、最大HPの10%分のダメージとか言う、割とどうとでもなるようなコストだけで、10メートルの転移と言う多くの事柄に活用できそうな力が使えるのだから。
勿論、良からぬ何かやランダム転移は恐ろしいし、他にもデメリットはある。
が、それらを考えてもなお使うだけの価値はあるだろう。
なお、手に入れられるかは次のイベント次第である。
「じゃ、針の加工は終わったから、私は失礼するわね。タル」
「今回は助かったわ。ザリア」
そうしてザリアは去っていき、私はとあるアイテムの為に『官僚の乱雑な倉庫』へと向かった。