610:4thナイトメア5thデイ-4
「瞬間移動!? ホワイトホール、と言うところかしらね?」
「タル……ちいっ!」
『たるうぃの物理耐性は酷いでチュが、それでも片腕を難なく断ってくるんでチュか……』
私は真っ白の女から距離を取りつつ、呪詛の鎖で切り飛ばされた右腕を、真っ白の女目掛けて血を振りまきつつ回収、繋げる。
その間に行われていた黒穴の磯巾着呪の攻撃はザリアが無事に弾いて防ぐ。
「「ギンチャアアァァ……」」
「ん?」
「へぇ……」
すると黒穴の磯巾着呪だけでなく、真っ白の女も行動を停止。
その場で呆然としたような姿を晒す。
「鑑定結果! 白いのも黒穴の磯巾着呪! つまりは二体に増えたんじゃなくて、この白いのは一部よ!」
「なるほど……ねっ!」
「アンネモオォォネェ!?」
この隙に私は真っ白の女を鑑定。
表示された鑑定結果は名前部分含めて、黒穴の磯巾着呪と完全一致。
つまり、真っ白の女は黒穴の磯巾着呪の一部と言う事だ。
ただ、ザリアが本体に攻撃を仕掛けても、真っ白の女にダメージや怯みが入っている様子が見られないのを見ると、黒穴の磯巾着呪から真っ白の女に伝わる要素は限定的と言う事になるか。
「イソギー……」
「ザリア! そっちに真っ白の女が行くわよ!」
「っ!?」
と、ここで真っ白の女が黒穴の磯巾着呪に向かって駆け出す。
私は呪詛の剣と鎖を射出して、真っ白の女に攻撃を仕掛けるが、どれもすり抜けてしまう。
また、ザリアが黒穴の磯巾着呪から離れるように動いても、目をくれる様子すら見せない。
「チャーク」
「アンネモンネ」
「飲み込まれた……」
「一定時間ごとに黒穴の磯巾着呪本体に戻らないといけないとか、そういう制限があるのかもしれないわね」
『物理的な実体もない感じだったでチュしねぇ……』
そして真っ白の女は黒穴の磯巾着呪の口の中に飛び込み、そのまま消えてしまった。
此処までくれば相手の元や性質もある程度は掴めてくる。
真っ白の女は黒穴の磯巾着呪の一部であり、攻撃の時だけ実体化、攻撃の時は瞬間移動によって接近してくる。
つまり、真っ白の女はある種のゴーレムであり、遠隔攻撃手段が人型を取っているだけと見るのが正解だろう。
「問題はあの攻撃が防げるものか否かなのよね。私なら切られたら直ぐに再生するだけなんだけど、ザリアは?」
「あの手の危険な攻撃用の身代わりは準備してあるわね。一個だけだけど。個人的にはあの白いのにカウンターを決めた時が気になるわ。たぶんだけど、普通の生物なら内臓の類じゃないかしら、あれ」
「ああ、ナマコみたいに内臓を切り離せるって事ね。そうでなくとも、あれだけ理不尽な攻撃なら、カウンターを成功させたときの効果が大きくなりそうではあるわね」
黒穴の磯巾着呪はこちらの様子を窺いつつ、ゆっくりと迫ってきている。
おっと、針を飛ばせる触手を向けて来たか。
「シーアッ!」
「ナマコ……いやまあ、例えとしては正しいのかもだけど、この場でそれを出すの? タル」
「イソギンチャクとナマコ。生物としてはどれだけ離れていたかしらねぇ……」
私とザリアは針を回避。
黒穴の磯巾着呪は続けて三本の触手を長く伸ばし、同時に振るうが、こちらは二本を飛んで避け、三本目をザリアが弾く事で回避。
追撃の飛びかかりはザリアに向かったが、これもザリアは難なく回避する。
そして、黒穴の磯巾着呪の攻撃の合間には私の邪眼術が飛び、ザリアの反撃が入っていくが、HPが大きく削れた様子は見えない。
「アアアァァァァァァ……」
「げっ。ザリア! 吸い込みからのビーム砲が来るわよ!」
「分かったわ!」
と、ここで黒穴の磯巾着呪が周囲の固定されていない物体と呪詛を大量に吸い込み始める。
これまでの戦いで刃のような岩だけでなく、ただの岩の塊も多数あるのだが、お構いなしに黒穴の磯巾着呪は全て吸い込んでいく。
「ネエエエェェェェェェ……」
「タル! 爆弾の類は!? この手の吸い込みへの対応策の定番としていいと思うんだけど!?」
「そんな物は……citpyts『出血の邪眼・2』!」
ザリアに頼まれたので、私はこの場に生息している小さな虫のようなカースに伏呪付きの『出血の邪眼・2』をかけ、黒穴の磯巾着呪に吸い込ませる。
が、効果は無し。
薄いのではなく無し。
飲み込まれた時点で、私の毛皮袋のように無力化してしまうようだ。
「モオオオォォォォォォネエエエエエエェェェェェェェェェ!!」
「「!?」」
黒穴の磯巾着呪から呪詛の奔流が放たれる。
見るのは二度目だが、やはり巨大ビームの類を撃ち込んでいるようにしか見えない。
そして岩のドームの内側から外に向かって、二つ目の大穴が開き、黒穴の磯巾着呪はぐったりとした姿を見せる。
で、私もザリアも攻撃を紙一重で回避したので、黒穴の磯巾着呪に向かって行く。
なお、『噴毒の華塔呪』は見事に吹っ飛ばされた。
「せいやっ!」
「ふんっ!」
「!?」
ザリアの細剣と私のネツミテが黒穴の磯巾着呪に叩きこまれ、呪詛の剣による追撃も入った。
「折角だからちょっと試すわよ! 『深淵の邪眼・3』!」
「昨日の奴ね。とうっ!」
更には伏呪付きの『深淵の邪眼・3』も発動し、100にも満たない僅かなスタック値ではあるが、恐怖を黒穴の磯巾着呪に入れる。
これによって真っ白の女の分離が上手くいかなくなれば、『飢渇の邪眼・2』の伏呪が無くなっただけの価値があると思っての選択である。
「アネモッ!?」
「イッショギ!?」
効果は思っていた以上に劇的だった。
なにせ、黒穴の磯巾着呪の内側から真っ白の女の持っていた長刀の刃が付き出て来ると共に、体を痙攣させている真っ白の女が口から顔を出してきたのだから。
だがそれでも攻撃は出来るのだろう。
黒穴の磯巾着呪は目をザリアの方に向けつつ、私に向かって跳びかかり、ザリアに視線を向けていた真っ白の女の姿は跳躍の途中で消えた。
「イッソォ!」
真っ白の女はザリアの目の前に現れていた。
真っ白の女の長刀はザリアの頭蓋の直前にまで来ていた。
「せいっ!」
「!?」
が、それを予期していたザリアは真っ白の女の攻撃を弾き、返す刃で真っ白の女を切り裂く。
その効果は劇的だった。
どれほど劇的かと言えば……
「アンネモオオォンエエェェ!?」
「やっぱり弱点ではあるらしいわね。タル」
「みたいね」
私に向かって跳びかかっていた黒穴の磯巾着呪が空中で体勢を崩し、口の方から受け身も取れずに地面へと墜落するほどだった。
「この調子なら、何とかはなりそうかしらね?」
「そうね。むしろ心配なのは、このドームの強度の方じゃないかしら」
非実体化した真っ白の女が黒穴の磯巾着呪の方へと駆けていく。
その中で私は耳を澄ませ、岩のドームが嫌な音を立てているのを確認すると同時に、小石が各所から少しずつ落ち始めているのも見た。
どうやら、そう多くの時間が残されているわけではなさそうだった。
07/31誤字訂正