580:4thナイトメア3rdデイ・フローダー-2
「体がブレたわね」
欺瞞の劣竜呪の体がブレた。
それも輪郭がブレるなんてものではなく、一瞬だが胴体が途中で千切れて、分かれて、慌てて戻ったと言う感じでだ。
明らかにおかしい。
「ウチも見たわ。攻撃の誤魔化しの種かもしれへん」
「ざりちゅも見たでチュ。明らかにおかしかったでチュよ」
やはりゼンゼと化身ゴーレムも見ていたようだ。
では、此処からどうするか。
「これ、破盾の雷雲呪と困惑の鳥呪を撃破して、欺瞞の劣竜呪を地上近くにまで降ろす。ここまでは良さそうだけど、その先が問題になるかもしれないわね」
私は欺瞞の劣竜呪を常に視界に収め、劣竜瞳によるカウントダウンを開始している。
その上で『毒の邪眼・3』による攻撃も始めているのだが……ザリアの言っていた通り、どうにも効いている感じがしない。
やはり、欺瞞の呪いによる誤魔化しは行われているようだ。
「マントデア!」
「おうっ! 背中を使え!」
「ガッガッガァッ」
マントデアの体を駆け上がったザリアが欺瞞の劣竜呪に向けて連続攻撃を仕掛ける。
が、ザリアの細剣は確実に欺瞞の劣竜呪の胴体を切り裂いているのに、傷つけている感じはない。
ザリアは確か、連呪と言う特殊な呪いを持っていて、連続攻撃を仕掛ける事で威力などを増すはずだが……効果を示していないように見える。
「『エギアズ』と『光華団』の広範囲攻撃が来るぞオオォォ!!」
「ゲギョガッガァ」
「『毒の邪眼・3』」
続けて『エギアズ』と『光華団』による大型呪術が放たれる。
こちらも確実に直撃したはずなのだが、欺瞞の劣竜呪には効いていないように見える。
で、範囲攻撃に合わせるように私他何人かのプレイヤーが点による攻撃を混ぜてみるが……やはり効果がなさそうだ。
「これ、不味いわね」
「そうね。範囲と単体の組み合わせで仕掛けても、すかされるとは流石に思ってなかったわ」
「継続ダメージも駄目っぽいよ。お姉ちゃん」
「あらクカタチ」
ザリアが私の近くに戻ってくる。
と、何時の間にやって来たのか、クカタチが私たちの方にやって来て、報告をする。
うーん、この人数で仕掛けているのに、欺瞞の劣竜呪は未だに余裕を見せている。
それはつまり、誰も有効な攻撃を仕掛けられていないと言う事だ。
しかし、この人数で仕掛けて、有効な攻撃を引けないとなると……相当特殊な条件になる?
いや、そもそも今見えている欺瞞の劣竜呪が幻の類であり、この場に居ない可能性を疑う方が良さそうか。
「ゼンゼ。鑑定とかできない?」
「あー、やっとるけど……やっぱりブレるなぁ……」
「ブレるって具体的には?」
破盾の雷雲呪と困惑の鳥呪については順調に倒せている。
その二種類が倒される度に欺瞞の劣竜呪は地上に近づき、今では地上から高さ3メートルくらいにまで来て、遊泳ついでに地上のプレイヤーの頭を爪や尾で引っかけて、薙ぎ払っている。
「これなら、どう……っ!?」
「グギャギャギャ」
「うなっ!?」
「っ!? 完全におかしいだろ今のは!?」
「鰻かお前は!?」
ここでマントデアが武器を捨て、欺瞞の劣竜呪の真正面に立ち、腹の辺りで受け止めようとした。
仮に脇腹の方を抜けようとしても、三本の腕によってつかみ取り、一時的であっても確実に拘束はしてみせると言う体勢だった。
が、誰の目で見ても明らかにマントデアの腕が欺瞞の劣竜呪を捉えていたのに、欺瞞の劣竜呪の体はマントデアの体をすり抜け、マントデアの背後に移動してしまった。
「ぐっ、腕が……」
そして、欺瞞の劣竜呪が通り抜けた後、マントデアの腕や体の表面は、まるでやすりをかけたように、見るも無残な姿で引き裂かれていた。
この結果だけを見ると、欺瞞の劣竜呪の側から一方的に触り、攻撃を仕掛けているように見える。
此処までくれば、誰の頭にも、何かしらのギミックがあると言うのは分かる。
一方的に攻撃が可能という異常な状態なのだから。
しかし、『CNP』でギミックを解除しなければ、一切のダメージを与えられないと言うのは、呪いの性質上、考えづらい。
つまり、やっぱり何かしらの誤魔化しが行われているのだ。
その結果として、攻撃が無効化されているように見えるのだ。
「あー、やっぱりそういう事なんかな? たぶん、欺瞞の劣竜呪は群体型のカースや」
「根拠は?」
「タルはんやから言うけど、さっきから、弱点のポイントが欺瞞の劣竜呪の表面を高速で、ランダムに変化しとる。弱点をオートで狙い撃つ攻撃でもたぶん追いつけへんレベルや。同じ竜の名を冠しているタルはんなら、これで何か分かるんやないか?」
「……。竜全般に必ず共通しているかまでは分からないけど、竜には逆鱗とでも言うべき弱点部位が構造上存在するはずよ。でも、その部位は動かせるような物じゃない。体の特定部位に固定されているはず」
再び前線に向かうザリア、クカタチと別れ、私はゼンゼと内密に、素早く話をする。
「てことはやっぱり群体型っぽいなぁ」
「そうね。被ダメージを一個体に集中させて、実質的に無効化。あの体躯なら、数万体規模の群れでしょうし、その中から一体欠けた程度じゃ、無効化されたように見えるはず」
「姿については欺瞞の呪いによって誤魔化しているんやろな」
「で、問題はこれが分かったところで、解決策が分からないという点だけど……」
私は改めて欺瞞の劣竜呪の姿を見る。
いや、もしかしたら……目の前のカースは劣竜呪ではなく、誤魔化しの結果として竜に見えているだけではないだろうか?
では、自然現象で竜と勘違いされるものと言うと、何があるだろうか?
雷、洪水、噴火、この辺りは規模の大きさや、時折だが形が似ている事から竜と勘違いされている事がある。
しかし、これらだと、先ほどのマントデアの腕の惨状と結びつかない気がする。
アレはやすりにかけられたようであると同時に、何かに噛みつかれて、齧り取られたようにも見えた。
つまりは生物によって引き起こされる現象だ。
奴の能力は誤魔化しだが、何でも誤魔化せるとは思えない。
「生物でありながら災害でもある……蝗害?」
「!?」
「「「は?」」」
私の呟きが聞こえたのか、あるいは取り巻きである破盾の雷雲呪と困惑の鳥呪がほぼ全滅したからなのか、それとも誰かが試していなかった攻撃が効いたのか、偶々弱点にクリティカルしたのか。
原因は分からない。
分からないが、欺瞞の劣竜呪に変化が生じた。
その姿が優美な東洋龍のそれから、夥しい数の小さな何かの集合体であると認識出来るように変化していった。
≪超大型ボス『欺瞞の蝗呪』及び『噛啜の蝗害呪』との共同戦闘を開始します。現在の参加人数は4,323人です≫
そして、これからが本番だと言わんばかりに、アナウンスが流れた。