549:4thナイトメア1stデイ-2
「ほいっと」
私は樹の洞に入れたネツミテの先端を、鍵穴に差し込んだ鍵を回すように一回転させた。
動作としてはただそれだけだが……私の感覚は、その変化を正確に捉えている。
「これは……」
「ははっ、このゲーム、こんな事も出来たんやなぁ……」
「やらかしRTAの記録は10分を切ったでチュねぇ」
ネツミテが差し込まれた樹の洞が、樹の樹皮や幹を裂いていく形で、上下へと広がっていく。
合わせて樹が呪詛濃度20前後の呪詛を帯び、枝葉の一部が目のように変化する。
更には実っていた果実の形状が吊るされた人間のような形になった上で、肥大化していき、赤い果汁を垂らすと共に甘い臭いが周囲へと撒き散らされる。
うん、見事にカース化した。
「で、これは何でチュアアアアァァァァッ!?」
「で、何がやらかしRTAなのかしらね?」
まあ、私たちに対する敵意はないようなので、私に対処する余裕がない事をいい事に、好き放題言っていたザリチュを抓っておく。
「あー……タル? それで本当にこれは何なんだ?」
「名称は磔刑の樹呪。レベルは30。異形度20で完全にカースやな……」
「あ、そういう名前になったのね」
さて、私がカース化させた木……磔刑の樹呪について話をしないといけないか。
「説明についてはちょっと待って。たぶん、そろそろ……」
「タル! 貴方何やってるのよ!?」
「タル様!? 危な……あれ?」
「ほう、これは……」
「何じゃこれ……」
うん、丁度ギャラリーと言うか、他プレイヤーも集まって来たか。
ザリア、ストラスさん、他にも見覚えのあるプレイヤーが何人か居る。
なお、彼らの一部に対して磔刑の樹呪は攻撃的な視線を向けているが、そんな磔刑の樹呪に対して私は向こうから攻撃してこない限りはスルーするようにと、命令をしておく。
「この子は磔刑の樹呪。私が一時的にカース化させた木よ。元はこの『皇帝の明るき庭』の中で、処刑した人間の死体を吊るしていた木のようね。おかげでカース化させやすかったわ」
「一時的と言う事は、倒されたら……」
「ただの木に戻るだけで、カースとしての素材は得られないわ」
まあ、カースとしての素材は得られないが、通常の木材よりも呪いを帯びた木材は得られるのだが、わざわざ言う必要はないだろう。
それよりも磔刑の樹呪には重要な能力がある。
「ま、本題と言うか、磔刑の樹呪を生み出した理由はこれね。やってちょうだい」
「ーーー!」
「「「!?」」」
磔刑の樹呪の幹に刻まれた裂け目が左右に開かれて行き、巨大な輪のようになっていく。
そして輪の向こうに広がっているのは……。
「はい、『皇帝の明るき庭』の裏側へのショートカット開通」
『皇帝の明るき庭』に似た、けれど全体的に陰鬱で、荒れていて、血の臭いのような物が漂っている場所だった。
「「「……」」」
「とんでもねえな……」
「これが異形度27のカースなんやなぁ……」
「門の向こう側のが快適そうでチュねぇ」
「これ、仕様的にセーフなのかしら……」
なお、マントデアたちの反応は、だいたいが呆然としているが、一部は興味深そうに見ている。
余談だが、『理法揺凝の呪海』へ好きな場所から移動できるプレイヤーならば、『皇帝の明るき庭』の裏側へ行く為の門を開くのは容易である。
と言うのも、現在はイベント中であるために『理法揺凝の呪海』へと移動する事が出来ず、その代わりに『皇帝の明るき庭』の裏側へと移動出来るようになっていると私は感じているからだ。
では何故、樹をカース化させて、磔刑の樹呪にしたかといえば……まあ、安定性と持続性の問題だ。
磔刑の樹呪と言う管理人が居れば、私がわざわざ制御や維持をする必要がなくなるので、その分だけ楽になるのである。
「さ、そういう訳だから行きましょうか」
「でっチュねー」
「「「えーと……」」」
「攻撃されない限りは攻撃しないように言ってあるから、大丈夫よ。強要はしないけどね」
私と化身ゴーレムを先頭として、私たちは磔刑の樹呪が作り出した門の向こう側へと移動する。
「ところでタル。これ、私たちが利用してよかったの?」
「何も問題はないわ」
さて、門の向こう側、『皇帝の明るき庭』の裏側は、当然ながら呪限無である。
呪詛濃度は20。
鑑定結果はこんな感じだ。
△△△△△
愚帝の暗き庭
鉄の臭い、罪の香り、欲望の花々、欺瞞の獣たち。
その庭は皇帝が己の威光を示す為にどれだけの犠牲を払っているかをよく表している。
さて、これらの犠牲は果たして本当に必要だったのだろうか?
呪詛濃度:20 呪限無-浅層
[座標コード]
▽▽▽▽▽
「だって、此処は表である『皇帝の明るき庭』と同じ広さを持っている上に、敵の数は表とは比較にならない程だもの」
「ーーーーー!!」
「「「!?」」」
『愚帝の暗き庭』。
そこは『皇帝の明るき庭』と同じように草原、森林、河川、急峻な山々と言った地形が入り混じり、様々な植物型のカースが繁茂し、動物型のカースが生活していて、カース同士の争いによる戦闘音がそこら中から響いている。
時折射す日光は攻撃的なもので、それ以上に稲光と風が激しく、暑さと寒さが入り混じり、濃い呪詛の霧が立ち込める。
だが表との一番の違いは……。
「マジか……」
「あんなんも居るんか……」
「嘘でしょ……」
「「「……」」」
全長100メートルほどの巨大な東洋龍型のカースが、複数の鳥型カースや雲型カースを従えて、雷鳴を轟かせながら、空をゆったりと飛行している点だろうか。
うん、ただまあ、驚いているザリアたちには申し訳ないのだが……。
「あれ、見た目だけの竜モドキね。鑑定したら空飛びの蜥蜴呪とか出るんじゃないかしら?」
「竜呪でないのは確実でチュねぇ。威圧感がまるで足りてないでチュ」
「「「!?」」」
「何でタルは言い切れ……」
「だって本物の竜呪に遭遇したことあるし」
「「「……」」」
あの竜は見た目こそ立派な東洋龍だが、中身は普通のカースだ。
あっても私と同格……劣竜のレベルだろう。
とりあえず参の位階の呪術でなければ、碌にダメージも与えられないような、本物の竜呪でない事は確実である。
「さ、磔刑の樹呪から離れて、PTごとに分かれて探索しましょうか。早くしないとドンドン後追いが来るわよ」
「でチュねー」
「お、おう」
「あー、せやな。いい加減に気を持ち直すべきや」
では、探索を開始するとしよう。
と言う訳で、私たちは陰鬱な森の中を、周囲の樹系カースたちからの視線を受けつつ、進み始めた。
06/04誤字訂正




