539:ヒトテシャ・ウノフ-4
本日は四話更新になります。
こちらは四話目です。
「さて、無事に終わったわね」
『でチュねぇ』
「マジかよ……」
「ヒトテシャをソロで……」
「さすタル……」
戦闘エリアの外に出ると、周囲に居るプレイヤーが遠巻きの状態でざわついている。
まあ、劣化した個体ではあるが、超大型ボスをソロで狩ったのだから、注目されるのは当然の事と言えるだろう。
『たるうぃたるうぃ』
「何かしら? ザリチュ」
『ぶっちゃけ、今のたるうぃは臭うから、なるべく早く身を清めて欲しいでチュ。そしてざりちゅも念入りに洗ってほしいでチュ』
「……。いやまあ、それは当然よね……」
なお、プレイヤーたちが近づいてくる様子はない。
これについては当然と言えば当然の話で、ヒトテシャの攻撃を原因として、今の私は悪臭の状態異常を受けているからだ。
誰だって臭い物には近づきたくない。
私だってそうだ。
まあ、私は臭い物には割と慣れているので、他のプレイヤーと違ってこの状態でも普通に飲み食いは出来るが、不快か否かで言えば、やっぱり不快なので、早めに手を打ちたくはある。
「ちょっとええかー?」
「誰かしら?」
と、ここである意味では勇者と言えるプレイヤーが現れる。
シベイフミク戦で見た覚えのある、狐耳に二本の狐尻尾を持った、鎌使いのプレイヤーだ。
うん、こうして近くで見れば分かる。
喉の部分をマフラーで隠しているようだし、衣装で分かりづらくしているが、やっぱりそうっぽい。
胸の膨らみ、仕草、言葉遣いだけを見るなら、完璧に女性だけど。
「ウチはゼンゼ、と言いますぅ。失礼を承知で頼むんやけど、一度タルはんを鑑定させてもらってもええでしょうか?」
さて、ゼンゼと名乗ったプレイヤーは丁寧な口調で、狐耳の生えた『鑑定のルーペ』を懐から出し、こちらに向けている。
他プレイヤーの鑑定行為は失礼な行為、場合によっては敵対行為として見られるので、此処で断っても私に悪評が立つことはないだろう。
ゼンゼも、半分くらいは断られると思って、声を掛けているに違いない。
「別に構わないわよ。ただ……」
「ほな。遠慮なく」
私が許可を出す言葉の次を言いきる前に、ゼンゼは『鑑定のルーペ』に付いている発動のスイッチを押す。
その瞬間に私は鑑定に伴う不快感だけでなく、お互いの存在を賭けて殺し合うぐらいの仇敵に出会った時のような嫌悪感を感じた。
何と言うか、根っこの部分の反りが、徹底的に合わないような感覚とでも言えばいいのだろうか?
とにかく、シベイフミク戦の後に感じた鑑定と同種、けれど嫌な感じを何倍にもしたような気配があり、私の心身は戦闘状態のそれに近づいた。
それが原因かは分からない。
分からないが……
「へぶっ!?」
「「「!?」」」
ゼンゼの全身は虹色の閃光と煙を伴う形で爆散した。
「何かあっても……遅かったかしらね」
『遅かったでチュね』
「「「……」」」
私含めて、周囲に居るプレイヤーに気まずい沈黙が訪れる。
「え、ゼンゼの奴、身代わりアイテムを持ってなかったのか?」
「いや、持ってたはず。アイツ、ウチの鑑定担当なんだし……」
「つまり、身代わりで耐えきれないようなダメージが来て……爆散した?」
「ナニソレコワイ」
「タルだから仕方がないね」
「ええっ、異形度幾つだよ……」
「と言うか、ヒトテシャが敗れたって事は反射対策を手に入れている事に……」
やがて少しずつ周囲のプレイヤーたちがざわついていく。
うん、これは拙い。
異形度27の持つ、鑑定へのカウンター能力を甘く見た私が原因ではあるが、この場から離れた方が良さそうだ。
「じゃ、私は失礼するわねー」
『でっチュねー』
と言う訳で、私は『理法揺凝の呪海』経由で『ダマーヴァンド』に帰還。
「せいっ!」
『チュアッハァ!』
そして、『虹霓竜瞳の不老不死呪』の毒杯が設置されている噴水に飛び込んで、ヒトテシャから受けた悪臭の状態異常を消した。
「いやー、まさかの事態になったわね」
『でっチュねぇ。まさか全身が爆散とは思わなかったでチュ』
で、先ほどの一件について少しだけ考えるわけだが……。
「まあ、カースを鑑定するんだから、不測の事態が発生するぐらいは覚悟の上よね」
『だと思うでチュよ』
うん、私は悪くない。
鑑定を求めてきたのは向こう、私がカースなのは良く知られている事、不利益を被るかもしれないと伝える前に鑑定したのは向こう、私に鑑定カウンターを止める手段はない。
つまり、私はどこも悪くはない。
『で、この後はどうするでチュか? ヒトテシャの素材確認は当然として、早速『灼熱の邪眼・2』の強化をするでチュか?』
「んー、流石に『灼熱の邪眼・2』の強化をしている時間……と言うより、余裕はないわね」
さて、これからやるべき事は?
ザリチュに言われるまでもなく確定しているのはヒトテシャの素材確認と、自動で出来る範囲でのシステム強化。
これをやらないと、わざわざ今日ヒトテシャを倒した意味がない。
逆にやりたくても出来ないのが『灼熱の邪眼・2』の強化か。
『貯蓄の呪い』の再チャージ、『虚像の呪い』の使用不可はともかく、減っている最大HPを元に戻し、ザリチュの渇砂操作術『化身』を再使用する事を考えると、ちょっと時間が足りない。
かといって、戦力が足りない状態で『灼熱の邪眼・2』の強化に挑むのは……推定される試練内容からして、ただの自殺行為だろう。
「あ、そうだ。『虹霓鏡宮の呪界』の入り口にある植物の鑑定でもしておきましょうか。アレが有用な素材なら、イベントでも役に立つし」
『妥当なところでチュね。じゃあ、そうするでチュか』
と言う訳で、やる事を決めたところで私は噴水から上がり、十分に水気を切ってから、ヒトテシャ討伐の報酬を見ることにした。
05/25誤字訂正