525:レインボウミラーパレス-5
「はい撤退!」
『でっチュよねー!』
五体の鼠毒の竜呪の死体を毛皮袋に収めた私は、通行可能になった深緑色の鏡の扉に突っ込み、そのまま向こう側へと突き抜けた。
理由として、リソースも保険も何もかもが尽きた状態で、もう一度同じ編成に襲われたら普通に死ぬからだ。
さらに言えば、私が鏡の扉に触れる直前、既に周囲から植物をかき分けて近づいてくるような音がしていた。
「間一髪だったわね……」
『毒は大丈夫でチュか?』
「出る時は付与されないみたいよ」
『それはいい事でチュね』
そんなわけで、間一髪となったが、私は『毒の邪眼・3』に対応している部屋からの脱出に成功した。
「さて、とりあえず『ダマーヴァンド』に戻って、鼠毒の竜呪の死体を解体したいところなんだけど……」
『呪詛濃度に注意しないと、解体中に復活しそうでチュよね』
「そうね。気を付けないと、こっちが解体されかねないわ」
私は『虹霓鏡宮の呪界』に入って来た時に、入り口となった東屋に向かう。
で、そこをしばらく見て回り、調べた結果、かつての『熱樹渇泥の呪界』のように、『ダマーヴァンド』への門を開く事が出来るようだった。
なので開門、移動し、閉門、無事に『ダマーヴァンド』へと帰還した。
「さて、HPと満腹度の回復はしたし、部屋の調整も出来たわね」
私は周囲から呪詛が流入しないように構造を弄ると共に、床、壁、天井に垂れ肉華シダの苔を敷き詰めた部屋を作ると、その部屋の中心に置いた作業台の上に鼠毒の竜呪の死体を一つ置いた。
「ヂュ……」
「ふんぬっ!」
油断も隙もあったものではない。
作業台の上に置いた途端に、鼠毒の竜呪の死体が呪詛を吸い込み始め、僅かに脈打った。
それを見た私は呪詛支配によって呪詛の流入を止めると共に、解体用の短剣を首筋に叩きつけて、改めてトドメを刺す。
「さて、解体しましょうか」
『気を付けて進めるでチュよ。たるうぃ』
では、改めて作業開始。
私は鼠毒の竜呪の体を解体し、部位ごとに分けていく。
そうして部位ごとに分けられると生命体としての性質よりも素材としての性質が強まると言うべきか、あるいは復活できる限界を超えるのか、呪詛の吸い込みも止んで、とりあえずは安全な状態になる。
まあ、油断は出来ないが。
「んー……」
『どうしたでチュか? たるうぃ』
「戦闘中に回収した時に感じた軽さから、そうなっているんじゃないかとは思ったんだけどね。こう、解体に伴ってきちんと見てみると、やっぱり、ほぼ呪術だけで仕留めたにしては風化が進んでいるなと思って」
『そう言えばそうでチュねぇ』
鼠毒の竜呪から得られるアイテムの量や質は私の予想より若干悪い。
と言うか、肉や骨が幾らか欠けているし、内臓の大半がなくなってしまっている。
毛皮も妙に脆くなっている部分もあるようだし……確実に劣化している。
「風化の呪いの影響かしらね。呪限無を浅層から中層へと潜ったから、その分だけ『七つの大呪』の影響も強まっているのかも」
『ありそうでチュねぇ』
『七つの大呪』の影響が強まっているという私の予想は、そう的外れな物にはならないだろう。
鼠毒の竜呪の死体の風化具合もそうだが、倒してから復活するまでの異常な早さにしろ、戦闘終了後のリポップ速度にしろ、地上どころか浅層とも比較にならないレベルで早い。
風化は風化の呪い、復活は反魂の呪い、リポップは再誕の呪いの担当だろうし。
「そうなると他の呪いの影響も強まる訳だけど……魔物、転写、蠱毒、不老不死が強化されたら……まあ、普通にモンスターが強くなるだけか」
『確かにそんな感じでチュね』
「とりあえず今後も『虹霓鏡宮の呪界』を探索するなら、死体回収用インベントリに自動回収機能くらいは付けたいわね」
『最後、酷い目にあったでチュからねぇ……』
と、一体目の解体完了。
色々と取れたようだ。
では鑑定……。
「駄目か。鑑定不能表示ね」
『まあ、敵対していない植物の鑑定が出来ないレベルでチュからねぇ』
しようとしたが、鑑定不能の表示が出てしまった。
「まあ、『鑑定のルーペ』を強化するための素材はこの場にあるから、問題はないわね」
『でチュね』
「では、『灼熱の邪眼・2』」
私は『灼熱の邪眼・2』で鼠毒の竜呪の肉を焼こうとする。
「……」
『一発では駄目らしいでチュね』
が、燃えなかった。
むしろいい感じの焼き肉になっており、匂いを嗅いだだけでも美味しいのが分かるレベルだ。
どうやらただの肉になってもなお、竜と言うのは桁違いの耐久力を有しているらしいし、その耐久力に相応しいだけの味なども持ち合わせているようだ。
『たるうぃ、分かっていると思うでチュが……』
「流石に未鑑定品は食べないわよ。どんな呪いを負わせられるか分かった物じゃないし。ezeerf『灼熱の邪眼・2』」
だが、どれほど美味しそうに感じても、未知なる味が目の前にあると分かっていても、今はまだ食べてはいけない。
今ここで食べてしまい、私の為にならない呪いを得てしまったら、引き換えに数多の未知を知る機会を失う可能性が高いからだ。
だから私は我慢して、先ほどよりも強めの火力で以って鼠毒の竜呪の肉を灰になるまで焼く。
「さてこれを塗り付けて……」
そうして得た鼠毒の竜呪の灰を『ダマーヴァンド』の毒液に溶かし、鼠毒の竜呪の眼球へと塗り付ける。
その上で『鑑定のルーペ』と共に呪怨台に近づければ……うん、両者が分解、融合して強化された。
見た目は変わっていないが。
「では、鑑定作業を始めましょうか」
『でチュね』
私は『鑑定のルーペ』を鼠毒の竜呪の眼球に向けて使う。
そして、これまでよりも多くのHPが失われると共に、私の視界に鑑定結果が表示された。