521:レインボウミラーパレス-1
「さて、今日はあそこの確認ね」
「あそこでチュかぁ……」
水曜日である。
『CNP』にログインした私は、いつもの作業を終えるとザリアたちに大きな硫黄の火の残り火を少しだけ渡して、『ダマーヴァンド』に戻った。
で、向かうのは『ダマーヴァンド』が『ネズミの塔』だった頃から存在している底なしの縦穴……仮称アジ・ダハーカの領域に繋がるであろう場所だ。
「そう言えば最近は『呪限無の石門』を使ってないでチュね」
「使う先がないじゃない」
見た感じでは特に変化はない。
『呪限無の石門』はそのままだし、穴の底に向かって伸びている垂れ肉華シダにも変化は見られない。
変化があるとしたら……穴の中か。
「行くわよ。ザリチュ」
「分かったでチュ」
私と化身ゴーレムは垂れ肉華シダの蔓に触れつつ、穴の中へと潜っていく。
「相変わらず何も見えないわね」
「そういう場所だと思った方が正解っぽいでチュよね。ここ」
周囲は完全な暗闇。
呪詛濃度の問題ではなく、ザリチュの言う通り、そういう場所なのだろう。
「地味に蔓の長さが伸びているわね……」
「前の倍は確実にあるでチュねぇ」
100メートルは確実に下りた。
しかし、蔓の長さ以外に変化は見られない。
呪詛支配にも変化はないし、不穏な気配の類もない。
「200……300……何か見えて来たわね」
「でチュね」
潜り続ける事推定300メートル。
何か小さなものが見えてくる。
「アレは……板?」
「足場っぽくはあるでチュね」
それは四本の蔓によって支えられた三角形の足場。
蔓は三つの頂点と重心に当たるであろう場所に繋がっている。
「しかし深いでチュねぇ……」
「そうね。でも、物理的な距離がこの場において何処まで意味があるのかは怪しいけど」
「まあ、空間は確実にねじ曲がっているでチュからねぇ」
私と化身ゴーレムは足場に降りる。
そこでふと上を見てみたのだが……私たちは真っ直ぐに降りて来たし、蔓も真っ直ぐに垂れていたはずなのに、頭上に見える蔓は捻じ曲がり、分岐し、集束と拡散を1キロメートル近い長さでランダムに繰り返していた。
うん、やっぱり空間は捻じ曲がっている。
「で、変化とやらはこの足場だけなんでチュかね?」
「んー……この先があるようには感じるけど……」
私は三角形の足場と足場の外をよく見る。
足場の外はやはり暗闇だが、迂闊に踏み込めば碌な事にならないのは確かだろう。
初めて仮称アジ・ダハーカに遭遇……と言うか倒された時も安全圏から離れるまでは何も感じなかった。
足場の方は……よく見れば六本足の蜥蜴が虹色に輝く形で刻まれている。
となると鍵はアレだろうか。
「まあ、間違っていたら間違っていたで、別の方法を考えましょうか」
「また物騒な物を出すでチュねぇ」
私は周囲の呪詛を集めて、虹色の円を目の周囲に生み出すと同時に、虹色の剣を作り出す。
そして、切っ先を足場に向けると詠唱を始める。
「『inumutiiuy a eno、yks nihuse、sokoni taolf、nevaeh esir。higanhe og ton od。禁忌・虹色の狂眼』」
虹色の剣が足場に突き刺さり、『禁忌・虹色の狂眼』が足場に向けて放たれる。
「これは……」
「チュアッ!?」
変化は劇的だった。
足場から虹色の光が周囲の暗闇に向けて放たれ、私たちの視界を塗りつぶしていく。
1秒、2秒、10秒と光は続き……
「収まったわね」
「みたいでチュね」
1分ほどで光は止み、私たちは視界を取り戻す。
そうして戻って来た私たちの視界には、少々とんでもない景色が映っていた。
「で、何処かしらね? 此処」
「呪限無なのは確かだと思うでチュ」
まず見えたのは赤と黒と紫で彩られた呪詛の霧であり、100メートル先は一切見えないような濃さだった。
では見える範囲はと言えば、私たちが今居るのは西洋建築の庭に設置された東屋のようだった。
ただ、金、銀、プラチナ、宝石によって柱の一本、床のタイル一つに至るまで精緻な装飾が施された豪華な東屋だ。
そして、東屋の外には、あらゆる酒精の臭いを漂わせるブドウに似た果実を実らせる背の高い木と、あらゆる香辛料の臭いを葉から漂わせる背の低い木を街路樹として、霧の向こうにまで装飾付きのタイルが敷かれた道が、両脇に血のような臭いを漂わせる水路を持つ形で続いている。
「んー……雰囲気だけなら、何処かの城か屋敷の庭と言う感じだけど……」
「とりあえずタイルの外には出ない方が良さそうでチュね」
私たちはとりあえず東屋の外に出る。
空は当然見えず、東屋は外装にもやはり精緻な装飾が施されている。
で、ザリチュの言うタイルの外は……見ただけでヤバいと感じるような呪詛と瘴気と熱を持った黒い土が敷かれている。
うん、空中浮遊の呪いを使って触れないようにしていても危険な気配がするので、近づかないようにしよう。
「鑑定しましょうか」
「でチュね」
さて、何時までも周囲をただ見ているわけにはいかない。
私は『鑑定のルーペ』を目の前の虚空に向けて使用する。
△△△△△
虹霓鏡宮の呪界
限り無き呪いの世界の一角に築かれた虹霓に輝く城。
鏡の扉の先に広がる十三の眼宮に足を踏み入れたものへ試練を。
試練を乗り越えたものへ祝福を。
呪詛濃度:25 呪限無-中層
[座標コード]
▽▽▽▽▽
≪ダンジョン『虹霓鏡宮の呪界』を認識しました≫
「『虹霓鏡宮の呪界』ねぇ……」
「一筋縄ではいかない事だけは確かだと思うでチュ」
どうやら私たちは呪限無の中層、実質的な第三マップに辿り着いてしまったらしい。
「ふふふ、そうでないと面白くないわ」
「でチュよねー」
では、進んでみよう。
この先には未知が待っているのだから。
05/09誤字訂正