500:マトリョーシカハウス-4
「オロロロロ……」
「うーん、案外難しいでチュね……」
吐いた。
いや、口からそういう物は出て来ていないのだが、気分的にはそんな状態である。
「何と言うか……マントデアが私たちを肩に乗せる時、どれだけ気を使ってくれていたのかがよく分かるわね……」
「本当でチュねぇ」
酔った原因は言うまでもなく、巨大化した化身ゴーレムの頭に私がしがみ付いた状態で、化身ゴーレムに走ってもらったからだ。
それだけと思うかもしれないが、よく考えて欲しい。
今の化身ゴーレムは身長が10倍であり、身長が10倍と言う事は移動に伴う頭の上下動もまた10倍になると言う事。
仮に通常サイズの歩きで10センチの上下動があるとすれば、今の化身ゴーレムは1メートルの上下動になるのである。
それが相当のハイペースで繰り返し行われるわけだから……よほどの適性がなければ酔う。
いや、酔う以前に衝撃で死ぬかもしれない。
今も割とHPが削れているし。
「ザリチュ単体なら特に問題は起きないのよね」
「起きないでチュね」
そんなわけで、私は化身ゴーレムから離れて飛ぶことにした。
なお、探索そのものは順調そのものである。
出てくる敵はサイズの違う硫黄の火ばかりであり、巨人化した化身ゴーレムが居る現状では敵にはなりえないからだ。
ちなみに、今の化身ゴーレム視点を眼球ゴーレムを利用して見させてもらったが、ロボットアニメのコクピットから外を見ているような感じだった。
「此処は……」
「書斎みたいでチュね」
これまでに調べた場所は、最初の居間、通路、ベッドルーム、トイレ、バスルーム、玄関、庭となっている。
ダンジョンであるためか、配置に規則性や利便性の類は見られなかったが、何処の部屋も巨人サイズから玩具サイズまでの四段階なのは変わらずだった。
で、ここまでは特に注目に値するものはなかったわけだが……この書斎は違うようだ。
「本の中身はどうなっているのかしら?」
「んー、白紙でチュね」
相変わらず複数体で出て来る大きな硫黄の火を処理したところで、化身ゴーレムに書棚の本を適当に取ってもらい、中を見てみる。
本の中身は白紙で、表紙や背表紙にしても、それっぽいだけで、意味はなさそうだ。
なお、普通サイズの部屋や小人サイズの部屋で同じ本が動いているのは、音が聞こえたのでほぼ間違いない。
「ふうん……」
「たるうぃの目には何か見えているでチュか?」
「呪詛の流れ的に、あそこの机の上にある、この部屋の模型。あの中に妙な物を感じるのよね」
「でチュか。となると今ざりちゅが本を調べたのは……」
「念のためね。たぶん、巨人の部屋にない何かがあるんでしょうね」
私は普通サイズの書斎に入り、化身ゴーレムの外からの支援攻撃を貰いつつ、揺らめく硫黄の火を処理。
普通サイズの書斎に異常は見られなかったので、小人の状態異常を受けてから、小人サイズの書斎に侵入。
小さな硫黄の火を処理して、安全を確保する。
「んー……これがそうね」
「小さい本でチュねぇ……今の化身ゴーレムの目で見ると、豆粒どころじゃないでチュよ」
目的の物は玩具の部屋の書棚に収まっていた。
私はそれを手に取るべく動かしたのだが、他の部屋で本が動く気配はない。
やはりこれが目的の物のようだ。
この本だけ入子屋敷の呪いの範囲外になっている。
「で、どうやって読むんでチュか? 小人サイズの10分の1の大きさの本なんて、読みたくても読めないでチュよ」
「そうね……」
本のサイズは……A4の100分の1と言うところだろうか。
まあ、今の私は小人サイズなので、中身は読み取れなくても手には取れる。
「こうするのが早いんじゃないかしら」
「なるほど。そういう使い道もあるんでチュか……」
私は普通サイズの書斎の床に本を置くと、その上に大きな硫黄の火の残り火を三つ置く。
そして化身ゴーレムに割ってもらい、中の火を本に浴びせる。
すると本は巨大化していき……小人サイズにまで大きくなる。
これで読むことが出来るだろう。
「じゃ、一応だけど周囲の警戒はよろしくね。ザリチュ」
「分かっているでチュ」
では、時間もないので、さっそく読んでしまおう。
「ふうん……」
「何か分かったでチュか?」
「まあ、少しばかり情報は得られたわね」
本の中身はフレーバーテキストに近いものだった。
内容は掻い摘んで話すならば、『皆飲み込みの火山』には元々は温泉を利用した保養施設のような物があって、この屋敷は何処かの金持ちの別荘をモチーフとして生成された事が窺えるもの。
「何と言うか、本当にこの世界の前時代文明は救いようがない感じよねぇ……」
「また生贄とか、呪詛発電とかそんな感じのアレでチュか?」
「そんな感じのアレでチュよー」
ただ、少し深く読み込んでいくと、中々に怪しい話が混ざってくる。
「燃料共が騒いでいる」だとか、「焼却効率が下がっている癖に内圧が高い」だとか、「最終廃棄場の危険性を訴えた馬鹿を燃料送りにした」だとか。
うんまあ、色々と察した。
どうやら自分にとって邪魔な人間そのものも含める形で、負の感情を燃料にして、煮炊きやらゴミの焼却処分やらをやっていたらしい。
うん、馬鹿じゃないかな。
本当に馬鹿じゃないかな。
馬鹿だったからこそ世界が一度滅んでいるんだろうけど。
「放射性廃棄物が可愛く見えて来るわねぇ」
「え、そこまで言うんでチュか?」
「言うわよ。放置と言う処理方法を取る場合、片方は途方もない年月がかかるにしても、最終的には無害化されるもの。もう片方は年月を経れば経るほど凶悪化して、最終的には暴走するもの。これなら、流石に後者の方が危険よ。どっちも扱いを誤ったら死ぬのは一緒なんだし」
「ちなみにたるうぃならどうするでチュ?」
「そもそもこんな技術を使わない。趣味や主義の問題以前に、後始末にかかる労力の方が、得られるエネルギーより多いし」
「欠陥技術でチュねぇ……」
なんにせよ必要な情報は手に入れた。
どうやら別の部屋に地下室に通じる隠し階段があるようなので、そちらへ向かうとしよう。
恐らくだが、このダンジョンの核があるのはそこだ。