498:マトリョーシカハウス-2
「リビングかしらね」
「リビングでチュね」
炎の向こう側には、大きな屋敷のリビングあるいは食堂とでも言うべき空間が広がっていた。
床には絨毯が敷かれ、天井からはシャンデリアが提げられ、部屋の中心には木製の机が一つに、椅子が複数。
壁には絵画が飾られ、部屋の隅に花の生けられた花瓶も置かれている。
扉は一つで、窓は三つほど。
私たちが通って来た穴はそのまま部屋の暖炉になっている。
「ただし小人サイズの、でチュね」
「奇麗に10分の1サイズよねぇ……」
そんな光景が、小人の状態異常によって身長が10分の1になっているのに、普通のサイズのように見える大きさで広がっている。
恐らくだが、これがダンジョンのフレーバーテキストにあった小さな屋敷なのだろう。
「で、この机の上に乗っているのが玩具の屋敷かしら」
「順当に行けばそういう事になると思うでチュ」
部屋の中心に置かれた木製の机の上には、私たちが今居る部屋の模型が置かれている。
模型はとても精巧な物で、机、椅子、絵画、花瓶、どれもサイズ以外はこの部屋にある物にそっくりだ。
サイズ比としては、この部屋の10分の1くらいだろうか。
割と大きい。
なお、何かしらの呪いによって、見ている方向の壁や天井だけ透明になるらしい。
見る方向を変えると、暖炉が見えたり、シャンデリアが見えたりする。
「……」
このダンジョンの仕掛けは何となく分かる。
たぶんだが、この屋敷の模型内にある物を動かすと、私たちが今居る部屋の物も動くのだろう。
そして恐らくだが……この部屋の外でも同じように物が動くのだろう。
ダンジョンの名称と私たちのサイズからして、この部屋は小さな屋敷で、この部屋の外には普通の屋敷と大きな屋敷があるはずなのだから。
「む」
そんな事を思いつつも、まずは玩具の屋敷を鑑定してみようと『鑑定のルーペ』に手をかけた時だった。
「何か来るでチュよ。たるうぃ」
「みたいね」
部屋の四隅に呪詛が集まっていき、球形となっていく。
そして呪詛の球体は青い火を灯し……硫黄の臭いを伴う青い炎の火球となった。
その姿を見て、私は玩具の屋敷へ向けようとしていた『鑑定のルーペ』の先を火球へと移し、鑑定をした。
△△△△△
小さな硫黄の火 レベル30
HP:3,872/3,872
有効:石化
耐性:毒、灼熱、出血、小人、乾燥、魅了
▽▽▽▽▽
「「「ーーーーー!」」」
「変電の鰻呪と違って常時非実体と言う感じかしらね」
「たぶんそうでチュ」
小さな硫黄の火が叫び声のような物を上げる。
するとそれだけで部屋中に熱波が撒き散らされ、硫黄の臭いが濃くなる。
「「「ーーー!」」」
「おっと」
「チュアッと」
そして小さな硫黄の火たちは私たちに飛びかかってくる。
勿論、私も化身ゴーレムも攻撃を受ける気はないので、その場で動いて回避するわけだが……。
化身ゴーレムが回避の際に少しだけ机に触れた。
その結果として机が少しだけ動く……いや、揺れた。
ただそれだけだったのだが……。
「「!?」」
部屋全体が大きく揺れた。
この瞬間、迂闊な行動は出来ないと私もザリチュも判断した。
「ザリチュ!」
「分かったでチュ」
小さな硫黄の火たちが再度突っ込んでくる。
私は化身ゴーレムの背後に隠れ、化身ゴーレムは盾と剣で小さな硫黄の火を受け止める。
「noitulid『石化の邪眼・1』」
「「「!?」」」
そうして時間を稼いでもらったところで、呪詛の剣を複数本出現させ、『呪法・呪晶装填』による強化も入れた状態で射出。
呪詛の剣が小さな硫黄の火たちに重なったところで、『呪法・方違詠唱』を乗せた『石化の邪眼・1』を一体につき目三つ分撃ち込む。
与えた状態異常は石化(80)前後。
完全石化とはいかなかったが、体の大半が石になった小さな硫黄の火たちは動きを止めて、真下に落ちて行く。
なお、物が動いていないためか、部屋が揺れるようなことはなかった。
「とっとと始末するわよ」
「分かっているでチュ」
「「「!?」」」
私は錫杖形態にしたネツミテを、ザリチュはズワムロンソによる攻撃を仕掛ける。
が、此処で問題発生。
小さな硫黄の火の石化した部分には物理攻撃が通ったのだが、そうでない部分は攻撃が通らなかったのだ。
そして、小さな硫黄の火は元が非実体の上に、火がモンスターになったとしか言いようがない存在であるためだろう。
実体化した部分を砕いただけでは、死ななかった。
変電の鰻呪の時もそうだったが、非実体系はやはり面倒くさい。
「『熱波の呪い』!」
「チュアッはぁ!」
「「「!?」」」
ならばと私は『熱波の呪い』を発動して攻撃。
化身ゴーレムもズワムロンソの効果によって発生した呪詛の刃によって攻撃を仕掛ける。
すると、これらの攻撃は非実体存在である小さな硫黄の火にも効果があったようで、小さな硫黄の火のHPは一気に削られていく。
やがて小さな硫黄の火のHPは尽き……後には今の私たちの頭部と同じくらいの大きさを持つ青と黄色のマーブル模様が特徴的な球体だけが残された。
「esaeler。非実体系は面倒くさいわねぇ……」
「でっチュねぇ……」
とりあえずせっかくの戦利品を鑑定してみる。
△△△△△
小さな硫黄の火の残り火
レベル:28
耐久度:100/100
干渉力:125
浸食率:100/100
異形度:12
小さな硫黄の火の残り火を内包した球体。
青と黄色のマーブル模様が特徴的な球体を割ると火が噴き出し、触れたものに小人の状態異常を付与する。
なお、球体そのものは飴に近い素材である。
▽▽▽▽▽
「へー」
「『小人の邪眼・1』の強化に使えそうでチュね」
なお、今の私たちの頭部と同じくらいのサイズと言う事は、本来なら2から3センチ程度の球体と言う事である。
うん、ザリチュの言う通り、『小人の邪眼・1』の強化に使わせてもらおう。
「さて、次はこっちね」
「でチュね」
では、玩具の屋敷の鑑定をしてみるとしよう。