497:マトリョーシカハウス-1
「なんか、『ダマーヴァンド』から『熱樹渇泥の呪界』に移動する時の階段に似た雰囲気があるわね」
「でチュねぇ」
穴を調べ始める事数分。
分かれ道の類もないので、私たちはひたすら前に進んでいく。
「呪詛は少しずつ濃くなっているけど……」
「あー、ざりちゅにはこの穴が何か何となく分かってきたでチュ……」
「そうなの?」
「そうでチュよ」
呪詛濃度は少しずつ上がってきている。
とは言え、まだ20には程遠い。
そして、私が無意識に呪詛を支配して、私の横を抜けて地上に吹き出そうとする呪詛を抑えてしまっている為なのか、私の背後にあるこれまで通って来た穴が安定化、細いただの岩の穴になっているように思える。
この事実からザリチュが何か気付いたようだが……もしかしてそういう事だろうか?
「気づいたみたいでチュね」
「まあ一応は。思えば『理法揺凝の呪海』火山エリアには大量の泡沫の世界もあったし、それを考えれば、おかしくはないかなと」
たぶんだが、この細穴はダンジョンが成立する直前の、地上にダンジョンの入り口が出現するためのものだったのだろう。
だから大量の呪詛が噴き出していて、それを紐のようにして少しずつ浮上している途中だったのだろう。
つまり、私たちがこのまま進むと、地上のダンジョンとして成立するはずだったダンジョンに到達する事になるだろう。
「問題は私たちが干渉したことでどういう影響が出るかよねぇ……」
「私たちじゃないでチュ。たるうぃが、でチュよ」
「誤差の範疇よ」
「誤差は誤差でも、致命的な誤差でチュよ」
うんまあ、私たちが干渉してしまった時点で、普通のダンジョンにはならない気がする。
最悪、新たな呪限無の出現まであり得るのではないだろうか?
ああそれと、干渉の事を言うなら、この細穴に潜る前に立てた旗の影響もありそうか。
アレはほぼ『熱樹渇泥の呪界』産の素材で作られているし、垂れ肉華シダは使っているし、『悪創の偽神呪』を旗の絵柄のモチーフに使ってしまった。
急に呪詛が噴き出し始めてきた気もするし、アレの影響が皆無とは考えづらい。
「呪詛以外の明かりが見えてきたわね」
「でチュねぇ」
さて、そろそろダンジョン本体のようだ。
曲がり角の先から呪詛の霧以外の光源が見えてきた。
と言う訳で、私たちは化身ゴーレムを前にして、突入。
状況を確認する。
「……。何此処?」
「狭いでチュねぇ。通常サイズならでチュけど」
そこは六畳一間、石造りの小さな部屋で、私たちが通って来た小さな穴、結界扉、炎が燃え盛る暖炉の三つしかなかった。
いや、暖炉は普通の暖炉ではなさそうか。
呪詛を利用して燃え盛る炎の向こう側に直径30センチ程の小さな穴が開いており、その先には別の風景が見えている。
「とりあえず転移先の登録とダンジョンの鑑定をしましょうか」
「でっチュね」
と言う訳で、一度小人状態を解除して、転移先の登録を済ませると、ダンジョンの鑑定をしてみた。
△△△△△
入子屋敷の呪地
玩具の屋敷、小さな屋敷、普通の屋敷、大きな屋敷。
四つの屋敷は同じ屋敷。
普通の迷宮で終わるはずだった呪いは、不思議な因果で半端物で、けれど異常に複雑な呪いになってしまった。
呪詛濃度:18 呪限無-浅層
[座標コード]
▽▽▽▽▽
≪ダンジョン『入子屋敷の呪地』を認識しました≫
「あ、はい。私のせいですね。分かります」
「こういう事もあるんでチュねぇ……」
どうやらダンジョンはダンジョンでも、呪地になってしまったようだ。
……。
今更だが、呪地とはどういう分類なのだろうか?
普通のダンジョンにはこういう名称は付かない。
完全な呪限無なら呪界となるのがたぶん普通。
呪海は『理法揺凝の呪海』だけなので、たぶんあそこが色んな意味で特殊なのだろう。
では呪地とは?
これまでを考えると……呪限無のなりそこない、ダンジョンより呪詛が濃いのでカースは生息できるが、呪界には何か及ばない場所ではないだろうか?
いや、現状で重要なのは、呪地がどうこうより、生成途中のダンジョンに手を加える事で、危険だが実入りのいいダンジョンを生成できる可能性がある事か?
まあ、どちらも後回しにしよう。
「で、探索するでチュ?」
「勿論するわよ。見るからに小人化前提のダンジョンだし、『小人の邪眼・1』の強化素材が手に入るかもしれないわ」
とりあえず目の前の暖炉の火でも鑑定してみようか。
わざわざダンジョンの入り口を塞ぐように燃え上がっている辺り、何かあるかもしれない。
△△△△△
小さな呪いの火
レベル:20
耐久度:100/100
干渉力:120
浸食率:100/100
異形度:19
『入子屋敷の呪地』の出入り口を塞ぐ呪われた火。
火の先の世界は一人につき一つであり、共に進むことは叶わない。
触れても熱くはないが、代わりに小人の状態異常が付与される。
この火の効果によって付与された小人の状態異常は任意で解除可能。
▽▽▽▽▽
「これを採取して帰還でもいいんじゃないでチュか?」
「本当ね。じゃあ採取を……出来ないみたいね」
私はとりあえず熱拍の幼樹呪の木材を近づけて、火を移せるか試してみた。
が、火が燃え移る事はなく、10分の1サイズにまで縮むだけだった。
また、適当な容器を使って回収を試みたが、これも駄目だった。
ならばと呪詛支配を利用しての干渉も試みたが、特殊な設備であるためか、弾かれてしまった。
「駄目ね。諦めて中に行きましょうか」
「でチュね」
回収出来ない物に拘っても仕方がない。
と言う訳で、私と化身ゴーレムは炎の中に入り、小人の状態異常を十分に受けて、炎の向こう側にある穴の中へと入っていった。