488:ユーマバッグ-1
「あー……」
『これは拙い感じでチュかねぇ……』
シベイフミクを無事に倒したので、後は『ダマーヴァンド』に帰還してログアウト。
シベイフミクの報酬そのものは明日確認する予定だったのだが、そうも言っていられないものが見えてしまった。
『理法揺凝の呪海』の火山エリアにあるカースが居る星。
それが浮上を始めているのだ。
しかも、天井に達し、カースが外に出て来るのではないかと言う勢いで。
「掲示板を確認。特に上がっていないわねぇ……」
『つまり『鎌狐』案件でチュか』
「っぽいかしらねぇ」
掲示板を探ってみたが、スクナなどの普段から南の火山に居るプレイヤーの名前、ザリアや『光華団』と言った南の火山に居るかもしれないプレイヤーの名前、それから南の火山のカースに関係しそうなワードで検索をかけても、これと言った情報は出てこない。
となると、それらのプレイヤーとは関係なく動いているプレイヤーが居て、そいつがわざとやらかしていることになる。
つまりは『鎌狐』案件だ。
「とりあえず対処しておきましょうか」
『でチュね』
超大型ボスを地上に出させるわけにはいかない。
と言う訳で、『ダマーヴァンド』で聖女様お手製の五寸釘を回収すると、『理法揺凝の呪海』を移動して、カースが居る星に近づく。
「よっと」
『ん、刺さったでチュね』
打ち込み成功。
念のために眼球ゴーレムを五寸釘の近くに浮かべておく。
そして、そのまま星の中へと入っていった。
「さて状況は……」
≪超大型ボス『焼捨の牛呪』ヒトテシャ・ウノフとの共同戦闘を開始します。現在の参加人数は18,532人です≫
「は?」
『人数がおかしいでチュねぇ』
約2万人が居ると言うアナウンスに私は思わず間抜けな声を上げる。
それと同時に周囲の状況を急いで確認する事にする。
「まず此処は……」
まずはこの場所の名称の確認。
『鑑定のルーペ』を目の前の空間に向けて使用する。
△△△△△
怒り呑む捨て場の呪地
要らないものは捨ててしまおう。
嵩が増して来たら焼いてしまおう。
溜め込んだ要らないものに怒りの火が点けば、とてもよく燃え上がる事だろう。
呪詛濃度:20 呪限無-浅層
[座標コード]
▽▽▽▽▽
≪ダンジョン『怒り呑む捨て場の呪地』を認識しました≫
「ふむふむ」
まず此処は『怒り呑む捨て場の呪地』と言う。
周囲を見渡す限りでは……とにかく広い草原、いや、サバンナか?
時折真っ赤に輝く溶岩の川や池のような物があったり、ブロッコリーのような見た目の巨大な樹が見えたり、あるいは高さ数メートル程度の岩山がポツンとあったりするが、基本的には何処までも平らで、どの方向でも地平線が見えている。
今の私がほぼ地上に立っている状態である事を考えると……少なくとも直径にして6キロメートル以上はある空間と言う事になるか。
なお、影法師は狩猟民族のような姿をしているが、私はスルーされている。
「で、『焼捨の牛呪』ヒトテシャ・ウノフとやらは何処よ?」
『恐ろしい事に姿が見えないでチュねぇ……』
気温は40度前後。
湿度はそれなり。
その辺はいいとして、肝心のボスであるカースの姿も、そのカースと戦っているであろう2万人近いプレイヤー……いや、恐らくはプレイヤーと多数の住民の混成軍、その姿は僅かにも見えない。
「遠見系の阻害と言うか、一定距離以上が見えなくなる呪いと言う線は……ないか」
『それならさっきの鑑定結果にそんな感じの情報が入ってくると思うでチュよ』
「そうよね。ループ系はありそうな気もするけど」
『そっちは否定しないでチュ』
状況を把握するには情報が足りない。
そう判断した私は、とりあえず黒煙のようなものが上がっているように見える方向へ向けて、勢いよく飛び始める。
ヒトテシャと戦うのは切り札を二つとも切り、化身ゴーレムもなく、それらのリスクが残っている現状では流石に拒否したいが、相手の姿も認識できないまま退くのも癪だからだ。
「ーーー……」
「んー……あれは……」
『カースみたいでチュね』
そうして飛ぶ事数分。
私の耳に微かに爆音と牛の鳴き声のようなものが、視界に巨大な生物の影のような物が見えてくる。
また、それからさらに飛ぶこと少し。
牛の周囲に人影と掲げられた軍旗のような物が大量に見えてくる。
どうやらあれがヒトテシャに挑んでいる集団のようだ。
「このまま近づいて……」
「タル。そこで止まっておけ」
「スクナ」
私はそのままヒトテシャに近づこうとした。
が、その前に岩山の陰に居たスクナが私に声をかけてきたので、急ブレーキをかけて、スクナの方へと近づいていく。
スクナの周囲には……ヨシバルさんは居るか。
クカタチとマナブは、クカタチが作った呪限無の攻略で居ない……と言う事にしておこう。
「状況の説明を頼んでもいいかしら。もう対処はしたけれど、あの牛呪が地上に出てきそうになっていたわよ」
「やはりそうか。とりあえず座ってくれ。説明にはそれなりに時間がかかる」
「住民は死んだらお終いだし、出来れば助けたいんだけど?」
「助けるためにも奴らが何者かは知っておくべきだろう。いいから座れ」
「……」
そう言うスクナの顔は険しい。
ヨシバルさんも苦々しい表情をしつつも、諦観のような物をにじませる視線を向けている。
どうやら、あの住民たちには色々とあるようだ。
「分かったわ。でも出来るだけ手短に」
「そうか。では最初に奴らの名前を言っておくか。奴らは『ユーマバッグ帝国』。火山マップからさらに南へ行った地に屯している略奪主体の一応、遊牧民だ」
「ーーーーー!」
「「「!?」」」
スクナの話が始まると共に、ヒトテシャの咆哮と爆音が響き渡った。