438:バブルワールドシーク-4
「あそこに穴があるみたいね」
「みたいでチュね」
炎の壁の後についていけば、モンスターが居ない状態の谷の底を観察できると思い立ち、探索する事およそ一時間。
谷の底を埋め尽くす数のモンスターが焼き付くされ、灰だけになったはずの谷の底で、リポップし始めたモンスター以外に動く影があった。
その影は灰の下、円状の谷の内側の方から、出てきたようで、それからは他のモンスターと同じように暴れ始めた。
どうやら、あそこには穴のような物があるらしい。
「問題はどうやって侵入するかだけど……出血による爆破でもしましょうか」
「スタック値が足りるかが問題でチュね。この状況だと貯めるのはきついでチュよ」
仮にあの穴を新たな生物を谷の中に入れるための穴とするなら、この谷の何処かに貯まった灰を処分するための場所がありそうな気もするが……いや、無いからこその泡沫の世界かもしれない。
とりあえずはあの穴に侵入する事だけを考えよう。
「ま、何とかはなるわよ。たぶん。citpyts『出血の邪眼・1』」
「ーーー!?」
『呪法・増幅剣』、『呪法・方違詠唱』、『呪法・感染蔓』の三つを乗せた『出血の邪眼・1』を穴の真上に居たモンスターに叩きこむ。
すると直ぐに蘇芳色の蔓が私の邪眼術を受けたモンスターから生えて、生えたモンスターの体に再度突き刺さる。
が、谷の底は既に終わらない殺し合いと言う状況であるため、そこで私が狙ったモンスターは他のモンスターから攻撃されてしまった。
それは出血の発動条件を満たしたと言う事であり……。
「「「!?」」」
「っつう。感染蔓の反動が痛いわね……」
「まあ、仕方がないでチュ」
起爆。
周囲のモンスターと灰を勢い良く吹き飛ばした。
同時に『呪法・感染蔓』が次の対象を探し出せなかった時のデメリットが発動して、私のHPが削れる。
しかし、目的は無事に果たした。
私の視界には、灰の底に隠れていた、人が三人ぐらいまでなら通れそうな穴が見えている。
「急ぐでチュよ。たるうぃ」
「分かっているわ」
既にモンスターのリポップが始まりつつある。
なので私とザリチュは急いで降下すると、穴の中へと入っていく。
「「「ーーーーー!」」」
「えーと……『恐怖の邪眼・3』」
穴の中に入った私たちを追いかけるように、あるいは谷の底に収まりきらなかったモンスターが穴の中へと入ってくる。
追いかけてくるモンスターの方が速いようなので、『恐怖の邪眼・3』を適当に撃ち込んでみるが……。
「「「ーーーーー!?」」」
「駄目ね。相手の数が多すぎるわ」
「恐怖で動けなくなったのは踏み潰されて死ぬだけでチュね。壁にもならないでチュ」
恐怖で動けなくなった先頭を後続が押し倒し、踏み潰す事で、スピードを殆ど落とさずに追いかけてくる。
と言うか、スピードが落ちた奴は、その時点で踏み潰されて、代わりに落とさない奴が前に出て来るから、スピードが落ちないように見えているだけか?
なんにせよ。普通のダンジョンではこの手の一度しか出来なさそうな、強制スクロール進行に近い物はないので、そういう意味ではちょっと新鮮である。
「おっと広間ね」
「でチュね」
「「「ーーーーー!?」」」
通路が終わり、広間のような空間が広がる。
そして、私とザリチュが広間の中に入った次の瞬間だった。
遠くの方から何かが勢いよく迫ってくる音がしたために私とザリチュは左右に飛ぶ。
直後、私たちが通ってきていた通路と、通路の口から直線上が炎で満たされ、そこに居たモンスターたちは焼き尽くされて灰になった。
「さて、ボスかダンジョンの核か……どっちかしらね?」
まあ、雑魚モンスターが焼き尽くされたのは、この広間の探索がしやすくなるので、私たちにとって都合がいい事だ。
なので私は広間を見渡す。
「……。何かしらね? これ」
「なんなんでチュかねぇ?」
広間には谷の底を焼いていた炎の壁の制御装置と思しき物体が置かれている。
具体的な見た目としては、ドーナツ状の物体がゆっくり回転し、赤いブラシがドーナツの下半分をこすり、時々ドーナツに何かを注ぎ込む袋が内側に入っていると言うもので、実に奇妙な形状のオブジェである。
そして、そんなオブジェの脇には大量の木屑……いや、乾燥させた植物片が入った箱が置かれている。
うーん、こう言う前衛的とでも言えばいいのか、よく分からない物品は解説無しでは理解に苦しむ。
苦しむが……ドーナツが谷で、赤いブラシが炎で、私たちが今居るのが袋なのは分かる。
で、大量の植物片は……あの大量のモンスターたち?
いや、残りのリソースかもしれない。
少しずつ植物片が減っているように思える。
「んー……これを止めたら……ボスじゃなくて雑魚モンスターが山のように来そうね」
「ザリチュも来ると思うでチュ」
とりあえず装置を止めるのは無し。
たぶん、谷のモンスターたちが爆発的に増殖して、良くて此処まで来る。
悪ければ……『暴れ続ける灰の谷』と言う世界そのものが、内側から破裂すると思う。
尤も、放置しておいても、灰が増えすぎてドーナツが破裂しそうな気もするが。
「植物片の投入も……怪しいわね」
「時間が短くなるだけだと思うでチュよ」
植物片をリソースと考えるなら、植物片をさらに投入しても……。
≪残り時間が06:22:37に短縮されました≫
「みたいねぇ」
ザリチュの言う通り、残り時間が短くなっただけか。
一つまみ分入れてみたが、他に変化は無し、と。
なお、植物片の手触りとしては、草っぽい感じである。
「んー……このオブジェは核じゃないし、鑑定しても特に怪しい記述はないのよね」
「困りものでチュねぇ」
なお、鑑定結果に怪しいところはないし、これほど特徴的なオブジェであるのに、ダンジョンの核ではない。
さてここからどうした物か。
こう言う、どうすればいいのかが分かりづらいところも、泡沫の世界の厄介なところなのかもしれない。
「……。ドーナツを回転させているのは……呪詛によるもののようね。ならいっそ……」
ドーナツは静かに回転し続けている。
私はドーナツを回している呪詛に干渉し……
「逆回転させてみましょうか」
ドーナツを逆回転させてみた。
『呪法・方違詠唱』がそうであるように、『CNP』において逆転や逆行には相応の意味がある。
であるならば、明らかに呪術的な道具であるドーナツを逆回転させるのにも、相応の効果を示す可能性は高い。
「当たりみたいでチュよ」
「みたいね」
直後、谷で起きている現象が逆転するかのように、通路から大量の灰と呪詛が広間の中に入り込んできた。
そして灰と呪詛は私たちの目の前で、様々な動物の腰から下の部分を薄くして花弁にした、巨大な花のカースになった。




