422:ネイリング-1
「さて……」
『理法揺凝の呪海』に入った私はデンプレロの領域に向かって移動を始める。
デンプレロの領域は巨大な星であり、巻き戻しが行われた今でも天上に達しようとしている。
が、既にザリアたちが例の釘を設置してくれたためだろう。
膨張は停止しており、安定しているようだった。
「まずは毛皮袋から取り出してっと」
私は毛皮袋から特別製の五寸釘を取り出す。
「は?」
『巨大化しているでチュね』
「それだけの力が秘められていると言う事だ」
毛皮袋から取り出した五寸釘は何故か巨大化しており、五寸どころか五十寸……150センチ程度の長さになっており、私は慌てて抱える事になった。
幸いにして重量は変わらないようなので、危なげなく両腕で抱えることは出来ているが……いや、待てそれよりもだ。
「何時の間に……」
『そういう存在とは言え、全然分からなかったでチュ……』
気が付けば私の頭の真後ろに紫色の球体が浮かんでいた。
偽神呪だ。
「お前が手にしているような特殊な物品がこの地に持ち込まれたのであれば、直接見に来るのは当然の事。特殊であり、この地にはそぐわない代物であるが、この世に一本しかない事を考慮して、使用の許可は出す。では私は去る」
「……。怒られずに済んで良かったわ」
『まったくでチュね』
「言い忘れていたが、使う際は内側から外側に向けて刺すように使う事だ。出入りと回収の難易度を考えると、それが正しい。そして、一度刺せば、この地の事を知らないものは認識する事すら叶わなくなるから安心するといい」
「『!?』」
一度消えて、今度は文字通りの目の前に現れる。
本人としてはただの言い忘れを伝えてくれた善意の行動なのかもしれないが、私とザリチュとしては口から心臓が飛び出そうなほどに驚く状況だった。
いや、ホラー系統なら耐性もあるのだが、今回のようなサプライズ系統は、偽神呪の実力もあって流石に心臓に悪い。
「ごほん、とりあえずやるべき事をやりましょうか」
『でっチュねぇ……』
私は呼吸を整えてから、星に触れて、その内側へと入る。
そして視界が変化する中で釘を空間へ突き立て、星の内側に頭が来るよう、向きを変えつつ突入していく。
「無事に入れたわね」
『でチュね』
そうして視界が開けたところで私は釘から手を放し、周囲を見た。
領域の名前は『笑み乾く行進の呪地』。
広さは直径数キロメートルで、地面は砂で覆われている。
周囲と天井は分厚い岩の壁に覆われており、天井を支えるべく高さ数百メートルの岩の柱が何本も立っている。
出入り口になるのは、壁や柱に開いている他のダンジョンに繋がるであろう穴が幾つかあるくらいか。
一応、この場所に対して『鑑定のルーペ』を使っておく。
△△△△△
『笑み乾く行進の呪地』
昼夜問わず続くパレード。
彼らは無限に笑みを生み出し続ける。
乾いた笑顔の後ろに隠された心も、費やされるものも気にせずに。
呪詛濃度:18 呪限無-浅層
[座標コード]
▽▽▽▽▽
≪ダンジョン『笑み乾く行進の呪地』を認識しました≫
「『変圧の蠍呪』デンプレロ・ムカッケツ……」
『たるうぃ』
「分かってる。挑むのは他のプレイヤーと一緒によ」
『笑み乾く行進の呪地』の中をゆっくりと動き回っているのは巨大な蠍型のカース、『変圧の蠍呪』デンプレロ・ムカッケツ。
周囲にはもぎりの蠍呪ではなく、笑顔の描かれた仮面と様々な衣装を身に着けた影法師のような生物がいて、それぞれが思い思いに動いている。
あれがこれまで砂漠の前線組が素材回収相手として倒していたカース……いや、そのモドキか。
手にしている剣や盾、身に着けている衣服を基に色々と作っていたのだろう。
「こっちがカースだからなのか、反応はしないようね」
『みたいでチュね』
突入した私が居たのは天井近く。
そこから羽ばたきつつ降下した場所には、影法師が何体も居た。
が、こちらに襲い掛かる気はないようで、私の方を一瞥して、直ぐに去っていく。
侵入者へ積極的に襲い掛かると聞いていたが、どうやらカースである私は対象外のようだ。
「とりあえずは結界扉に向かいましょうか」
『でチュね』
まあ、襲われないならそれでいい。
私はデンプレロの様子を観察しつつ、ザリアに教わっていた結界扉の位置を目指して移動する。
「あったわね」
探索する事十数分。
無事に結界扉を発見したので、転移場所、それから死に戻り場所としての登録を済ませる。
「脱出は……出来ないようになっているわね」
『五寸釘の効果でチュね。ただ結界扉を開けて、無理やり突破すれば、移動は出来そうな感じでチュが』
聖女様の五寸釘はきちんと効果を発揮しているようで、私までちゃんと移動できないようになっている。
さて、聖女様の五寸釘は天井の岩壁に突き刺さっているので私以外には抜けないだろうし、通常の五寸釘についても『笑み乾く行進の呪地』と通常のダンジョンの境界に山ほど突き刺さっている。
なので、仮に明日私たちがデンプレロによほどひどい負け方で負けたとしても、デンプレロが地上に姿を現わすような事はないだろう。
「……」
そう、よほどひどい負け方だ。
件の動画によれば、どうやらデンプレロとの戦いの最中に何十回も死んだ上に、岩の柱の大半が砕け散り、その上で何かがあると、フェーズ1から2へ移行して、デンプレロは地上に姿を現わすらしい。
その何かについては私たち視点では不明であるが、『かませ狐』の一部、自分の意思でカースに与する事を選んだアウトローたちは、それについて知っていると考えるべきだし、明日もまた狙ってくるかもしれない。
うん、明日、彼らへの対処が必要かは分からないが……対処する相手がデンプレロだけに限らない事は覚えておくとしよう。
「さて、明日までに正確な地形の把握に、仕込みの類が出来ないか、探っておきましょうか」
『全力で戦うと言う事でチュね』
「当然よ。報いは絶対に受けさせる。無かったことにはなったけれど、そう宣言したんだから」
私は『笑み乾く行進の呪地』の探索をはじめ……そして次の日を迎えた。
02/10誤字訂正