416:テリブルデイ-2
本日は複数話更新となっています。
こちらは二話目です。
「うぐっ……完全にやらかしたわね……」
『大技回避用の呪術と言う事でチュか……』
死に戻った先は私のセーフティエリア。
だが、全快状態での復活ではなく、毒(30)が付与された状態での復活だった。
『死退灰帰』による復活で消えていなかった事からもそうとは思っていたが、どうやら『変圧の蠍呪』デンプレロ・ムカッケツ……長いから以降はデンプレロと略すが、デンプレロの毒は死んだ程度では逃れられないらしい。
そして、恐らくはこの毒で死んでも、デンプレロに殺された判定となって、死亡数カウントに乗るのだろう。
「転移」
私は『試練・砂漠への門』に転移する。
一番多くのプレイヤーが集まっている可能性が高いのが、そこだからだ。
なお、転移の間、ザリチュには先ほどの蜃気楼のようになって、攻撃を回避する呪術について掲示板へ書き込ませておく。
「タルだ」
「でも毒状態だぞ」
「たぶん、一度殺されたんだと思う」
『試練・砂漠への門』には多数のプレイヤーが居て、どうすればいいかと迷っているようだった。
幸いなのは、掲示板で得た情報を広めてくれているプレイヤーが居て、無暗な出撃が行われていない事か。
プレイヤーが参戦する度に取り巻きが増えるデンプレロの能力を考えると、賢明な判断だろう。
「タル」
「ザリア。来てくれたのね」
「ええ。とは言え、主要なプレイヤーが集まるにはまだまだ時間がかかりそうだけど。後、ぶっちゃけ眠くて、パフォーマンスが最悪の状態だとも言っておくわ」
ザリアが駆け寄ってくる。
そして直ぐに解毒薬と思しきアイテムを私に使用。
灼熱の状態異常の代わりに解毒をしてくれる。
「私が得て掲示板に流した情報は?」
「おおよそは伝わっているわ。蜃気楼の話も今に広がると思うわ」
「そう」
「こっちからも情報。やらかしたのは『かませ狐』じゃないかと言われてる。どうにも、朝方の手薄な時間を狙って、こっちが把握していなかったルートからデンプレロの領域に突っ込み、喧嘩を売った挙句に全滅。活性化したデンプレロが地上に出て来たと言う流れのようね。フェーズが2なのは、フェーズ1がデンプレロの領域で戦う事だったからでしょう」
「ちなみにその当人たちは今どうしているの?」
「さあ? 前線に出て戦っているならマシだけど……」
「逃げ出した可能性もあると言う事ね。ちっ、『鎌狐』じゃなくて、文字通りの『かませ狐』が居たと言う事ね。前線は……言うまでもないか」
「文字通りの鎧袖一触よ。数が違いすぎる」
情報交換終了。
むかつく連中は逃げ出して、残された私たちが尻ぬぐいをしなければ、サクリベスが滅亡する状況。
だが、尻ぬぐいをするには、状況と相手が悪すぎる。
私は状況を一応確認するために、『試練・砂漠への門』の砦の上空へと飛んでいく。
「おい、何の音だ……」
「いや、音と言うか地響きのような」
さて、軍記物で時折、大地を埋め尽くすような数の、と言う表現がある。
表現があるが……。
「嘘だろおい……」
「なんだよこの数は……」
「千? いや、万? なんだこれ……」
まさか本当に大地を埋め尽くすほどの数がこちらに向かってくるとは思わなかった。
文字通りに砂漠を埋め尽くす数のもぎりの蠍呪を連れて、デンプレロがこちらへと向かってくる。
相手の数は最低で10万と言うところだろうか。
笑みを引きつらせる他ない。
≪超大型ボス『変圧の蠍呪』デンプレロ・ムカッケツとの共同戦闘を開始します。現在の参加人数は1,372人です≫
≪条件を満たしたため、『変圧の蠍呪』デンプレロ・ムカッケツとの戦いはフェーズ3に移行します≫
「「「!?」」」
そうして笑みを引きつらせる私の目の前で、アナウンスと共に1,000体以上のもぎりの蠍呪が増えた。
もはや元の数がおかしいので、砦に居るプレイヤー視点では分からないだろうが、上空に居た私にははっきりと見えてしまった。
そして、もぎりの蠍呪は今も爆発的なスピードで増えている。
「セーフティエリアの使用中止! そこで出入りするだけでも増えるわよ!!」
「「「!?」」」
私が叫び声を上げると同時に砦からの砲撃がもぎりの蠍呪たちへと向かい始める。
正に雨のような砲撃が降り注ぐが……数が違いすぎる。
砲撃で傷つきながらも整然とした並びのままに突撃し始めたもぎりの蠍呪を押し返すには数がまるで足りていない。
確実に砦へと迫ってくる。
「こんなものどうすれば……」
「ひぃあ、あっ、あっ……」
「逃げる! 俺はもう逃げるぞ!」
ああ、これはもう駄目だ。
プレイヤーたちも逃げ出し始めている。
けれど逃げ出す彼らに対して文句なんて言えるはずもない。
砦から敵であるはずの緑小人たちが出撃するも、一瞬で飲み込まれてしまった。
隊長格も同様であり、私が見た事のない一般成人男性と同じ大きさの緑小人も一瞬でめった刺しにされて死んだ。
単純な数に伴う質量と体積の暴力の前では、砦の壁も長くはもたず、城壁の上で防戦を試みたプレイヤーは間もなく全滅するだろう。
正に数の暴力だ。
今はフェーズ3だと言うが、この状況に至って私はフェーズの意味を理解した。
「おいっ! デンプレロの奴が何かをしているぞ!?」
「何かって何だよ!? こんな状況でぎゃああぁぁっ!?」
きっとフェーズ1だけがマトモに戦闘できるのだ。
フェーズ2の時点で、全てのプレイヤーが死力を尽くし、最善の立ち回りをしなければいけないのだ。
フェーズ3に至ればそれはもはや……負けが確定しているのだ。
「光っ……」
「「「ーーーーー!?」」」
デンプレロの尾の先端が輝き、放たれた紫色のそれが砦を直撃。
砦も、プレイヤーも、もぎりの蠍呪も、砦の先にある平原もまとめて消し飛ばしていく。
その圧倒的な破壊力の前に、私はもはや、どの邪眼を放てばいいのかも分からなかった。
≪条件を満たしたため、『変圧の蠍呪』デンプレロ・ムカッケツとの戦闘に敗北しました。フェーズFに移行します≫
私の眼下で砂漠が広がっていく。
デンプレロの体から強烈な風が吹き出し、大量の砂が津波のように草原へと流れていく。
草原へ流れ込んだ砂は草原にあるもの全てを飲み込んでいく。
そしてその先にあるものも飲み込んでいく。
森、ビル街、沼地……サクリベスが飲み込まれていく。
そうして飲み込んだ全てのものの力を食らって、デンプレロの力はさらに増していく。
「っう!?」
強烈な風が吹き荒れ、私の体は吹き飛ばされていく。
視界に映るのは、砂漠と空だけだ。
これが敗北。
世界を滅ぼそうとするカースに挑んでおきながら負けた代償。
他のプレイヤーの成長を待つべきではなかったのだ。
敵としてカースに遭遇したならば……少しでも早く精鋭をかき集め、倒す以外の選択肢などなかったのだ。
「あぐっ!?」
「ぐっ……!?」
風によって叩き落された先はたぶんサクリベスの神殿だった。
だが既に建物の大半が風化し、失われていた。
そして、私の視界には聖女ハルワが居た。
「人生の最後に出会うのが……げほっ、ごほっ、貴方だなんて……最悪以外の何物でもないわね」
「そう……ね。こんな負け犬と出会うのが最後と言うのは確かに最悪かもしれないわね……」
聖女ハルワは死にかけていた。
両足の骨は折れ、全身が擦り傷だらけで、体の水分は明らかに失われつつあった。
たぶん、近くには聖女アムルだったものも転がっている事だろう。
当然だ。
この砂漠はただの砂漠ではなく、呪いに満ちた砂漠なのだから。
私のように対策装備を身に着けているのならばともかく、そうでなければ極短い時間生き残るのも難しい。
そして私の装備を聖女ハルワに渡すことは出来ない。
私の装備は低異形度のものが身に付ければ、対策どころか命を奪いかねない。
「随分と……弱気じゃない。普段の貴方は……どうしたのよ……」
「あんなものを目にすれば、弱気にもなるわ……勝ち方の想像すら出来ないんだから……」
ああ、それにしても何故私が聖女ハルワの最後に立ち会うことになるのだろう。
何処か作為的な物を感じずにはいられない。
「そう。諦めるの」
「諦める気は……ないわ。私はデンプレロの奴を許さない。絶対に倒す手段を見つけてやる。サクリベスとその周囲が生み出すはずだった未知を奪った報いは必ず受けさせてやる。何年かかろうが、必ず、絶対にね……!」
「いい返事ね。なら後は……ああ、でも貴方は気づいていたはずよ。貴方たちがこの世界に居る為の条件を」
「えっ……」
気が付けば私が会話をしている相手が変わっていた。
聖女ハルワの姿はしているが、聖女ハルワでないものに中身が変わっている。
恐らくは『不老不死の大呪』へと変化していた。
「砂が止まって……」
更には風によって周囲に舞っていたはずの砂が動きを止めていた。
宙で、重力も、風も関係ないと言わんばかりに動きを止めていた。
「あ、あ、あ……」
引き換えに私の全身は震え出していた。
心が体がそれを認識しまいとしていた。
しかし、魂は惹かれて、そちらの方を向いていた。
「やれやれ、まさかこんなに早く私の出番が来るとはな」
そこには一人の女性が居た。
虎柄の蘇芳色の服を身にまとい、藁色のポニーテールを止まってるはずの風でなびかせ、私へと瞳孔が縦に割れた金色の瞳を向ける女性が居た。
その女性は……『悪創の偽神呪』が放つ気配を何倍にも濃くした気配を纏っていた。
「では、フェーズFの処理を始めようか。プレイヤー諸君」
そして、女性の魂の底まで震わせるような声が響き渡った。
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