415:テリブルデイ-1
突然ですが、本日は複数話更新となります。
こちらは一話目です。
「ログインっと」
『チュッ? なんだか珍しい時間にログインしているでチュね』
「なんか妙に目が冴えちゃったのよね。内部時間で3時間も過ぎたら、朝食の為に一度ログアウトするわ」
「分かったでチュ」
木曜日。
どうしてかは分からないが、今日の私は朝の四時に『CNP』にログインしている。
まあ、いつもの作業をしていれば、3時間くらいはあっと言う間だろう。
とりあえずは……『理法揺凝の呪海』で砂漠の観察を一応しておくか。
「は?」
『なんでチュかこれは……』
そして『理法揺凝の呪海』に入った私が見たのは、天上に到達し、周囲から呪詛を吸い上げ、泡沫の世界を次々と破壊しつつ膨れ上がっていく、砂漠エリアの超大型ボスがいるであろう領域の姿だった。
「ザリチュ! 今すぐ掲示板で検索をかけて! そして、カースが活動を活性化しているようだったら、ザリアのスマホにメールを飛ばして!」
『わ、分かったでチュ。たるうぃは……』
「戦闘準備を整えるわ!」
何があったのかは分からない。
分からないが、何かしらの異常事態が起きている事は確定している。
だから私は『死退灰帰』を服用し、懐炉札をいつでも取り出せるように毛皮袋に入れ、熱拍の幼樹呪の外套を身に着ける。
その上でいつもの装備がある事をチェックし、眼球ゴーレムも10個ほど外套の裏側に貼り付けておく。
『ヤバい事になっているみたいでチュよ……』
ザリチュが掲示板の検索結果を私の視界に出す。
どうやら蠍型の超大型カースが地中から出現し、本体と取り巻きの攻撃によってかなりの被害が出ているようだ。
リアルの時間が朝の4時と言う最も人が居ない時間帯である事もあってか、相当厳しい状況のようだ。
なお、カースを活性化させたプレイヤーは行方不明、逃げ出した可能性が高いようだ。
とりあえずザリアのスマホには情報を送れたので、私も動き出すとしよう。
「転移」
私は『岩山駆ける鉄の箱』へ移動。
そこからダンジョンの外に出る。
ゲーム内時刻は丁度真昼であり、厳しい日差しが降り注ぐ。
カース出現に伴って『砂漠のお守り』は無効化されているらしいが、乾燥も熱も防げる装備は整っているので問題はない。
また、呪詛濃度も20にまで上がっているらしいが、こちらも呪詛濃度21……『死退灰帰』込みで24が適正である私には関係のない話である。
≪超大型ボス???との共同戦闘を開始します。現在の参加人数は1,035人です≫
アナウンスが流れた。
どうやら、相手の名前すら分かっていない状態らしい。
肝心のカースの姿は……東側に持ち上げた蠍の尾と思しきものが見えている。
そして、そんな蠍の周囲には、蠢く何か……恐らくは取り巻きと思しきモンスターたちが見えている。
「「「ーーーーー!」」」
「!?」
『チュアッ!?』
10メートルほど離れた周囲の砂漠から私を取り囲むようにモンスターが出現する。
その姿は四本腕、六本脚、全身を甲殻で覆われ、蠍の尾を持った人型のモンスターであり、四本の腕には曲がった刃を持った剣を一本ずつ持っている。
「「「ーーーーー!!」」」
「鑑定して……」
蠍男たちは全部で24体も居た。
もしかしたら戦闘に参加したプレイヤーの異形度に応じる形で出現するのかもしれない。
そんなことを思いつつも、私は『鑑定のルーペ』を使用しつつ、突っ込んでくる蠍男たちから逃げるように、その場で高く跳び上がる。
△△△△△
もぎりの蠍呪 レベル25
HP:2,870/2,870
有効:なし
耐性:毒、灼熱、恐怖、乾燥、石化
▽▽▽▽▽
「ザリチュ。掲示板に情報を」
『分かってるでチュ』
もぎりの蠍呪……チケットの半券をもぎるのもぎりだろうか。
ただしもぎるのはチケットではなく、プレイヤーの命なのだろう。
カースにしてはHPが低いように思えるが……その分数が多そうだ。
『無視でチュか?』
「まずは本体よ。相手の名前すら分かっていないのは不味すぎるわ」
「「「ーーーーー!!」」」
とりあえず遠距離攻撃は手にしている剣を投げつけるくらいしか持っていないようなので、私はもぎりの蠍呪への対処をせずに、この戦闘のメインである超大型ボス、蠍型の巨大カースの方へと向かう。
不穏なBGMも鳴っているし、急いだほうがよさそうだ。
「ちっ、お仕置きモンスターは出てくれないようね」
『魅了で戦力にする気だったでチュね。たるうぃ……』
普通の攻撃が届かないような高空を飛んでいるのだが、お仕置きモンスターが来る気配はない。
どうやら、超大型ボスとの戦闘中は出現しない仕様のようだ。
「でかい……」
『蹂躙されているでチュね……』
ハッキリ見えた蠍型の巨大カースの姿は?
まずとにかく大きい。
頭から尾の付け根まででも100メートル近くあり、幅も40メートル近いか。
振り上げられている尾も、30メートル近い高さに尖端が来ている状態である。
その全身には吸気口と排気口と思しき突起が無数に存在しており、排気口から吹き出した風に巻き込まれたプレイヤーは何十メートルと吹き飛ばされるか、風に含まれた砂によって体に風穴を開けられている。
二つの巨大な鋏は見るからに凶悪そうだが、動かす際に風を吹き出す事で勢いを付け、遠目に見ても恐ろしいと言える速さで動いている。
他の八本の足も動かす度に砂柱が吹き上がって、周囲に居るプレイヤーを噴き上げていく。
口は……位置の都合でよく見えないが、たぶんプレイヤーを食い殺している。
また、甲殻の表面には奇妙な文様が彫られているようで、戦闘が進めば何かあるのかもしれない。
そして、そんな巨大カースの脇には何千と言う数のカースが居て、正面以外から巨大カースに挑もうとしたプレイヤーを発見すると、プレイヤー一人に対して数十体と言う圧倒的な数の差でもって襲い掛かり、押し潰していく。
現在戦っているプレイヤーの数は精々が100人ほどで、先ほどのアナウンスにあった1,000と言う数には到底及ばなかった。
「これ、どうにか出来るの……」
私が思わずそう呟いてしまうほどに、状況は悪かった。
「まずは鑑定を!」
やれると信じて挑むしかない。
私はそう心構えを付けると、『鑑定のルーペ』を巨大カースに向ける。
△△△△△
『変圧の蠍呪』デンプレロ・ムカッケツ レベル30
HP:???/???
有効:沈黙
耐性:毒、灼熱、気絶、小人、干渉力低下、恐怖、乾燥、魅了、石化
▽▽▽▽▽
≪超大型ボスの名称が判明しました。『変圧の蠍呪』デンプレロ・ムカッケツです。現在のフェーズは2になります≫
「デンプレロおおぉぉ……!?」
相手の名称は判明。
では、此処からどうするかと考えようと思った時、既にデンプレロ・ムカッケツは私の方へと尾の先端を向けていた。
そして、尾は明らかに大量の空気を吸引しており、大量の呪いも蓄えているようだった。
で、次の瞬間には紫色の何かによって私の上半身は消し飛び、私のHPも0になった。
「本当に鑑定の稼ぐヘイトはおかしいわね!」
『文字通りに消し飛ばされるとは思わなかったでチュよ!』
が、『死退灰帰』の効果で、残った下半身から装備ごと再生して復活。
この早さで『死退灰帰』を使わされるとは思わなかったし、持ち込んだ眼球ゴーレムが全部消し飛んだが、私自身が生き残ったなら問題はない。
カースの攻撃だからか、死んでも状態異常が持続して、毒(30)を受けているが、この程度なら問題なし。
そう判断して私はフェアリースケルズを使用して、300と少し程度だがHPを回復する。
「『inumutiiuy a eno、yks nihuse、sokoni taolf、nevaeh esir。higanhe og ton od』」
さあ、此処からが戦闘の本番だ。
まずはザリアたちが到着するまでの間の時間稼ぎも兼ねて、今の私が出来る最大級の攻撃でもって、与えられるだけの状態異常を与える。
だから呪詛の星と種を生み出し、放ち、詠唱をする。
「『禁忌・虹色の狂眼』!」
そうして『呪法・破壊星』、『呪法・感染蔓』、『呪法・方違詠唱』を乗せた『禁忌・虹色の狂眼』を放った。
ズワムにも通用した一撃は……
『あ……』
「あ……」
デンプレロ・ムカッケツの体が、私の目が虹色に光ると同時に、蜃気楼のように霞むことによって、すかされた。
そして『禁忌・虹色の狂眼』のコストと、『呪法・感染蔓』のデメリットが重なった結果、私は大ダメージを受け、直後に毒のダメージが入って死亡した。